「歯車と仕事」
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記事:油井貴代子(ライティング・ゼミ2月コース)
私がやらないと、仕事が進まない。
私がいないと、この仕事は成り立たない。
短大を卒業してすぐに就職した会社は、大手商社の子会社であった。
バブルの末期の頃で、若い男子営業マンは毎晩飲み歩くような会社であった。ある意味とても活気はあったのかもしれない。
「24時間戦えますか?」というドリンク剤のキャッチコピーが流行った頃である。
営業担当の男性社員は遅くまで仕事をこなし、出張し、接待で飲み歩き、休日出勤をする。そんな時代に営業アシスタントとして配属された。
私の配属された部署は中国や韓国から紳士服を輸入しており、課長以下男性営業社員が4名、物流担当の男性2名と女性が1名というこじんまりした部署であった。営業社員のうち、中国担当の男性のアシスタントとして仕事を始めた。彼が会社にいるときは彼が仕事を教えてくれ、国内や海外出張の時は物流担当の男性が仕事を教えてくれていた。
短大を卒業したばかりで、仕事について右も左もわからないところからのスタートだったが、すぐに仕事には慣れて自分なりに工夫をしながらこなすようになっていった。
ただ、景気の良い時代で国内生産から海外生産に多くのものがシフトしていく中で、私の仕事量はものすごい量になっていった。
営業が中国で生産契約をした契約書から、為替の社内予約をし、インボイス(納品書)を作り、通関のための書類を作る。納期について中国駐在社員とやり取りをし、それを営業に伝え、営業の指示で国内の顧客に伝える。急ぎの書類を取引先に直接届けることもあった。
出張のための準備をし、会議のために参考資料を作り、課長と部長のハンコをもらい、社内のいろんな部署に書類を持っていき、お茶を出しコピーを取る。
今のように全員がパソコンを持っていなかった時代である。すべてのことは紙のやり取りであったから、今書きだしてみただけでも無駄な作業が多かったなと感じる。それにまだまだ女性社員がお茶くみとコピー取りをするのが当たり前という時代でもあった。
気が付けば終電まで仕事をするようになっていた。自分だけなら疑問に思ったかもしれないが、同期入社の他の女性社員も同じように遅くまで仕事をしていたため、そんな働き方に疑問を持つことはなかった。
私がやらないと仕事は進まない。
私がやらなくちゃ、私以外の人間にはここまでの仕事ができない。
そんな妄想に支配され、毎晩遅くまで仕事をこなし、土日も出勤をし、時々帰るのが嫌になってビジネスホテルで泊まることもあった。仕事が趣味と言っても過言ではなかった。体はきつかったが、仕事をしている充実感はあった。私が営業マンを支えているという自負もあった。でもそれも今思えば妄想だったのかもしれない。
「所詮、歯車のひとつなんだから」
そう言われてとても悲しかった。
私は会社の歯車のひとつなのか? 私じゃないとできない仕事ではないのか?
その人は遅くまで仕事をしている私のことを心配して言ってくれたのだろうが、私はとても不満だった。
でも実際に仕事を辞めてすぐに分かった。
「わからないことがあったら、いつでも電話して来てね?」
引き継ぎをした後輩の女性にそう伝えて会社を後にしたが、彼女から一度も掛かってくることはなかった。
私じゃなくてもよかったのだ。とても寂しいやりきれない気持ちになった。
今までの仕事はいったい何だったんだろう? 何のために仕事を頑張ってきたのだろう?
それから何度か転職をしたが、私から妄想は消えてなくなっていた。
自分だけができる仕事はない。
自分ができる仕事は、多くの人が私の代わりにできる仕事である。
そう考えると、とても気軽に仕事に取り組めるようになった。
もちろん、中途半端なことでは周りに迷惑も掛かる。与えられた仕事はきちんとこなし、自分でも取り組めそうなことは進んでやるようにした。
そうするうちに、自分の中の仕事のスキルが上がってきたような気がする。
簡単な経理事務を覚え、縫製を覚え、接客を覚え、営業も少しはできるようになった。
今は法人の事務をしているので、きっと新たなスキルが身についているはずだ。
「歯車」を最初に聞いた時は、自分は会社という機械の一部分でしかなく、ただ黙って他の歯車に合わさって回り続けるもの、というイメージであった。油にまみれくたくたになって、壊れたら違う歯車に交換される。
今は違う。確かに歯車として会社を動かしていることに変わりはない。だが、それがほかの会社や地域に繋がり、たくさんの歯車がかみ合わさることで、その先にある社会という大きな機械を動かしているに違いない。私という歯車は、様々な職業にかかわることでどんどんバージョンアップしているイメージだ。歯のひとつが欠けたとしても、新たに補強することで、より力強く、大きな力を生み出す歯車に変化していっている。
そしてこれからもきっと、私という歯車は形を変えながら回り続けていくであろう。
***
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