メディアグランプリ

ミドリになんて、しなければよかった



記事:M.Fukase(ライティング・ゼミ)

ガシャガシャガシャガシャッ!
「撮れた?」
「うん。ほら」
「あー、いいね」

私のよくある日常に、シャッター音はよく響く。
遊びに行くときには、大体カメラを持って出かけるからだ。

私がカメラを持って出かける理由はいくつかある。
撮りたいときにカメラがないと悔しいから。写真が残っていないとどこか寂しいから。写真を見せるとみんなが喜ぶから。単純に写真を撮ることが楽しいから。
大体カメラを好きな人なら、この理由にうんうんと思ってくれるに違いない。
だけど、なんだかんだといって、一番の理由は「ミドリ」だからだ。

※ ※ ※

ミドリのあいつとの出会いは大学生のときのことだった。

小さい頃からカメラが好きだった私は、大学の4年まで小さいコンパクトデジタルカメラを愛用していた。写真を撮るには十分だし、これで撮った写真を渡すとみんな喜んでくれた。
ただ、天文学が好きな私はそろそろ本格的な星の写真を撮りたいと思うようになり、一眼レフカメラへの買い換えを考えていた。

ちょうどその時期に、仲のいい友達が所属する天文サークルの部長さんと出会った。その人はひょろっと背が高く、誰に対しても敬語でどこか親しみやすい人だった。首にはいつも黒い一眼レフをぶら下げて、気がつくとパシャパシャとシャッターを切っていた。

カメラとセットで生きているような部長さんに、その親しみやすさもあってか、同じカメラ好きの私は自然と話かけた。

「どんな写真を撮ってるんですか」
「あ、こんなのとか、ですね」
見せてもらったのはどこにでもある風景。
だけど空気感のある、少しハッとする写真に私は魅入ってしまった。

こんな写真を撮りたい、やっぱり一眼レフがほしい。
そんな気持ちが抑えられず、気づけば私は量販店のカメラ売り場に通うようになった。
カメラを手にとっては、試し撮りをして、これかな、あれかなと悩みに悩んだ。

そして私は一台のカメラを買うことに決めた。ついに一眼レフを買うぞと、得意気に店員さんを捕まえて「これをください」と伝えた。すると店員さんはニッコリ笑ってこう言った。

「カラーリングはどうしましょうか?」

からーりんぐ? ああ、そういえばそうだっけ。

このカメラはカラーリングが自由に選べるのが特徴で、以前にも店員さんから説明されていたのを思い出した。
サンプルをみると赤や青、黄色に紫、金まである。
ううん、と私は悩みながら、どうせなら誰も持っていない色がいいなと思い、えいやっという気持ちで店員さんに伝えた。

「ミドリ色でお願いします」

店員さんが一瞬固まったように見えた。

「ミドリですか?」
「はい、ミドリで」

また一瞬の間を置いて店員さんはかしこまりました、それではですねと、と続けて私は購入手続きを済ませた。

2週間後、一眼レフが家に届いた。
自分にとって、はじめての一眼レフだ。
迫るような大きなレンズ。ずっしりくるボディ。角張ったペンタプリズム。カチカチと鳴るダイヤル。シャッターをきると、カシャンと軽快な音が響いた。正真正銘の一眼レフだ。この所有欲をくすぐる見た目に私はウキウキしていたが、冷静にふと思った。

「やっぱこのミドリはどうなんだろう……」

そのボディは深緑とか、落ち着いた色じゃない。メロンのような、お菓子のようなポップで明るいミドリ色。一眼レフカメラには似つかわしくないボディカラーをしている。
それでも一眼レフだし、高いお金をだして買ったカメラだからと私は「こいつ」を連れだすようになった。

「おわっ! ホントにミドリ色だな!」
こいつを見た友人はみんなそう言って目を丸くする。初めてこいつをみるみんなの反応に内心しまった、やらかしたと思いながらどこかで自分の様に傷ついた。高校の恩師には、こいつを見るなり心配そうな顔で「どうした、そんなおもちゃのカメラを下げて。なにかあったか」とまで言われた。

でもどんなにいわれてもこいつはカメラとしてよく出来ていた。見かけこそ「おもちゃみたい」と言われたが、しっかりと背景はボケるし、露出も出来て画質がいい。星だって驚くほど綺麗に撮れた。
だけど一つ足りないものがあった。それは持ち主のウデだ。

撮り始めたころは撮る度に、こいつに怒られた。
「ピントが少しずれているじゃないか」
「露出は設定した?」
「ホワイトバランスは場所を変えたら確認しよう」
「ブレてるぞ!」

ブレブレのボケボケの撮った写真を見ると、そんな声が聞こえてきた。正直へこむ。でも思わず魅入った部長さんのあの一枚のような写真が撮りたくて、なんどもこいつを構え、その声だけを聞いてひたすら撮り続けた。日常で、イベントで、ライブ会場で、旅先で。それでも思うような写真はまだ撮れない。ミドリのこいつに厳しく怒られながら、貪欲にシャッターをガシャガシャと切りまくった。

次第に「ミドリのカメラのひと」として周りから覚えられようになった。ミドリのカメラといえばあの人だよね、と。すると写真を頼まれるようになる。旅先の写真やイベントの撮影係としてミドリのそいつと一緒にかけずり回った。結婚式の撮影係を頼まれたときなんて、張り切りすぎて筋肉痛になってしまったが、喜んでくれた新婚のご夫婦をみてとても嬉しかった。

これもミドリのこいつに厳しく教えられたお陰だ。でも、ここまでくるのは、大変な労力だったとおもう。だって、こいつのシャッター限界はとうに越えているから。

奇抜なミドリ色にアンバランスな重量感あふれるボディ。少し変わったミドリの師匠とのつきあいは、気づけば今年で6年になる。一緒に撮った写真は15万枚を越えていた。
修理には3回だした。昔は軽快に「カシャンカシャン」と鳴っていたシャッターにはノイズが混じる。ボディは所々が剥げて白い地が露わになっている。グリップ部分なんか握りすぎでテカテカだ。

「そろそろ買い替えようかとおもって」
私は試しに周囲にそう言ってみた。

「次もミドリ?」
「もしかしたら次は黒かも」
「えっ! ミドリじゃないの!?」

すでにメーカーからミドリのカメラは販売されなくなっていた。だから色が変わるかもと伝えると周囲から驚きの中に残念さを混ぜてそう言われた。それも、周囲のみんなからだった。それで気づいた。ああ、こいつはみんなに好かれているんだ。それがなぜかとても嬉しかった。

ミドリにしなければ、はじめはあんなにボロクソにいわれることもなかった。でも、ミドリにしていたから、こいつと一緒に覚えてもらったこともある。ミドリだから、みんなにこいつは好かれて良い写真が撮れている。

なによりミドリにしてしまったから、こいつと一緒にいたいと思えている。

ミドリのこいつはカメラの技術だけじゃなく、ひととの縁もくれていたのだ。だから私は写真を撮らなくても、こいつを連れて家を出る。

***
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2016-07-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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