犬を飼ったことがないという、コンプレックス
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記事:小西 裕美(ライティング・ゼミNEO)
もう30年近く前のことなのに、私はいまでも忘れられない。
目の青いグレーの大型犬に、追いかけ回されたことを。
公園で遊んでいたら、突然ドーベルマンみたいな強面の犬がやってきた。
あいつは絶対にやばいと察知し、目を離さずにじっと見張っていると、飼い主がまさかのリードを外しはじめる。
その瞬間、私の頭には「にげろ」の3文字がよぎった。
自由になったグレーの犬は猛スピードで走りはじめ、なぜか私の方にやってくる。
すべり台の上まで行ったら安心だ! と思ったものの、やばい。
絶対に追いつかれる。
このままじゃ食べられる……。
あと5mくらいの近さになったときに、私の防衛本能が開花する。
とっさに自分の横にあった三輪車を、背負い投げのごとく犬の方へ投げ飛ばした。
お願いだから、こっちに来ないでーーー!!! という気持ちを込めて。
すると、その三輪車の持ち主である知らない女の子が、おもいっきり泣いた。
もちろん、泣かせたのは私だ。
その女の子は、申し訳ないことに私よりも年下にみえた。
自分を守るために、女の子の大切なものを犬に投げつけるなんて、私はなんてわるい子なんだろう、卑怯なんだろうと、こどもながらに自分がいやになった。
このトラウマ体験から、私はずっと犬が苦手だ。
でも、あることをきっかけに犬の見方が変わっていく。
小学生のときに、母が買い物から帰ってくると、小さなおじいちゃんみたいな犬も一緒に帰ってきた。
どうやら、母のことを飼い主だと勘違いしているらしく、スーパーからずっと後ろをついてきて、どれだけ自動車をはやくこいで引き離そうとしても、必死についてくるとのこと。
母が家の中に入ってしまったあとも、ちょこんと行儀よく門の前に座っている。
ちょっと高そうな黄色の首輪がついていたから、飼い犬だ。
スーパーは近所だし、そのうち本当の飼い主を見つけて、帰っていくだろうと思っていたら、そのまま3日間もずっと門の前に居座った。
しょうがないので、ミルクをあげたりしていたのだが、母が出かける度に後ろを一生懸命ついていく姿や、ずっと門の前で健気に母を待つ姿は、心を打たれるものがあった。
結局、またスーパーに行ったときに、飼い主と出会えたのか、レジでお会計が済むといなくなっていた。
「お母さん、私も犬飼いたい」
まだちょっとこわさもあったが、それよりも可愛さが上回ってしまい、母におねだりした。
「うーん、うちは犬の代わりに弟おるからなあ」
母の冗談でしかないけれど、当時の私は確かに弟がいるからなあ、と納得した。
その後、弟には「コロ」というニックネームがつけられた。
弟犬「コロ」は普段とても従順で、もしケンカになったとしても、自分が勝つことがわかっているから、私は犬に対する恐怖心を克服することなく、大人になってしまった。
あるとき、夫の実家に黒いラブラドール「ボレス」がやってきた。
どうして、君たちは出会ったばかりの人間でも、そんなに熱烈な歓迎できるんだ……!
可愛いから触りたいけど、テンションが高すぎてやっぱりちょっとこわい。
今まで犬と触れ合ってこなかったから、可愛がり方がわからない。
どこをどうやって触ったらいいの?
おそるおそる手を伸ばして、ささっと胴体を触ってみる。
完全に素人の手つきだ。
夫は前にも犬を飼っていたらしく、手慣れている。
なんかずっと会話しているし、お互いに楽しそう。
こうゆう姿をみると、犬を飼ったことがないというコンプレックスを感じる。
出産経験のある女性が、こどもをあやすのが上手なのと同じで、やっぱり犬を飼ったことがある人は犬と仲良くなるのが上手い。
そして、こどもも犬も時間が経つと家族に戻っていく。
ずっと抱っこしていると「ママ〜!」と泣きはじめてしまったり、犬がずっと飼い主の方を目線で追いかけていたりするのと同じで、やっぱり家族が1番だ。
そういう姿をみる度に、母と子の絆と同じぐらい、飼い主と愛犬の絆も強いなあ、と思う。
だからこそうらやましいし、ちょっとだけ疎外感を感じるときもある。
「ちょっとさ、ボレスについて謎なことがあって」
と、夫が突然言い出した。
「こないだ、お義姉さんがボレスの散歩してて偶然会ったんやけど、家で会うときよりもめちゃくちゃボレスのテンション高かってん」
「ふーん、サプライズで嬉しかったんちゃう?」
「やっぱりそうなんかな。この間さ、駅前のスーパーで買い物してたら、ひろみと偶然会ったやん? そのときのひろみの反応とボレスの反応がかぶるねんな。やっぱり嬉しかった?(笑)」
いやいやいや、結婚5年目で私そんなにしっぽ振ってた? という驚きはさておき、愛犬と妻を一緒に並べるのはどうなんだろうか。
ちょっと嬉しいような、ちょっとバカにされているような。
ボレスは、エサを目の前にして「待て」と言われると、視線はエサへ一点集中で、ものすごい量のよだれをダラダラと流す。
飼い主が目の前にいると我慢できるけど、どこかに行ってしまうとすぐに食べてしまう。
そして、飼い主が戻ってくると、悪気はあるのか目を合わせてくれない(笑)
このボレスに似ているということは、やっぱりちょっとバカにされているのかな?
たまに、夫とボレスと私の3人で散歩にいくときがある。
ボレスは10mぐらい進む度に振り向いて、私の方をチラッと確認する。
夫が言うには、普段は振り向かないらしく、私がいるときだけらしい。
ボレスの中で私の序列は子分であり、ちゃんと従ってついて来ているかを確認しているのかな? なんて思ったりもするけれど、飼い主と愛犬の絆をうらやむ私のことを、かなりの頻度で気にしてくれるのは、正直とても嬉しい。
たまにいじわるで、物陰に隠れて困らせてごめんね(笑)
振り向く顔が可愛くて、まあボレスに似ててもいいか! と思っちゃうよね。
***
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