メディアグランプリ

本当に大切なのはタイミングという偶然を装った運命


記事:フルカワカイさま(ライティング・ゼミ)

あなたは、空からお金が降ってきた、という経験をしたことがあるだろうか?
——私は、ある。

その日は小雨が降っていて、月曜の朝にしては静かな時間が流れていた。
当時、六本木の会社に勤めていた私は日比谷線のギュウギュウ詰めの通勤ラッシュからようやく解放され、車内の汗の匂いの記憶をなるべく早く消し去ろうと早足で地上出口から六本木4丁目付近にある自分の勤務先を目指した。

夜の余韻をまだ残している六本木の朝は割と好きで、お酒を飲んでハイテンションになっている外国人とまるでピッチャー交代のようにすれ違い、スーツに身を包んだ私が、彼を背にして六本木のまちに吸い込まれていく様がなんとなく自分のなかで気に入っていた。エネルギーを使い切ったら、また次のエネルギーにバトンタッチ。昼夜問わず、経済を生み出すまち・六本木は、当時20代の私にはたくさんの可能性に満ち溢れた場所に感じて、道を歩いているだけでも大人の女性になったような気がしていた。

その日もいつもと変わらず、勤務先まで歩いていこうとした時だ。ふと、本当に何気なく、信号もないその歩道で立ち止まった。なぜ、どうして、そうしたのかはわからない。時間もないはずなのになぜか急に、雨の降る様子を見上げてみたくなったのだ。

灰色の空に降る、雨。
それはまるで当時はまっていた”これ以上の味はない”という意味のカクテル「XYZ」のようで、この世の終わりとも呼ばれるグレーの色が今日の六本木の雨空とリンクして、その風景に突如、浸りたくなったのだ。

私は、傘を下ろし、目をつぶってゆっくりと空を見上げる。この時点でも顔やスーツには十分な雨粒が降り注いでいた。よし、こうなったら目も口も開けてやろう、この天気を一気に吸い込んで、職場で一気に吐き出してやろう。
そんなことを考えながら私は心の中でカウントを始め、ぎゅっと力強く口と目を瞑り、自分一人の闇を作った。

サン、ニー、イチ、ゼロ———

そうして数を数えて目を開いた次の瞬間、私の目と口に飛び込んできたのは、想像していた雨粒ではなく、なんと、お札。しかも、一万円札だった。

濡れて顔に張り付いた福沢諭吉たち。そして狭くなった視界の隙間からまたさらに福澤諭吉が舞い降りてくるのが見えた。現実なのか夢なのか。私は目を瞑った瞬間、何か自分の身に起きてしまったのではないかと目の前にある出来事を受け入れず、全身をペタペタと触って自分の無事を確かめた。

「何これ? 一体どこから……?」

ピラピラと雨で道路にへばりついた一万円札を見つめ、しばし呆然とした後、私はハッとして、頭上にある高層ビルを見つめた。
しかしすでに遅かったのか、ビルの上には人影がなく、ビル群とその隙間に灰色の空が広がっているだけだった。

地面には七、八枚ほど一万円札が地面にくっついて揺れていた。割と長い時間そこに立っていたはずだが、なぜかその時は全く人気がなく、誰も通りかかることもなかったので迷った末に私はお札を一枚一枚丁寧に拾い上げ、その場を去った。いろいろ迷ったが、偽札の可能性もあるので、結果、昼休みに交番へ行き、遺失物届けを提出して事なきを得たのである。

しかしなぜ、犯人はお札を撒いたのだろう。あの時刻、あの通りには私しかいなかったから、確実に私に向けてお札をばらまいている。なぜ、私だったのだろうか。朝早い時刻に若い女性がスーツ姿で傘をさして歩いているかと思いきや、突然立ち止まり、目をつぶって顔を上げたことを滑稽と感じたのだろうか。それともそんな私の姿を見て手を差し伸べてやろうと、芥川龍之介の蜘蛛の糸よろしく、お札を投げたのだろうか。
警察に届けて事件は終息したものの、しばらく私の頭はその事件でいっぱいだった。「XYZ事件」と自分で名付け、何度もその道を通過しては周りを見渡し、怪しい人がいないか見渡した。

そうして金曜の夜、仕事を終えてその道を通った時にふと、ビルの上に登ってみようという気になった。そうだ、何故考えつかなかったのだろう。現場はお札をばら撒かれた場所とばら撒いた場所と二つあるじゃないか。

ここまできたら完全に好奇心に従うしかない。怖いものしらずでしつこい性格の私は12階建てのビルに登り、さらに階段を登って屋上出口に出た。

「わぁ……」

そこには、六本木のネオン街が広がっていた。赤や緑や黄色のネオンサインに集う世界各国の外国人、腕を絡めるカップル、上司と肩を組み歌いながら街を闊歩するサラリーマン、高めのヒールを履き、満開の笑顔で会話をしているOL。道路には黒塗りの車がひしめき、ヘッドランプが点滅はさらに街の賑わいを際立たせている。

「ああ、これがXYZ……」

これ以上ない世界。
人が人のために作ったまちで、。国も年齢も性別も新きも古きも関係なく、感情が揺さぶられるものが正のまち、六本木。決して綺麗なまちではないがそれでも時代を作り、カルチャーを発信していくパワーが満ち溢れているまち。そして自分もそんなまちの一員となって生きている。私はそんなまちを見下ろしながら、自分の息づかいを確かに感じていた。そしてそれはまさに世界の終わりのようで始まりだと感じていた。

犯人の意図は結局わからず仕舞いだった。もしかするとお金に疲れて投げ出してしまったのかもしれない。どんなことでお金を巻いたのかは分からなかったが、おそらく、犯人が想像していた以上に、私の心を揺さぶったのである。
この日から私はビルの屋上に登るのが好きになった。それも中層階。人の表情が見える高さで人間模様を見つめるのがとてつもなく、愛おしいのだ。

人生はタイミングの連続である。多くの出会いが偶然であり必然だ。その偶然をいかに咀嚼し、精一杯、重なる時間を楽しむかによって人生の豊かさが変わってくると思う。

経済の循環するまち、六本木。サイクルはお金だけじゃなく、人の感情も回しているのだろう。
そしてそのまちでどうか「XYZ」のカクテルを頼んでいる人がいることを私はいまだに願うのであった。
 

***
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2016-07-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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