メディアグランプリ

ただいま、その言葉をいいたくて


202*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:玉置裕香(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
「おい、ふざけんなよ」
そう言って、私は父から奪い取った。火を点けようとしたタバコを地面に叩きつけた。初めて父へ激怒した。今までこんな乱暴な態度をとったことはない。父はものすごく驚いていた。気まずい空気の中、車へ戻った。少しして買い物から戻ってきた母へ私はチクった。
「今退院したばっかりなのに、待っている間にタバコを吸おうとしたよ」
「お父さん、さっきタバコは止めましょうと言われたばかりじゃない」
「倒れて入院したって聞いたから、仕事休んで5、6時間もかけて帰ってきたんだよ。自分が何しているのかわかってんの? 日ごろの自分の生活を改善しないとまた同じことを繰り返すよ。命に関わるよ。その時はもう知らんよ!」
責める私に、父はついにキレた。
「オレの好きにさせろ。今度倒れてもお前には知らせんから」
「あ、そう。好きにすればいい。死んでもしらん」
母の運転する車の中。助手席に父、後部座席に姉と私が座っていた。沈黙が流れていった。父が初めて倒れた日。28歳の夏だった。
 
私は日々仕事に追われていた。忙しいけれども、充実していた。父が倒れたことも記憶の中から薄れていった。実家を思い出すことは少なくなった。
「元気にしていますか。久しぶりに実家に帰ってきませんか」母からたまにメールが来た。メールに気づいても、すぐに返信はしなかった。
年に1、2回、実家に帰るだけだった。
 
2度目に父が入院したのは、それから3年後のことだった。
たまたま取っていた夏休みの朝。姉からメールがきた。
「お父さんが知らせるな、て言ったけど……。今日入院して、心臓のカテーテル治療するんだって。症状はないけど、2週間前の心電図に異常があって、検査したら、早めに治療した方がいいって。今日午後から治療するよ」
「わかった。間に合うように行くよ」そう私は返事した。
家族で知らなかったのは、私だけだったらしい。生活を改善しなかった父。やはりか……。私は心配よりも腹を立てた。
治療が終わり、家族への説明を一緒に受けた。今回の治療は一番狭く、重要な心臓への血管を風船で膨らまし、広げたようだ。無事に終わったが、2回目が後日あることを聞いた。
父が病室に戻ってきた。久しぶりだった。70歳をすぎ、昔よりも瘦せて見えた。
「おう、久しぶりだな」父は笑いながら言った。
「無事に終わったみたいだね。お疲れ様。身体を大事にせんとね」
「そうだな。来てくれてありがとうな」
少し話をしてから、病室を去った。すっかり夜になっていた。帰る新幹線の中、窓に映るネオンをぼんやりと見つめていた。
しばらくして、2回目の治療も無事に終わった、と母から報告があった。
さすがの父も心臓の治療でどうにかしないと、と思ったのだろう。タバコはすっかりやめたらしい。体力が落ちたことを気にして、毎日コツコツ運動をしている。
父なりに頑張っているようだった。
 
年末に帰省した。久しぶりに家族で食事をとった。父も母も嬉しそうだった。しかし、夜中に父がおやつを食べていた。私は目ざとく見つけ、チクリと言う。
「糖尿病でしょ。そんなの食べたらだめでしょ!」
「そんなに言わんでくれ。唯一の楽しみなんだ。食事を制限してまで長生きなんかしたくない」
父とケンカするのは嫌だった。私はさっさと自分の部屋へ退散した。すると、母が部屋へやってきた。
「お父さんね、病気してからたまに言うのよ。あと何回(子供たちと)ごはんを一緒に食べられるのかな、て。ごはんを食べることが好きな人だからね。あんまり言わないであげて。70も過ぎると習慣はなかなか変えられないのよ」
私はしぶしぶ納得するしかなかった。
実家から戻ると、いつもの日常が始まった。家族のことをまた忘れていった。
 
私は35歳になった。4月に新しい職場に移動した。職場に早く慣れようと必死だった。夜遅くまで働く、けど終わらない。仮眠をとって、次の朝を迎える。また新たな仕事が容赦なく入ってくる。
「元気にしていますか。新しい職場には慣れましたか?」母からくるメールに返事をする余裕はなかった。
毎日が昨日の続きで疲れ果てていった。認められないとその職場に居場所はない。きつい、もう無理、そんな弱音は吐けなかった。でもそんな毎日は続かなかった。4か月で私は仕事に行けなくなった。一人でいたくなくて、実家へ戻った。
「無事でよかった」母の言葉に心が救われた。
「しばらくゆっくりしたらいい」夜遅くに帰宅した父に言われた。
無条件に受け入れてくれる存在、それが家族なんだ……。私はここにいていいんだ、そう思って涙が止まらなかった。
 
しばらくして仕事を辞めた。自由な時間が増え、たびたび実家へ帰った。朝、晩と温かいご飯を一緒にたべる。会話をする。ゆったりと流れる日々の生活。高校生のとき以来だった。
ここは変わらないな、そう思った。
若いころは変化がないことが嫌で、楽しくて新しい世界に夢中になっていた。だから変化のない実家に帰るが嫌だった。私は思い出した。
ふと目の前の父と母を見た。二人とも髪は白く、薄くなっていた。背骨が少し曲がり、痩せていた。顔には皺が深く刻まれていた。そこに老いがあった。そういえば、さっき食事の前に父は血糖を測定していた……。
突然不安を覚えた。いつも変わらずにあると思っていた。でも確実に変わっている。二人の側に老いや病が感じられた。ずっと目を背けていた。変わっていなかったのは私だった。
「あと何回一緒に食べられるのかな」
父の言葉を思い出した。
ああ、そうか……ようやく気づいた。変化していく日々の中で、私にできること。
 
私は手帳を開く。今月の予定を書き込んでいく。
休みの日を作ること、この年になってちゃんと覚えた。
この日は帰れるな、そう思って実家へ連絡をする。
 
「ただいま」
その言葉がいいたくて。
 
 
 
 
***
 
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2022-03-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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