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メディアグランプリ

エイプリルフールの思い出


202*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:森野みどり(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
わたしはとても騙されやすい。近くのホームセンターで水道の蛇口が並んでいるコーナーを見ていたのは、娘が7歳のとき。退屈した娘が、展示してあった蛇口を順番にひねって遊んでいるのは横目で見て知っていた。
 
次のコーナーに移ろうとしたとき、「あ、水が出てきた」と言って着ていたTシャツをめくり上げて見せる娘に、大慌てするわたし。ニヤリとする娘。「ママはちょろい」と言うようになったティーンネージャーの娘に、初めて騙された思い出だ。
 
7歳のわたしに父が、捕まえたしおからトンボを見せながら「しおからトンボの尻尾はしょっぱいんだ」と言ったのをはっきりと覚えている。子どもの頃に住んでいた庭で夏の終わりの夕方、ホースで水をまいたあとの芝生の匂い。
 
しおからトンボの尻尾がしょっぱいわけではないことが判明したのは、それから30年ほど経った、両親と一緒に旅行して、湖に沿った遊歩道を歩いていたときのこと。幼い娘にトンボを捕まえて見せた父に、「しおからトンボの尻尾ってしょぱいんだよね」と言うわたし。怪訝な表情をして見せる父。
 
30年も騙されていたなんて。しかも父は、そんな話をしたことすら忘れているという。
 
大人になって顔を合わせる機会は減ったけれど、妹は隙があればすぐに騙そうとする。もうすぐサマータイムが導入されるよとか、動物園のキリンが逃げ出したらしいよとか、特にどうということもない小さな嘘を真顔でついて、喜んでいる。
 
えー、ほんとに? と驚くと、嘘。とニヤリとする。また騙された。
 
作家の吉本ばななさんがいつだったか、家族がいつも小さな嘘で騙してくるから、何年も騙されてたことがいくつもあるというような話をどこかで読んだ記憶がある。何回騙されても、騙されるってわかってても騙されるんだと書いていたが、本当にその通りなのだ。騙されやすいとわかっていても何度でも繰り返し、同じ人に騙されてしまう。
 
騙され仲間なのが嬉しいような、もうちょっと違う共通点が欲しかったような。
 
とは言え、いつもいつも騙されてばかりいるわけではない。
 
毎年エイプリルフールには、夫を騙すのを楽しみにしている。1番うまくいったのは、10年ほど前の「中国国内の近距離移動の飛行機に、立ったまま乗れる機体が導入される」というネタ。
 
当時の夫は中国人と親しくしていて、またそれとは別にわたしたちの間で飛行機の話題が続いていた時期だったので思いついたのだが、面白いくらいにあっけなく騙されて、なんなら珍しく喜んで、いつどうやってネタだと伝えようか悩んだほどだった。
 
エイプリルフールのネタは、数週間から数日かけて考える。すんなり思いついて、まんまと騙される夫を見てほくそ笑む年もあれば、ネットでググってもあまり面白いネタが思いつかず、言う側からネタだとバレてしまう年もある。
 
エイプリルフールのネタとはちょっと違うんじゃないのかなと思いつつ、どこかの国の人がやるという、パジャマの袖やズボンの裾を糸で縫い付けて、手足が出ないようにするいたずらも試したことがある。あれは不評だった。普段は穏やかな夫が無表情で、ため息をつきながら無言で糸をほどいていた。もうやらない。
 
結婚してすぐのある年、当日になってもどうしてもネタが思いつかず、何かヒントをもらえることを期待して、駅からの帰り道、しばらく話してなかった妹に電話をした。
 
電話の趣旨を説明するも、「そんなの、急に言われても」とのことで、話題はお互いの近況報告に流れた。まだ肌寒い春先の夕方、家の前で話し込んでしばらくすると、これまでのエイプリルフールのネタについて聞かれた。
 
去年はたしか、仲の良いHちゃんが地方に転勤になったって作り話をして、夫を騙すことはできたけど別にそれほど関心がなさそうで、つまんなかった、ネタとしてはいまいちだったと話したことに気がついたのは、後になってからだ。
 
職場にいる妹が、声を潜めて言う。「ねえ、そう言えば、まだ内示も出てないんだけど」。もしかしたら関西に異動になるかもしれないと。嘘でしょう。いつから。なんで。やりたい仕事なの?
 
でもまあ関西だったらそれほど遠くないし、何なら遊びに行く拠点になるし楽しみだけど、やっぱりちょっと寂しいかもね。どのくらいの期間になるのかな。当時、妹の彼は何て言うかな……
 
ひとしきり話したあと、驚かせたくないから、両親にはまだ言わないでね、わかった、じゃあそろそろ、うん、またね。結局、エイプリルフールのネタは思いつかなかったなと思いながら、電話を切ろうとしたとき、妹が言った。
 
ねえ、お姉ちゃん。今日、何の日か覚えてる?
 
 
 
 
***
 
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2022-03-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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