メディアグランプリ

美人タクシードライバーの憂鬱


 

記事:まるバ  (ライティング・ゼミ)

 

 

「おっ、女性のドライバーさんだ。珍しいねー」

そりゃそうよ、全国でも女性ドライバーは2%しかいないんだから。

 

未久(みく)は大学を卒業してすぐ、タクシードライバーという仕事を選んだ。

モデルの仕事だけでは食べていけないとい経済上の理由もあったが、何より運転が大好きだった。

 

地方から東京の大学に出てきたが、学生生活はまったく面白くなかった。

昔から、自分は周りとは違うという変なプライドはあった。

東京の大学に行けばもっともっと個性的な人たちに会える。そう期待して上京したものの、日本の縮図がキャンパスに表れていたというべきか、平凡に映ってしまう人たちが大半だった。お揃いのファッション、お揃いの携帯を持って、定番のスポットへ行く……そんなのが耐えられなかった。

失望した未久は、講義へも足が遠のきがちになり、補修を受けてギリギリ必要単位をキープしている状態。

部活にも入らず、年頃の女子大生とは思えないような変化のないフツーの日々が続いた。

 

そんな未久も3年になり、そろそろ就活しようと思っていたころ、表参道でモデルのスカウトを受けた。

「来た来たー!」これこそ未久が待ち望んでいた新しい世界への扉だった。

とんとん拍子にオーディションにも合格して、最初の仕事は、ファッション雑誌だった。端っこのページの、その他大勢の一人だったが、とっても嬉しかった。嬉しすぎて、もらったギャラを握りしめたまま、上牛タン定食をひとりほおばった。

その後も、モデルの仕事を何本かもらいながら、テレビの再現ドラマなんかに登場する無名キャストに呼ばれることもあった。

「もう就活しなくても、モデル一本で食べていけるかも?」

そんな想像をするようにもなっていた。

 

しかし、現実はそんなに甘くはない。表紙にドーンと名前がクレジットされるレベルにならない限り、モデルとしてはぜんぜん稼ぎが足りなかった。

さらに、モデルやテレビの仕事はスケジュールが不規則で、突発的に仕事が入ったり、またキャンセルになることもある。つなぎのバイトを掛け持ちしようにも、こうスクランブルが続いては、探しようがない。

 

とはいえ、もう4年の秋だ。就活のシーズンは終わっている。焦っていた未久の目に入ったのが、タクシードライバーの募集案内である。タクシー乗務員という職業は労務管理がメーターでしっかり把握されているし、休みも融通がききやすい。

未久の地元はクルマがないと生活が立ち行かないような田舎。当然、帰省の際はクルマを乗り回していたので、運転は大好きだった。

駆け込みで応募して、難なく採用を勝ち取った未久は、タクシードライバーとモデルの掛け持ちデビューを果たすことになった。

 

いざタクシーの乗務を始めてみた未久だが、意外な盲点があった。運転自体は慣れていたものの、東京の地理にはまだ疎かったため、知らない地名を言われるのがとても怖くなってしまったのだ。「すいません、ナビ使わせてもらいますね」と断りながらナビを頼りに運転するが、特に急いでいる客にとっては、期待よりもはるかに時間がかかっているように感じてしまう。

ある時は、ドライバーが女性とわかると、「あ……、やっぱやめとくわ」と走り出す前に降りてしまう客もいた。地理関係でよっぽどひどい目にあったのだろうか、本当に失礼なやつである。

そんな時期を通り越して、はや2年目となる頃には、すっかり堂々とした仕事っぷりへと成長していた。裏道も覚えたし、運転中の客との会話も好調で、何人か固定客みたいな人もでき始めていた。

 

一方、モデルの仕事は相変わらず、脇役ばかりが続いていた。テレビの仕事もCSやネットTVばかり。地上波ゴールデンタイムなんて夢のまた夢だった。

「こんなに頑張ってるのに……」

世界が自分のことなんてまったく見てないような疎外感を感じていた。

「もっと私を見て!」

なかなか変わらない状況に腐りかけた未久は、マネージャーにもつらく当たってしまう。

「もうちょっとマシな仕事とってきてよ! アンタのせいよ!」

 

 

腐る思いを晴らすように、ますますタクシー常務に打ち込んでいた。

運転しているときだけは、塞ぐ気持ちからは自由になれる気がしたからだ。

 

ある日のこと、総合病院まで乗せたおばあちゃんと、なんとなく車中の会話が弾んだ末、プライベートな事柄まで聞くことになった。

そのおばあちゃん、大きな家にひとりで住んでいるが、身の回りのことが少し不自由して困っているらしい。

「区のヘルパーさんも週に1回来てくれるけど、なかなか込み入ったことは頼みづらくてね……」

目的地の総合病院に着くと、突如おばあちゃんからヘンな契約の申し出があった。

仕事のない休みの日だけでいいから、時々おばあちゃんの家に来て、身の回りの世話や話し相手をしてくれないかというのだ。

マネージャーとケンカしたせいか、モデルの仕事も最近パッタリなので、実は休日は暇を持て余していた未久だった。

 

興味本位もあって承諾した未久は、さっそく次の休日におばあちゃんの家まで足を運んだ。

頼まれる世話といえば、高いところにある電球を取り替えたり、タブレットの設定を手伝ってあげたり、意外と地味で面倒くさかった。

 

ちなみに、モデルや芸能関係の仕事をやってることは隠してた。

自分で名乗るのは不本意すぎる。そんな変なプライドがあった。

こういうのは、

「もしかして、○○に出てる人? 見たことある!」

そう言われてこそ本望じゃないか。

 

 

「おばーちゃん、来たよー」

身の回りの世話を始めて5回目くらいのこと、いつものように未久が訪ねていくと、おばあちゃんがテレビのアイドルを見て、騒いでた。

 

「おばあちゃん、あの娘たちは、エーケービーっていうのよ」

「ん?  えーけーにー?」

 

「あ、今度は、私立恵比寿中学校」

「あら! 中学生が働かされてかわいそう。どこにあんの! そのひどい学校は?」

「(実在の学校じゃないから……)」

 

「きれいな洋服着てかわいかねー。最近はテレビで毎日見とるんよ」

少女みたいな笑顔で言った。

 

「ねえ、おばあちゃん。わたしがあんなアイドルになったらどうする?」

「そりゃすごくうれしかよー。全国どこでもコンサート追っかけたるわ」

 

その夜、未久はシカトしてたマネージャーに電話した。

「とにかくたくさんオーディションもってきて! なんでもいいから!」

 

モデルは目立ってなんぼの世界。ワタシを見て! ワタシを撮って!

わたし中心に世界を回さないと生き延びることができない。

 

でも、誰かのためにがんばるってのも、案外悪くない。

 

 

***

 

「えーと、私の話聞いてます?」

 

「は? はい(汗)。い、いいお話でしたねー」

私はいま、美人タクシードライバーとして話題の女性を取材しに来ている。

インタビューの最中に受け取った情報から断片的にストーリーを紡ぎ合わせて、勝手に妄想を広げていたみたいだ。

いかん、いかん。

 

「つ、つぎは写真撮影に移りましょう!」

タクシーを車両をバックに、ポーズをとってくれる。

 

「じゃー、撮りまーす」

そのときファインダー越しに見えた彼女は、私の妄想を見透かしているかのように、ニヤリと笑った。

 

 

***
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2016-07-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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