30歳女、頭に難が多すぎる
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記事:川端彩香(スピード・ライティング特講)
一年前のことだった。
「ここ白髪生えてますよ」と美容師さんに言われたのが始まりだった。
29歳の冬だった。
「え、嘘でしょ!?」と返すと、「いや、いっぱいあるよ。ほら、ここも。あとここも」と埋もれていた白髪が美容師さんの手によって露わにされる。そうして露わにされた白髪は7本くらいあった気がする。
「うわー、まじかー……」と思わず呟いてしまった。
今まで白髪とは無縁だった。美容師さんに聞くと、白髪は遺伝が多いらしい。母の家系は白髪が多いので、遺伝で私もいつかは白髪が生えてくるのかなとは思っていた。でも、私はまだ当時29歳だ。まだ早くないか? 遺伝による白髪を元の黒髪に戻すのは非常に難しいらしい。となると、今ある白髪とはこれからも付き合っていかねばならんし、29歳でこんなにも白髪が見つかるなんて……。これからもっと増えていくに違いない。まだ29歳なのに……。
その日から、私と白髪の戦いは始まった。
毎日のように、洗面台の鏡の前で白髪チェックを開始した。
髪の分け目に生えている白髪は、見つけやすいのでありがたい。「抜いちゃダメ! 対処するなら、根本から切って!」という美容師さんの言いつけを守り、たまに白髪じゃない毛も巻き込みながら、白髪を定期的にカットしていく。
次に、髪型をいつもと変えたときに発生する分け目。普段は髪の毛をおろしてそのままにしているが、たまにハーフアップにしたときに、その新たな分け目にひょっこり白髪が現れる。そのひょっこり白髪を見つけると、容赦なく伐採する。一度美容師さんが切ってくれているので、見つかるのもだいたい短い1㎝くらいの長さの白髪が多いのだが、たまに10㎝くらいの白髪も見つかる。長い白髪を見つけたときは、悲しいはずなのになぜか「新しい白髪見つけた!」と嬉しくもなってしまうのだ。
会社のトイレで見つけるときもある。そういうときは、ハサミを持って仲良しの同僚のところへ行き、切ってもらう。最近はマンションのエレベーターで見つけることが多い。家の洗面台より明かりが強いからか、今までに見つけられなかった白髪が割と見つかりやすいのだ。エレベーターの中で見つけた白髪を持ったまま、家のカギを開け、洗面台に直行し、白髪を切ることがここ数週間は多い。
切っても切っても出てくる白髪。
結構切ってきたはずなのに、たまに見つかる長い白髪。
まじか……と思う反面、新たな白髪を発見したという謎の喜びもある。
後ろは見えないから気がかりではあるが、これくらいの量なら自分で切ればなんとかなるし、白髪探しも少し楽しく感じてきてしまっている自分もいるし、30歳だからとか考えずに上手く白髪と付き合っていこう。と謎のポジティブな考えにさえ至ってしまった。
そして昨日、2カ月ぶりに美容院に行った。
担当に指名しているのは、1年前と変わらない美容師さん。私の白髪の第一発見者の美容師さんだ。
「いやー最近また白髪が増えてるような気がしててー。後ろは見えないんで、また見つけたら切っといてもらっていいですか?」と私が言う。すると美容師さんは私の後頭部の髪の毛を上げながら「いや、白髪も気にはなるんですけど……。頭皮がめくれてる方が気になる」と言い放った。
頭皮がめくれているとは……?
「え、もしかしてフケですか?」と恐る恐る聞く私に、そうじゃないと言う美容師さん。
「今ちょうど季節の変わり目だし、肌と一緒で、頭皮も乾燥してるのかもね。でも一年以上担当してて、頭皮がこんな状態なの見たことないから気になって……。あ、あと食生活とか変えた? タンパク質取ってないとか」
頭皮の乾燥に関してはまったくわからなかった。毎日お風呂も入っているし、頭も洗っている。だけど、食生活に関しては心当たりがあった。ここ数週間、暴食をしていた。しかも、意識的に。
1年半前、ダイエットをして10㎏痩せていた。食生活を改善して、適度に運動をして、早寝早起きをして、という至って健康的なダイエットだった。だがしかし、ちょっと痩せすぎた気がすると最近思っていた。というのも、滅多に撮らない写真を撮ってもらったとき、その写真に写る自分が、少し細くなりすぎているように感じたのだ。BMI的にも、瘦せ型になってしまっており、体重を少し戻した方がいいなと思っていた。
手っ取り早く体重を戻すには、ダイエット前のようにいっぱい食べればいいのだ! と思った私は、好きなものを好きなだけ食べるようになった。大皿に焼きそばと白米を半分ずつ乗せて食べたり、山盛りのご飯のお供にカキフライ3個とコロッケ2個を食べたりしていた。そんな暴食をしても健康的に減らした体重はすんなり戻らず、私は以前からあまり食べないお菓子を常にボリボリ食べるようになった。結果、体重は少し戻ったのだが、その乱れた食生活も、どうやら頭皮のめくれの原因になっているらしい。
「私は医者じゃないけど、その食生活は直した方がいいと思うよ。頭皮もほとんど見えないけど、身体の一部だからね。肌に影響があるように、頭皮にも生活習慣は影響するからね」と美容師さんには諭されてしまった。でも確かに、顔の肌は気にするのに、頭皮はあまり気にかけたことがなかった。同じ肌なのに。
ひとまず様子見、ということになったが、近いうちに薬局に行って頭皮用の化粧水を買おうと思う。
歳を重ねると、身体に変化が出てくるとは聞いていたが、正直それは40代や50代になってからの話だと思っていた。老眼や膝の痛みのようなものばかりだと思っていた。
まだ30歳だと思っていたが、20代とは確実に変わってきている気がする。そして、これからもその変化は起こり、それを受け入れ続けなければならないのだろう。白髪探しも楽しい境地に入ってしまったし、頭皮についても、化粧水にこだわったりすると楽しくなってしまうのかもしれない。そう考えると、頭に集まる難も、少し可愛く思える気もするのだ。
いや、それにしても、歳の割に、頭に難が多すぎないか……?
そう思うと同時に、次に起こる難を考えると少し怖くもなるのだった。
***
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