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サエないアラサー独身OLが裸になる覚悟を決めた時


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記事:おはなさま(ライティング・ゼミ)

一枚磨り硝子を隔てて、彼女は座っている。
ボーダー柄のTシャツに、後ろに一本に結んだだけの長い髪。
まるでモテない女性の代名詞にあてはめたようなシルエットが、ぼんやりと浮かんでいる。
ただ、その見た目の垢抜けなさとは裏腹に、頬は上気し、息が上がり興奮している様子が伝わってくる。

「人生変えるって、案外簡単なものですね。わたしなんて、もうただの変態ですよ」と笑いながら、彼女はなんの迷いもなく、服を脱ぎ捨てていった。

日曜の夜19時過ぎ、彼女は若者や外国人で溢れる夜の池袋にいた。
サザエさんも終わり、本当なら早く気持ちを月曜に向けて呼吸を整えたいはずなのに、
彼女は、今までずっと毛嫌いしてきた池袋にいた。

昔から地図を見るのは苦手だ。
どんなにテクノロジーが進化しようと、彼女の地図の理解力は、置いてけぼりのまま。
スマホをぐるぐるとあちこちに回転させながら、自分の位置を見つけるのに必死だ。

特に池袋は嫌いだ。
改札を出てから地上に出るまで、同じような景色が四方八方に広がっている。
行き交う人々はみんな同じような顔をしていて、ますます自分の位置を見失う。
頭上の矢印は、彼女を嘲笑うかのように、ただぐるぐると同じ場所を回らせるだけ。

「やっぱり来なきゃよかったかな。私には向いてないよ」

弱気になる彼女の脳裏に、あの男の声が、聞こえてくる。

「来たくなければ、来なくていいですよ。そのほうが、こちらにとっても都合がいいですから」
まだ直接会ったこともない男の、そんな憎たらしい声が、彼女の背中を無理やり押していた。

デジタルが計算した徒歩約6分をはるかに過ぎ、30分以上かかって彼女はようやく目的地についた。
狭い階段を登った先にその場所はあった。
ぼんやりと薄暗い電球色の小さな部屋の中に、30人以上と思われる男女がひしめきあっていた。その熱気で視界が曇ってしまいそうになる程、空間が期待と興奮に包まれていた。

その少し離れた高いところに、あの男はいた。

彼女をここまで連れてきたのは、あの男の一言だった。

「いやー、弱りましたね。出さなければ良かったとちょっと後悔すらしております」

占い師が商売道具の水晶を丁寧に磨きあげるように、自らの左手でそのスキンヘッドを撫で回し、鼻の下に蓄えたヒゲを自慢気に動かしながら、彼は自らのテクニックがいかに素晴らしいかを語り始めた。

もちろん「都会の男に騙されるな」と周りから言われ続けていた彼女は、最初から男の言うことを信じたわけではない。
ただ、妙にその説得力のある、腹立たしいほど自慢気な、かと言って追いかけようとすればさらっと交わしていく、男の巧みな話術に乗せられ、彼女は気付けばそのテクニックを手に入れるための支払いの手続きを済ませてしまっていた。

そして、日曜の夜、週末と週明けのその貴重な境目に、大嫌いなはずの池袋にまでやってきた。恥ずかしくて、誰にも打ち明けることができないままに。

最初はまだ半信半疑だった。本当に誰でもそんなテクニックを身につけられるのだろうか。
周りを見渡すと、その道のプロも参加している。
特になんの覚悟もなく、どこからどう見ても素人な自分には場違いではないかと、居心地の悪ささえ感じた。

しかし、そのすべてを見透かすように男は続けた。
「大丈夫ですよ。ボクの言う通りにしていれば、誰でもできるようになりますから。
とにかく素直に言われるがままにやっていれば、必ずわかるようになりますから」

「ただ……」と言った瞬間、

彼女が胸の奥の奥に隠していた傷をめがけて、男はまっすぐにダーツの矢を放った。

「昔、勉強ができていた人ほど、難しいかもしれませんね」

んぐっ……

ダーツの矢は、彼女の傷のど真ん中に命中し、突き刺さった。

男は、すべてを見透かしている。彼女は急に怖くなった。
どうしてばれたのだろう。

小学校、中学校まで成績優秀だった彼女は、周囲からの期待通りに地元の進学校に入り、そこで人生はじめての挫折を味わう。
勉強しか取り柄がなかったのに、同じようなレベルの人間が集まった瞬間に、その勉強ですら歯が立たなくなってしまった。落ちこぼれにはなりたくない。
必死で、東京の私立大学に滑り込んだものの、卒業後、社会に出てからはいつもハラハラしていた。幼いころ、良い点数を取ることだけで自分の居場所を死守してきた彼女は、
いつ自分が空っぽだとばれるのか、常に不安を抱えていた。
高くなりすぎたプライドに反し、自尊心は、下へ下へと掘り続けた穴に隠れようとしている。
そんな醜い本当の姿を必死で隠しながら生きてきた。

