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メディアグランプリ

10分移動シアター


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記事:山口香織さま(ライティングゼミ)

あなたが最後にタクシーに乗ったのはいつだろうか。一年以上前だという人も、ここ一ヶ月以内だという人もいるだろう。
私はというと、まさに今、乗っている。

タクシーの運転手さんが身近な存在になったのは大学生の時だ。アルバイトしていた駅前の某ファーストフード店は、タクシーレーンの真ん前だった。
朝にタクシーに乗る人はそうそういないので、大抵は長い列がなかなか動かない。彼らはその時間を使って朝ごはんを買いに来るのだった。みんな、朝のセットで選ぶものは決まっていて、飲み物はお代わりできるホットコーヒー。計10人ほどのミルクと砂糖の数も私たちの頭の中に入っていた。
道が混んでいる時はのんびり雑談したり、注文途中で突然車が動き出した時は、小銭入れをぽんとこちらに預けて「包んどいて!」と言われることもあった。いつもありがとー、と笑いながら車へ戻っていくいい人たちだった。

社会人になって10年、何度か仕事は変わったが、何かしらの制作のため、ひどい時は週5で終電になる事も多い。都心から電車でそれなりの時間、そこからバス弁である我が家に夜帰るには、必然的にタクシーに乗ることになる。ちなみに、一度だけ歩いた事があるが50分かかった。

タクシーに乗っている時間はおそらく10分程度、うんと遅くなってターミナル駅から帰る時でも20分程度だろう。私はよほど疲れている時と、向こうが話したくなさそうな時以外はタクシーの運転手さんと会話をする。
話を振ってみると、誰かに話を聞いてもらうのを待っていたのではないかと思うほど彼らはよくしゃべる。そしてその話はだいたい思った以上に面白いのだ。

彼らの勤務形態は特殊なので、始めてしばらく慣れるまでは辛かったが、慣れると人との約束がしやすくていいという話。娘が国際結婚をして、遊びに行ったマダガスカルで見た星が、故郷の秋田よりもさらに素晴らしかった話。酔っ払って行き先を間違えて伝えてきたお客が起きて、ここどこなんですか、と泣き疲れた話。この辺りはタレントの◯◯さんの実家があって、何度か乗せたことがありますよという話。

様々な話があって退屈しないが、特に記憶に残っている話がふたつある。

ひとつめは、好奇心で「青木ヶ原の樹海まで、なんていう人本当にいるんですか?」と聞いた時に聞いた話だ。
乗ってきた女性に青木ヶ原の樹海まで、と言われた運転手さんは、彼女が何をするつもりなのかわかったが、自分がそんなことの手伝いをするわけにはいかないと、彼女を交番へ連れて行き、おまわりさんと二人で3時間泣きながら話す彼女の話を聞いて、思いとどまらせることができたらしい。つい好奇心で聞いたのに、思いがけずいい話であった。

もうひとつは、相当なおじいちゃん運転手さんの話だ。昔は大型トラックの運転手で、広島の福山までよく行っていたらしい、向こうで一泊する夜はバーに繰り出して飲み過ぎて、たいてい帰りは二日酔い。奥さんがいるが、他に好きな女が出来ては、悪びれもせず「好きな女が出来た」と奥さんに言うらしい。でも奥さんと別れることはなく、今も一緒にいると。奥さんは末期がんになって余命宣告を受けていて、だから今は大事にしてるよ、というのを聞いて、いろんな気持ちになった。

どうして奥さんは身勝手な夫とずっと一緒にいたんだろう、それでも好きだったのかな。最後の最後に病気になって、一緒にいられる残り時間が少ないとわかって初めて大事にするのは、なんだか切ないけど、人間そんなものかもしれないし、こういうものが人生で、ドラマだなあと思った。

いろいろな話をして、他の人の人生にふれて、ありがとうという気持ちで玄関のドアを開ける。お話できて楽しかったですと言われる事も結構あり、こちらも嬉しくなる。

私が鞄から鍵を探して家に入るまで車をとめて見守ってくれる人、携帯を車内に忘れた時朝の4時の仕事終わりに届けに来てくれた人、たまたま再会して料金をおまけしてくれたバイト時代の常連さん。
あらためて思い起こすと、わりと運転手さんたちの優しさに助けられている。明日からもまた頑張ろうと思う。

本当は、もっと早く帰りたい。タクシーなんで乗らなくていい時間に帰って、月9を観たり、お風呂に入りながら本を読んだりしたい。
でも、ひょっとしたらそこらにある物語よりずっと面白い人生に触れられる10分間が、私は嫌いではない。

もしあなたが次にタクシーに乗る機会があれば、運転手さんに話しかけてみることをおすすめする。

 

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2016-06-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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