メディアグランプリ

誰かを救う魔法の言葉「だいじょうぶ」


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:長谷川徳子(ライティング・ライブ大阪会場)
 
 
「目にもワイパーいるな」
生まれて初めてそう思った。
 
目から涙が滝のようにあふれて、本当に何も見えなくなって、自転車を漕ぐのを諦めた。自転車を止めた公園の片隅で、誰にもばれないようにうつむいたまま声を殺して、しばらく涙を流し続けた。
 
医師からの告知はあっさりとしたものだった。
市民向けの乳がん検診で「要精密検査」と診断され、精密検査を受けた。その結果を聞きに行ったら、「悪性の腫瘍ですね」だったか、「がんですね」だったか、正確に何と言われたのかは、思い出せない。その瞬間の記憶を失うほどの衝撃だったのに、さらっと言われたな~ということはなぜか覚えている。
 
ラッキーなことに初期の初期で発見できたため直径8ミリという小ささだったこと。摘出すれば問題ないであろうこと。抗がん剤を使うかどうかは、腫瘍の種類によって決めること。念の為に乳房の近くにあるリンパ節の切除はしておいてほうがいいであろうこと等が医師からの説明だった。
最後は、手術に備えて腫瘍のより詳しい性質を調べるための検査の予約で終わった。
 
病院にいるときは、何ともなかった。会計を済ませ、玄関を出て、自転車を漕ぎ始めたら、涙がこぼれだした。自転車を漕ぎながら、私はこれからのことを思った。
 
来月は娘の小学校の入学式、夫は病気で働けない状態で、私はセミナー講師として走り出したばかりだった。友人と始めたばかりの会社はこれから忙しくなるタイミングだった。普通に最悪のタイミングだった。
でも、タイミングより何より、6歳の娘を残して私は死ぬのか? ということが、本当に怖かった。親より先に死ぬことは子供として最大の親不孝であると聞いたことがあった。でも、両親には申し訳ないが、それよりも、娘を残して逝くかもしれないということが私にとっては一番の恐怖だった。
 
小さかった娘には、病気のことは何も言わなかった。言えるわけがなかった。ただ、ママは1週間ほど病院にお泊りすることと、その間、娘はおじいちゃんの家でお泊りするということを伝えた。お風呂でアイスを食べるとか、毎夕に家の前を水撒きして虹を作るとか、自宅でできないことができるおじいちゃんの家でのお泊りに娘は大喜びだった。その無邪気な姿を二度と見れなくなるのだろうか? そう思っただけで胸の奥がぎゅーっと痛くなった。
 
2度目の衝撃は入院初日、手術後の治療計画説明のときにやってきた。患部の一部を切り取って,顕微鏡などでより詳細に調べた結果、私の腫瘍は進行の早い悪性度の高いガンであること。術後、抗がん剤治療が「絶対に」必要であること。ホルモン療法は効かないこと。放射線治療も必要になるであろうこと。HER(ハー)2たんぱくがなんとかでかんとかで……。
 
説明を受けた後、ベッドの上で呆然となった。
 
たった8ミリやねんて~! 初期の初期での発見で医者からも早くに発見できてよかったって言われてん! ラッキーやって! 自分と周りを安心させるためにいろんな人に何度も使ったセリフと、ガンって悪性腫瘍のことやんね? その悪性腫瘍の中の悪性ってどんだけ悪性なん? ってか、それって死ぬってことなん? どういうこと? そんな思いが頭の中をぐるぐるしていた。
 
友人が見舞いに来たのは、その日の晩だった。彼女の顔を見た瞬間、涙があふれだした。
初期で見つかったから取れば治ると信じてたのに、普通よりも進行が早い悪性のガンだと言われたこと。抗がん剤治療が必須と言われたこと。髪の毛だけじゃなく眉毛もまつ毛まで抜けるって言われたこと。
 
そして、告知を受けてから初めて、私は親にも誰にも言えなかったセリフを泣きながら何度も言っていた。
 
「死にたない、死にたないねん、絶対に死ぬわけにはいかんねん」
 
友人は、私の背中をさすりながら「大丈夫や、はせがわが死ぬわけ無いやろ、あんたなら大丈夫や」そう言いながら彼女も泣いた。
何の根拠もないのに、彼女は何度も何度も、何度も何度も力強く言った。
 
「だいじょうぶ」
 
私が落ち着くのを確認して、彼女は、SNOOPYのバスタオルをお土産だと言って渡してくれた。京都に住む彼女は、子供を連れたUSJの帰りの「ついで」でお見舞いに来てくれたのだと笑いながら私にそう言って帰っていった。
 
それから9年が経ち、小学校入学前だった娘は高校入学前となった。抗がん剤、分子標的薬、放射線治療等、再発防止のための術後2年間に及ぶ治療後、3ヶ月に1回だった検診が今では半年に1回のペースとなっている。
 
あのSNOOPYのバスタオルは、私の退院後、娘のプール用バスタオルになった。シミが付いたり、少し色あせたりはしているが、今は、私の寝室でベッドカバーのように使われている。そして、私は毎晩「だいじょうぶ」という彼女のセリフとともに明日が来ることを信じて眠りにつく。いつか私が「だいじょうぶ」といえる立場になることを願いながら。
 
 
 
 
***
 
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2022-02-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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