なんでもボケる大阪人
東京駅には、8時半に到着した。始業時間の9時まであと30分あるので、乗り換えの時間を考えても神田の事務所には十分間に合いそうだ。
初夏の東京、気温は急上昇しており、列車から降りた途端、額から汗が吹き出し始めた。
2カ月振りの東京出張。9時の朝礼後、すぐに会議が始まる。そのため、新大阪始発の新幹線に乗らないと間に合わないので、今朝は、4時半起きになってしまった。眠い、新幹線の中で、眠ろうとしたが、目がさえて眠れなかった。
神田駅前のコンビニでコーヒーを買い、事務所に入ると営業所の洋子ちゃんが「田中さん、おはようございます! 今日は、会議ですか?」と声をかけてきた。
「最近調子はどう!」と答えると「バリバリです。」と返って来る。無茶苦茶、乗りの良い子だ。
そのまま、私は、会議室に入り、午前中3時間、みっちり、営業部長にしぼられた。
お昼になり、ようやくお小言からも解放され、ご飯を食べに出掛けようと玄関を出たところで、洋子ちゃんと同じ課の新入社員に出くわした。せっかくなので、一緒にランチをすることになり、近くの喫茶店になだれ込んだ。800円の日替わりランチを3人分頼むといきなり、洋子ちゃんが話し始めた。
「田中さん、大阪生まれ、大阪育ちですよね。」
「そやけど、それがどうしたん!」と答えると、急に椅子に浅く座りなおしてこう言った。
「田中さん、大阪の男の人って、何かやったら、ボケてくれるのですか?」
私は、何を言いだすのかビックリしていると続けてこう言った。
「例えば、紙を丸めて棒のようにして、刀のように、えいって切る真似をしたら……」
「切る真似をしたら、何なん!」
「やられたって、反応してくれるのですよね!」
「誰が、そんなことするねん! 漫才と違うんやで!」
僕は、呆れて言い返した。
「だって、TVでそう言っていたんだもの! 私の友達もそんなこと言ってましたよ。」
そんなことを吹き込んだ洋子ちゃんの友達にも呆れてしまった。
でも、あんまり、真剣な顔をしているので、少し、からかってやりたくなった。
「洋子ちゃん! じゃぁ、試してみたら良いんじゃない? 隣の課の山本さんも大阪生まれ、大坂育ちだよ。山本さんに、えぃってやってみたら?」すると、隣にいた新入社員も「山本さん、ノリがよいみたいですよ!」と煽ってきた。
ランチを終えて、事務所に戻ると僕は、また、会議室に戻った。
結局、会議は、だらだらと続き、終わった時は、5時を回っていた。疲れきった顔で、戻ってくると洋子ちゃんがニコニコしている。
「何か、良いことあったん?」
と聞くと、洋子ちゃんは、上目遣いにこう言った。
「ランチから帰って来て、先輩が会議室に入った後、山本さんに、えいってやってみたんですよ!」
正直、ビックリした。まさか、本当に実行するなんて。
「そしたら、山本さん、やられた~って机に突っ伏したんです。 あの話は、やっぱり、本当なんですね!」
まさか、山本さんがボケてくれるとは、信じられなかった。優しい人なので、やってしまっても、冗談で許してくれるとは思っていたが、まさかそんな行動にでるとは。
それに味をしめたのか、洋子ちゃんは、人事データにアクセスして、部で大阪出身者の男性を探している。
さすがに、女性は対象から外しているようだ。女性の勘なのだろうか。
対象者が2人、見つかった。部長と鈴木主任が大阪出身だった。
「洋子ちゃん、山本さんはボケてくれたけど、大阪人が皆、同じようにボケてくれるとは限らんからね! その2人には、試さんほうが良いと思うよ! いや、試したらあかんよ!」とにかく、洋子ちゃんには、強く言って、東京の事務所を後にした。
翌日の昼過ぎ、大阪の事務所に鈴木主任から電話が掛かってきた。僕は、背筋がすうっと寒くなった。
「おまえなぁ、洋子さんに変なこと吹き込むなよな!」
いやな予感が当たった。
「今朝、会社に来て、メールチェックしてたら、紙を丸めて棒のようにして、えい、ってやられたんだよ!」
「それで、田中さんは、どうされたんですか?」
「うれしそうな顔してたから、とりあえず、やられたって言っておいた。」
鈴木さんは、呆れたような声で答えた。
「どうしたのって、洋子さんに聞いたら、お前から試してみたらって言われたって。いい加減にしておけよ!」
そう言って、鈴木主任の電話は切れた。
何となく、胸騒ぎがどんどん拡がっていった。
1時間くらい経って、また、東京の事務所から電話が掛かってきた。
受話器を取るとまた、鈴木主任の声。
「田中! お前、何やってるんだ。部長がかんかんになって怒ってるぞ。折り返し、すぐに、部長に電話をしろ!」
田中さんの声は、荒々しかった。
「まさか、洋子ちゃん! 部長にまで!」
血の気が抜けていくのが解った。
とにかく、すぐにあやまらないとヤバイと思い、部長に電話をした。
「部長! 申し訳ありません。まさか部長にまで、そんなことをするなんて思ってもみなかったのです。私は、決してけしかけたりはしておりません。」
電話の前で、何度も低頭していた。
すると、部長はこう言った。
「山本、お前、何言ってるんだ。頭がおかしくなったのと違うか! 俺が怒っているのは、昨日、お前の出した計画書が、あまりにもひどかったからだ。 何だ、あの計画書は、夢物語みたいな計画だしてきて、いいかげんにしろ。ばかもん! 今日中に作り直して、定時までに俺に提出しろ!」
その声を聞いて、さっきとは別の意味で血の気が引いてきた。
時計を見たら、4時をまわっていた。
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