それを男はニヤニヤとつまみ出し、人前にさらす。
「特に、勉強だけはできていた人、気をつけてくださいね。そういう人って、プライドが高いだけで全然上手くないですから」と。
恥ずかしさと恐ろしさの余り、もうそれが男の言った言葉なのか、幻聴なのか、彼女にも判別がつかなかった。

そんな彼女の動揺にかまうはずもなく、
男は、包み隠さず自らのテクニックを、そこにいる人達へ見せつけ、その夜は終わった。

たしかに、男のテクニックはすごかった。
こんな秘密があったのかと驚き、彼女も試してみたくなる。
ただ、どうしても上手くいかない。聞いた通りにやっているはずなのに、それができない。

そこにいた男女は、週に一度、月曜の23時59分までに、身につけたテクニックを駆使し、あの男の前でそれを表現する。
いつ来るかわからないその男を、固唾を飲んでじっと待ち続ける。

ただ、いつまでたっても彼女は、その男の前に出る勇気を持てなかった。
いくら教えてもらった通りにやろうとしても、うまくいかない。

簡単なこと。
彼女は、裸になることができなかった。
学校では頑張って勉強をして良い点を取って、名の知れた東京の大学にも通った。
気づかぬ内に自らを縛っていたそんなプライドが、頑なに邪魔をする。
その男の前で脱ぐことは、どうしてもできなかったのだ。

彼女は、最初は遠くからその様子をぼんやりと眺めていた。
目を伏せたり、目を反らす振りをしながらも、気になって、ずっと見ていた。

そうしているうちに、あることに気付く。

裸になった人間は、みんな同じ形をしている、と。

確かに、どこかに傷があったり、ホクロがあったり、
細かったり、太かったり、色白だったり、色黒だったり、
よくよく観察すれば違いはあるものの、
みんな「裸の人間」であることに変わらない。
隠したいものは、みんな同じ。
死ぬほど恥ずかしくて、墓場まで持っていきたいと思っていた悩みだって、
裸になってしまえば、みんな大して変わらない形だと気付く。

「なんだ」

急に肩の力が抜け、彼女は腰からくだけ落ちそうになる。

恥ずかしいと思っていたそのものこそが、自分の最大の個性だった。
何も隠す必要はなかった。
そこが魅力だと思ってくれる人もいれば、共感してくれる人もいる。
見せないことには、何も始まらないのだ。

一度覚悟を決めた瞬間、彼女の生活は一変した。
どうすれば、ただの裸の人間の集まりの中で、自分がいるって気づいてもらえるだろう。
男が言ったことのメモを見返したり、本を読んだり、映画を見たり。
何よりも、鏡で自分自身を見つめるようになった。

大嫌いだった自分。目を背けたかった自分の嫌なところこそが、他の人にはない自分だけの個性だと気付くようになる。

そうなると、もう止まらない。
その男の前だけでは物足りず、彼女はあちこちで脱ぎ始めるようになる。
一枚一枚、服を脱ぎ去るように、
自らの心に何重にも着せていた、コンプレックスを脱ぎ捨てていく。

「書くこと」が、こんなにも自分を変えるなんて、想像もしていなかった。
お勉強した言葉をキレイに並べても、文章にはならないのだと、はじめて気がついた。
すべてを脱いで裸になって、そこからがはじまり。
そうでなければ、上っ面の文字を撫でているだけで、人の心の奥底に触れることはできない。

気付けば、大っ嫌いだった池袋に、今では月に5回も通っている。
書くこと、読むこと、読んで書くことを、東京天狼院書店で学ぶために。

そして、週に2回やってくる締切に向け、読み書きを続ける。
そのたびに、どんどん世界が変わって見えてくる。
本や文章をこえた現実の世界でも、自分や目の前の人と、素直に向き合いたくなる。

ある時、男は自らがボロボロにするまで読んだ本を見せ、
「ここまでくると、狂気の沙汰ですよ」と笑っていた。

最初はよくわからなかったけど、段々と自分でもおかしくなってくる。
読むことと書くことに心も頭も支配され、ただ従うしかない。
それを喜びや快感とすら覚え始めていることに、もう笑うしかない。
「わたしなんて、もうただの変態ですよ」と。

もうすぐ23時59分がやってくる。
わたしは裸の男女の列に混じり、固唾を飲んで、その男が来るのを待っている。

液晶画面を隔て、わたしは、すべてのプライドもコンプレックスも脱ぎ捨てた。
覚悟はできている。ありのままを見せ続けることで、きっとサエないと決めつけていた自らの殻も脱ぎ捨てられる日が来るだろう。

 

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2016-06-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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