メディアグランプリ

今日も勝手に、あなたが好き。


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

香月祐美(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
こんな風景を、恋愛漫画で見たことはあるだろうか。
 
朝、駅の電車のホーム。
人混みの中、何か探している風の女子高生。
ハッとして止まる視線の先には、その子が最近気になっている男の子の姿が……。
どこにいたって、つい目に入ってしまう存在。
 
話したことなんてない。
多分、相手に自分のことは認識されていなくて、でも、自分が勝手に相手のことを「知って」いる。
そんな、意識しなくても「あ、あの人」って目に入ってしまう存在。
 
先に言っておくと、私は決して人間観察が趣味ではない。
方向音痴で、どちらかというとボーッと歩いているタイプ。
覚えられないのは、道だけではない。
人の顔すらなかなか覚えられなくて、どちらかというと、他人を最初に識別する手段は「声」だ。
行きつけのお店でご飯を食べていて、1、2度話したことがある人が隣に来ても、最初は誰だか気づかない。
その人が「とりあえず、生一つ」と注文するときの声を聞いて「あ、こないだご一緒したあの人!」と認識する。
分かるや否や、私の態度は一変する。
先日あれだけ一緒に盛り上がったのに、今日はやけに他人行儀ですね、よそよそしい空気を出してますね、と相手に思われていたかもしれないが、そんなのどこへやらで話し始めるのだ。
 
そんな私が、知り合いですらないのに「目」で認識している二人がいる。
話したことはおろか、目があったことすらない。
だから相手にとって、私は気にも留めない存在だろう。
私が彼らを一方的に知っている。
その人たちは、私が仕事前に寄るカフェにいて、入り口横の丸いテーブルに二人で座っている。
いつも同じ場所に座っているから認識するようになったのではない。
二人の「服」なのだ。
 
通勤電車に乗る前、まだ働かない頭でカフェに入る私の視界の端にいつも入ってくる、赤。
それが一度や二度ではない。
いつも赤いのだ。
しかも、二人揃って。
 
いつの間にか、私の中で勝手に二人は「レッドさん」になった。
寒いけど、今日もレッドさん入り口横にいるな、とか、今日の服は赤に黄色も混じってカラフルだな、とか、一方的に「知る」存在になった。
知るとはいっても、たぶん二人は長年連れ添っている夫婦だろう、くらいのことしか分からないのだが。
 
その日も仕事前のカフェで、すりガラスに面した一人用のテーブルに座り、駅の改札に向かう人をぼんやり眺めていた。
左側に人が座る気配がしたのとほぼ同時に、右の席にも人が来た。
右に座った人は、すぐに立ち上がり、私の後ろを通って左手の人に話しかけ始める。
戻って、座ったかと思ったらまたすぐに立ち上がり、また左手へ行く。
仲良しみたいだけど、どんな人だろう。
好奇心が芽生えたが、思いっきり顔を向けて見るのは憚られる。
チラリと顔の角度を変えると、視界の端に服が見えた。
 
赤だ!
思わず反対側に視線を移すと……椅子に赤い服が掛けられている。
 
なんと私の両隣にレッドさんが座ってきたのだ。
 
え、カフェの入り口以外で見かけたことがないのに、なんでここに!?
なんか二人の間を邪魔するように座っちゃって、すみません。
一瞬のうちにいろんなことが頭をよぎっていく。
 
私の席と交換したらいいかも、と考えたがすぐに思い直した。
だって、私たちは「初対面」ですらないのだ。
レッドさんが二人でいつも一緒にいることを、見ず知らずの女に突然指摘されたら、ちょっとビビるのではないか。
そう思って私は、今日に限って頼んだLサイズのラテを手に、大人しく二人に挟まれ続けることにした。
 
「お肉が挟まってるパンよ、あったじゃない。美味しそうよ」
私の後ろを行き来していた女性が、しきりに男性にお勧めしている。
期間限定で美味しいよ、と私も心の中で相槌を打つ。
「うん、それでいいよ」
男性の返事を確認すると、女性は注文しにカウンターへ行ってしまった。
 
女性があれこれお世話をやきたい様で、なんだか私の実家の両親を思い出す。
 
しばらくして女性が戻ってくると、
「ありがとう、うんうんありがと」
と言って受け取っていた。
その後、お薬用のお水を持ってきてもらって「ありがとう」。
……ありがとう、って少しのことにめっちゃ言うなぁ。
私にはちょっとした驚きだった。
 
私の両親は、レッドさんより年上だけど、ありがとうってあまり言い合わない。
いや、言ってるのを聞いたことない気がする。
私の父は昔ながらの九州男児で、食卓に座り「ビール」と言えば、母がさっと持ってくる。
父は無言で受け取るし、母も「自分で持ってこんね」とは言わないし、かと言って嫌な風でもない。
お互いそれが普通なのである。
 
ご飯を食べたと思ったら、また右手の女性が席を立つ。
ちょっと2、3分外に出てくるね、と男性に話している。
「戻ったよ」
と伝えて座ったなと思ったら、またすぐに男性のところに戻り、今度は電車に乗る時間の相談を始める。
どうやら、後20分くらいで電車に乗るらしい。
 
それまでお互いここで座って時間を潰すんだなと思っていると、そんなことはなく。
今度は、「お母さんがね、駅に来るから……」
と、とても忙しない。
 
大きめラテ頼んで、長々とお二人の間に居座ってすみません。
女性が席を立つたび、心の中で謝っている私の気持ちなど知る由もなく。
 
忙しない様子を背に感じながら、私はあることに気づいた。
レッドさんは小さいことでもなんでも、全てを二人で共有するのか。
そんなことを考えている横で、「電車5分後ね、ありがとう」と言っているのが聞こえる。
おかげで、私にまで全てが共有されている。
 
ちょっとしたことでもお互い言葉で伝えて、ありがとうの言葉も自然に言い合う。
長年連れ添っても、言わないと分からないことはあるだろう。
伝え合うから、二人はいつも一緒にいて仲良しなのだろう。
 
日頃は道も、人の顔もろくに覚えられない。
そんなあてにならない私の目に、きっと狂いはなかった。
レッドさんは素敵な夫婦だな。
 
そろそろ出る時間じゃないかなと思っていると、
「もう行く時間よ」
と、支度をし、店を出ていくレッドさんを気配で感じとる。
そして、私の目の前にあるすりガラスの前を仲良く歩いていく姿を勝手に見送りながら、私も席を立つのだった。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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