メディアグランプリ

名もなき人生に何が残るのか 人生の底で祖母が教えてくれたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:小川直美(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
祖母は97歳で亡くなった。
「私の葬式は暑くも寒くもない時期が良い。参列する人が気の毒だから」
そんな生前の宣言どおり、ゴールデンウィークの最終日、さわやかな快晴の日に葬儀が行われた。
最後まで自分で食事をとり、意識をなくしてから3日後に旅立った。
誰がどう見ても、立派な死。大往生だ。
 
祖母の名は、世の中に全く知られていない。
名古屋の片隅で、大正から昭和、平成を生きた。
貧しい幼少期を過ごし、戦争を経験した。戦争から帰還した夫と小さな家を構え、つつましく仕事し、3人の子を生み育てた。6人の孫に8人のひ孫にめぐまれた。
平凡で善良な、一般市民だった。
 
私の実家は祖母宅の隣にあった。共働きの両親の代わりに、幼少期は祖父母と過ごす時間が長かった。倹約家の祖母は幼い私にとっては少し物足りない存在だった。
祖父が亡くなった後20年を一人で生きた。腰が悪く、晩年は横になって過ごすことが多かったが、頭はキレッキレで記憶力は誰よりも良かった。
大学で郷里を離れてからは帰省のたびに、祖母に会う時間を作り会話を楽しんだ。
「仕事頑張ってるね。あんたの会社のことニュースで見たよ」そんな風にいつも気にかけてくれていた。
 
 
当時の私は、人生の底と言える精神状態で過ごしていた。
 
30代も後半。結婚はしていたものの、子どもはいない。できる可能性すら見えない状態になっていた。規則正しく毎月減り続ける卵子は、終わりのしれないカウントダウンで、生理のたびに言いようのない心もとなさがおそった。
子の持たないかもしれない人生。その可能性と向き合うのは、足元から崩れ落ちそうな感覚だった。
 
仕事面では、地元を離れ大企業で働いていたものの、「何者か」にはなるにはほど遠かった。
 
親の顔になっていく友人。仕事で名を上げていく友人。
SNSで彼らの近況を知るたびに、私にはカタチになるものが何もない、と思った。
 
 
そんな私に、祖母はその死を通して大切な考えを二つ授けてくれた。
 
祖母が危篤になったと母から電話があったが、すぐには駆け付けられず、結果として旅立つまで帰省できなかった。
それでも、危篤であることと、亡くなってしまったことは、決定的に違った。
 
話せない。反応がない。何もできない。
でも、そこにいる、存在するという事実がどれだけ人に力を与えるか、見せつけられた。
 
何ができるとか、できないとか。
”いる”ことの圧倒的な力強さの前では、些細なことだった。
思えば、今していることの全ては、生まれてからできるようになったことばかりだ。
人と比べて勝手に自信を無くし、いじけていた私に、そうじゃないでしょう! と別の視点を授けてくれた。
 
 
祖母のお葬式は、親族だけで小さく小さく行われた。
久しぶりに顔を合わせたおじ・おば、いとこ、そしてその子どもたち。
 
いとこの中で私にだけ子どもがいない。夫も同席していない。
私は、ぼんやりと重い心で眺めていた。
 
いとこのえりちゃん、話し方がおばちゃんにそっくりだな。
おばちゃんが言っていることは、おばあちゃんの口ぐせそのままだ。
ひ孫ちゃんたちは、おばあちゃんの教えを、親から言われたことと思って、受け止めるだろう。
そうやって、おばあちゃんの顔も名前も知らない孫たちにつながっていくんだなぁ。
 
ん?
あれ?
そういうことか! と突然腑に落ちた。
 
きっと私の何かも、名前も知らない祖先の誰かにそっくりなのだろう。
私の口ぐせにも祖母の影響があるだろう。
祖母に教わったことや影響を受けた考え方は、祖母のもののようで、実は私が名前も顔も知らない人たちと祖母が出会い受け取ったものかもしれない。
ああ、そうか。
これは血がつながった家族だけでなく、きっとあらゆる人との間に無自覚に起こっていることなんだ。
 
一人の人が生きた証は、血縁としてのつながりや、名前や偉業だけが残るわけじゃない。
 
人は、生きている間に関わったすべての人の中にうすく溶けていくんだ。
おたがいに影響しあいながら、人を介してうすくうすく溶けて、名前や顔を知らない人たちの中にも、見えない遠くまでひろがっていく。
うすーく、見えないほどひろがって、だから、決してなくならない。
 
朝陽が射したみたいに、重たい心が消えていった。
たくさんの人の一生が重なって、朝もやみたいに世界を覆っているイメージが浮かんだ。美しい景色だと思った。
涙がこぼれて止まらなくなったので、そのままにした。
 
目の前では相変わらず、おじやおば、いとこたちが話している。
でも全く違う光景に見えた。
 
 
一人の人がいる、ということの圧倒的な力。
その人の影響は、世界にうすく溶けて、決してなくならないこと。
 
この二つを祖母は私に授けて、静かに溶けていった。
 
この世界のそこかしこに祖母がいる。名前も知らない私の愛しい人たちが溶けている。
そう思えた時、世界は、頼もしく親しみのあるものに変わっていた。
 
 
あれから6年たった。
私は相変わらず何者でもない。
離婚をして、子を持たないかもしれない可能性は一層濃くなっている。
 
でも、大丈夫。
私の生きた証は、残る。残したくなくても残ってしまう。
それなら、善きものや美しいものを残したい。
うすく溶けていくなら、なおさら。
 
そう思って、日々を過ごしている。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



関連記事