クリスマスの夜に
記事:重冨弘太郎さま(ライティング・ゼミ)
「酔っ払っちゃった……私が酔った時、なんでいつもあなたが側にいるんだろう……」
大学2年のある夏の夜、甘い罠が仕掛けられた。
酔い醒ましのために席を外した私とその女性。誘ったわけでもないし、飲みながら彼女と親しく話していたわけでもない。飲みの場の端と端で同じ空間をシェアしていただけの彼女から、こんな大胆なアプローチがあろうとは考えもしていなかった。
「どう対応しよう。これは誘われてるよな?」
私の顔は、にやけるどころか、こわばってしまった。
それまで、女性からのアプローチを経験したことがないわけではない。私は自分からアプローチをしたことがなくても、何人か付き合った人がいる。当時流行っていた草食系男子というやつで、私をよく知る人たちからは内に肉を潜めたロールキャベツ系男子だと言われていた。
そんな私でも、この不意を突く大胆なアプローチには身構えてしまったのだ。
思い返してみると、以前彼女を含めた8人ほどの友人とクラブに行った時もクラブの中では別々に楽しんでいたのに、帰り際にわざわざ私のところに「今日はごめんね。ありがと」そんなことを言いに追いかけてきたことがあった。
その時は単純に申し訳ないという思いから来てくれたと思っていた。だが、去りゆく彼女の真っ白なスケスケのワンピースには、Tのシルエットが浮かんでいたのを覚えている。その当時から、一夜を共にするターゲットとしてロックオンされていたのかもしれない。
私にはそんな彼女が艶っぽく見えることもなく、彼女の誘いに気づかなかったふりをした。
これは、私が初めてフランス人女性に誘われた時の話である。
このことは私にフランス人女性に対する警戒心を芽生えさせることとなり、この後、フランスへの留学が決まっていた私は、今後への恐怖と楽しみを「フランス人女性」というポイントに対しても徐々に抱くようになっていった。
いざフランスへ行くと、フランス人には何度もびっくりさせられた。
学生寮や銀行の手続きでは何度も怒られた。お客様第一など日本だけだと思い知り、時には悪者扱いされ、日本との違いを思い知らされる。
フランス人女性からの誘いも、期待を裏切らなかった。
「トイレに行こう」
友人宅でのホームパーティ。学生の家のトイレなんて、1つの小さな個室でしかない。大人1人が用をたすのに必要な最低限のスペースに、男女が一緒に入るなんて思いもしない場所。
みんなが遊んでいる部屋から離れたところにあるわけでもなく、男女2人でトイレに向かおうものなら他の誰かがツッコミをいれるだろうに、みんな知らん顔で当たり前なこととして行われていた。
彼らにとって、性は非常にオープンなものなのだ。誰も隠したりしないし、誰もそれを揶揄したり、それを嫌がらない。
「性において他人を馬鹿にしない」非常に良い文化であり、だからLGBTの人も隠すことなく溶け込んでいられるんだろう。私は、素晴らしいことだと思った。その一方で、ついていけてない私がいた。
しかし、こんな誘いは序の口だった。
その年のクリスマス、周りの日本人の友達は、フランス人の実家に招待されているようだった。私も、ある子から招待があった。「クリスマスに女の子の実家に誘われるってことは、そういうことだよ」そんな話を聞いたせいで、私は返事に悩んでしまっていた。「絶対行ったほうがいいよ! 2度と経験できないことかもしれないし、いい思い出になるから。もし何かあった時は断ればいい」そんな友人の後押しを受け、思わせぶりなことにならなければいいなと思いつつ行くことにした。
そんなクリスマスの数日前。その彼女から驚きのメッセージを受け取った。
「まじか……だからやめておいた方がいいと思ってたんだよ」
私に行くことを勧めた友人に、そんな嘆きを浴びせたくなる程後悔した。
彼女からのメッセージはこうだ。
「もうすぐだね。電車のチケットは買えた? 1つ相談があるんだけど、実家にはひとつしかベッドがなくて、私と同じベッドで寝ることになるんだけど大丈夫かな?」
こんなことがあるものか。もう電車のチケットも買った。彼女の家族も歓迎してくれている今、逃げることなどできなかった。その後、私は2日ほど返信もできずにいた。
結局、正直に一緒のベッドには寝れないことを伝え、私はソファーでも床でも寝れるから
とお邪魔させてもらうことになった。
そして当日。
人里離れた山の上に私はいた。
見渡す限りの山。そんな山の上で遠くのアルプスを眺めながら迎えたクリスマスは、ゆうまでもなく特別で、気苦労なんて忘れられた。
家族と遊び、犬と散歩し、美味しいご飯を頂く。
それは、一生の思い出といえるものだった。
その夜、もちろん私用のベッドが用意されていたことは言うまでもない。
***
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