メディアグランプリ

深窓のおじさんと、ターコイズブルーの指先


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記事:滑稽こ(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
子供のころから “深窓の令嬢”という言い回しが好きだった。
 
ぜんそく持ちの病弱少年だった私は、外で遊べる友人たちがうらやましくてしかたなかった。“深窓の令嬢”はきっとその頃に本で出会った言葉だと思う。
 
意味としては俗世間とは離された育ちの良さなどを表すのだが、私の中でのイメージは、窓越しに外で遊ぶ誰かを見つめる病弱な美少女だった。
 
深い窓と書いて深窓。この2文字だけでもイメージが浮かんでくる。建物3階の部屋だろう。かろうじて門からを見える位置で、あなたは屋敷に招かれたときに見てしまうのだ。美しい少女が窓からこちらを見ていることに。日焼けを知らない肌と、長く伸びた髪。
 
“深窓の令嬢”という言葉から広がる景色が、幼い私を支えてくれたことは間違いない。病弱な自分を自己肯定できたし、熱でうなされていたときも、世界で自分はひとりぼっちじゃないと思えた。イマジナリー深窓令嬢が和室の隅から見守ってくれていた。
 
成長し少しずつ身体が丈夫になっても、ずっと深窓の令嬢が好きな気持ちは変わらなかった。すきあらばこの言い回しを使いたくて、上品そうな女性が話題になるたびに言った。大学で語彙力のないやつだと友人に笑われたが、そうしたかったのだ。
 
だからサークルの飲み会で女装したとき、その友人から「深窓の令嬢みたいだな」と言われたのも、きっと自分がこの言葉を使い続けていたからだと思う。
 
そのとき、劇薬のような衝撃が身体をかけめぐった。全身がむずがゆくなるような快感で、うれしさのあまり自分を抱きしめたことを覚えている。気づいてしまった。どうやら私は深窓の令嬢になりたかったようだ。とはいえ自分は男性だし、女装趣味があるわけでもない。特段なにもせず、時間だけがすぎていった。
 
ところが、昨年思いがけないチャンスが巡ってくる。転職した企業がフルリモート勤務だったのだ。誰の目にも見られないのだから、幼い頃から憧れていた深窓の令嬢のような生活をしよう。心の引き出しからイマジナリー深窓令嬢を呼び起こして、私の新しい仕事がはじまった。
 
その日の気分に合わせて選んだ茶葉を、ウェッジウッドのティーセットでいただく。机はあえて窓辺に配置した。カーテンの隙間から公園を覗くことができる。そこで遊ぶ見知らぬ誰かを見守る自分は、まさに憧れの深窓令嬢だった。
 
気をよくした私は、指の毛を剃り、ネイルチップをつけた。テキストベースの社風だったので、誰とも話すことはない。服装もまずは男女兼用の服を着たが、そのうちフリルつきのシャツに変わった。鏡さえ見なければ、自分を誤認できた。
 
ターコイズブルーの指先で打つメールは、私を高揚させてくれた。かつての深窓令嬢はバリバリのキャリアウーマンになり、窓辺から世界に向けて仕事をしているのだ。きっとネット上で性別を偽る人も同じ気持ちなのだろう。すぐそばに理想の人格がいることで、肉体を切り離せない私がもどかしかった。
 
できるだけ自分の肉体に気づかないように気をつけながら生活するようになった。自分の存在から目を背けている間だけ、私は憧れの人格でいられた。実際、仕事の効率も上がったように思う。理想の深窓令嬢なのだから、当然私よりも有能なのだ。
 
現実に引き戻されたのは、少し早めに夏服を出そうと思った先週のことだ。
 
気温の高い日が増えてきたので、冬用の服をしまうと共に、Tシャツやハーフパンツを出した。さっそくアンクルパンツを履こうとして……履けなかった。私はフルリモート勤務で太ってしまったようだ。
 
慌てて体重計に乗る。7キロ太っていた。これはまずい。Tシャツも着てみると、以前よりきつくなっているような感覚がある。何よりお腹が少し膨らんでいた。まだタンスにしまいきれてない夏服のうち、半分はサイズが合っていない。これはとてもまずい。
 
洗面所に行き、恐る恐る鏡を見る。そこには無精髭の30代男性がいるだけだった。運動不足で太り、肌は吹き出物だらけ。瞬間、すべてがむなしくなってしまった。さんざん私を占領したイマジナリー深窓令嬢が家出していくような感覚があった。フラれた気分だ。
 
その日から深窓の令嬢に対する憧れはなくなった。自分の思い描く理想の深窓令嬢生活の結果、不健康になってしまったのだ。現実は甘くなかった。仕事の効率も落ち、メールのテキストもそっけないものに戻ってしまった。
 
けれどネイルチップは引き出しの奥に残ったままだから、もしかしたら、それこそ元カノに未練たらたらな奴がいるように、私は深窓の令嬢に戻ってきてほしいのかもしれない。そう思うと、ダイエットもがんばれる気がした。
 
 
 
 
***
 
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2022-04-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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