僕はペンギン。海を知らないペンギンだ。
記事:黒須 遊(ライティングゼミ)
26年間、平坦な道を歩いてきた。
何の起伏もないコンクリートで舗装された道路。人の成長は歩んだ道の険しさによって決まるというのなら、僕なんて赤ん坊にも等しい存在だろう。
志望高校合格、大学推薦入学、理学療法士国家試験ストレート合格。家族関係、友人関係、共に問題なし。
なんて順風満帆な人生だろう。
26年間の人生の軌跡を自分史にして出版してみようか?
題名はこうだ。
「黒須遊が語る。コンクリートロードの歩き方」
……絶版になること間違いなしだ。
もちろん、それなりの物語はあった。
ボッチだった高校時代のサバイバル術や、大学での失恋話。国家試験対策として図書館とラーメン屋に通い詰めたことや、病院に就職してから出会った患者さんとの四方山話。
一つ一つの事象には確かに物語性があるかもしれない。
しかしそこには決定的に欠けているものがある。
情熱だ。
僕が今まで成してきたこと、そのどれにも情熱が込もっていない。
やるべきだからやった。
ただそれだけのことだ。
自分が本当にしたいことは何なんだ?
そう自問するきっかけを与えてくれたのは一冊の本だった。言わずと知れたベストセラー「7つの習慣」である。
——第2の習慣 終わりを思い描くことから始める
この章を読んで10年後の自分を想像してみた。そしてその姿に愕然とした。
驚くほど今の自分と変わっていなかったからだ。
病院に雇われて決められた仕事をこなす10歳年をとった自分の背中が、ひどく小さなものに見えた。
自分を変えよう。
その思いは確かだったと思う。
自分が何を探しているのかも分からないまま、病院という狭い世界から外に飛び出した。きっと何かが見つかると思っていた。
実際に変化はあったのだ。しかし、その先に待っていたのは心躍る出会い……などではない。
僕を待ち構えていたのは「東京」という得体の知れない都市に巣食う、親切な顔をした詐欺師たちだった。
「あなたの人生を変えるコンサルティングをします」
「不労所得が手に入る夢のようなビジネスです」
リテラシーの低いヨチヨチ歩きの僕は格好の餌食だと思われたに違いない。
起業コンサルタントを名乗って近づいてきた口の達者な男。
仲間と一緒に不労所得を! と謳う洗脳されたネットワーカー。
ネットビジネスのハウ・トゥーを教えます、と言葉巧みに誘う高額教材の営業マン。
人を疑うことを知らなかった僕は面白いように引っかかった。
彼らにしてみれば笑いが止まらなかったに違いない。
僕はただ、何もかも忘れて打ち込めるものが欲しかっただけなのに。
そう、僕は海を知らないペンギンだ。
自分が海の中で泳げることを知らずに、地上で無為な努力を続けるペンギン。
外の世界に出て分かったことがある。
僕だけじゃなかった。多くの若者が自分の得意な、あるいは自分に適した職を見つけられずに喘いでいる。
とりあえず就職した職場で、とりあえず目の前の仕事を片付ける。そんなことを数年も続けているうちに、自分の中に眠っていたであろう才能の芽を殺してしまう。広大な海を知らないまま、ペタペタと岩場を歩く自分の姿に満足してしまう。
確かにペンギンが地上を歩く姿を愛くるしいと思う人もいるだろう。「かわいい」と言って集まってきた人たちと良好な関係を築けるかもしれない。
でもそれは決して彼らの本分ではないはずだ。
「かわいい」と言われて、果たしてペンギンは嬉しいのだろうか?
きっと違う。
なぜなら、彼らの能力が発揮されるのは陸上ではないのだから。
時速10キロで優雅に泳ぎ、100メートル以上も潜水するペンギンの姿を見て「かわいい」と言う人はいないはずだ。
ペンギンにとっての海。それは自身の能力が最大限発揮できるフィールドを指している。
じゃあ、僕にとっての海は何なんだ?
一年間、ただそれだけを探し続けた。
明確な形は今も掴めていない。
しかし、ぼんやりとした輪郭だけは描けるようになってきた。
僕は治療家に向いていない。
医療に興味はある。しかし本当に関心があるのは専門技術ではなく専門知識の方だった。
知識、情報、分析、真理、物語、影響力etc.
僕が惹かれる単語たちだ。
この一年の経験で気がついたことがある。
自分の特性に合っていない分野でどんなに頑張ったところで、望むような充実感は決して得られない。
自分の軸となっている性格を今から変えることは非常に困難だし、大きな苦痛を伴うからだ。
だからまずは自分を知ろう。
自分にとっての海は何なのか? それを見つけよう。そうすれば自然とやりたいことは見えてくるはずだ。
いつの日か、自由に羽を伸ばして見たことのない景色を見に行ってみせる。
青い水流の中を自由自在に泳ぎ回るペンギンのように。
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