キスの3枚おろしがつなぐもの
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:林 菜緒(ライティング・ゼミ2月コース)
「今、家におる? 魚、少しあるけど」
5月最初の土曜日に父から電話がかかってきた。父は子どもの頃から釣りが好きで、大人になってからは船釣りを趣味としていた。私から見ると、魚釣りというのは制限時間内にどれだけ釣れるかを競うものであり、たくさん釣れたからといって途中で止める人はほぼいないのではないだろうか。父もまさにその通りで、自分では食べきれない量の魚を釣ってくる。困った挙句に、家が近くて家族の多い私の所に魚を持ってくるというわけだ。
今シーズン初の魚コールで届いた魚はキスだった。キスは手強い。本格シーズンは6〜8月のはずだから、5月だとまだ15cmほどの小さいサイズが多い。しかも、釣り竿1本に対して針を5~7本つけるのが主流で、一投で何匹も釣れる。だから「キスがたくさん釣れた」というのは「100匹以上釣れた」ということらしい。父は「少し」と言ったけれど、40匹はいた。
父はウロコと腹わたは処理してきてくれるので、私の役目は3枚おろしにして料理することだ。キスといえばお刺身や天ぷらが一般的な食べ方だと思うが、私はフライが好きだ。天ぷらはキスのふわっとした柔らかい身を楽しむことができるが、フライはそれにサクっとした香ばしい食感が加わってとても美味しい。ただ単に私が天ぷらを上手に作れないということを差し引いてもフライをおすすめしたい。
まずは3枚におろすことから始める。10cmくらいの小さなサイズであればそのまま揚げてもよいかもしれないが、わが家ではそうはいかない。子どもたちは骨があると口に当たるのが嫌で食べなくなってしまう。どんなに小さくても3枚におろし、腹骨やヒレも丁寧にとる。今シーズン初の大量の3枚おろしだったので1時間くらいかかってしまった。
次にキッチンペーパーで余分な水気をとって塩コショウをする。味塩こしょうを使うと1回ですむので便利だ。小麦粉を水に溶いたものにくぐらせてからパン粉をつける。本当は小麦粉をはたいて、バッター液にくぐらせてパン粉をつけるが、簡略化しても問題なし! パン粉はしっかりついている。パン粉は好みによるけれど、軽い食感になるので細目がおすすめだ。あとは食べる直前にきつね色になるまで揚げればでき上がり。
家族には揚がったものから食べてもらう。丁寧な下処理のおかげで売れ行きは好調だ。子どもたちが美味しそうに食べているところを写真に撮って父に送ってあげようと思ったのに、料理を終えた時にキスフライは残っていなかった。
父の魚は料理に手間がかかるけど、数時間前まで海で泳いでいただけあり新鮮だ。下処理中はついブツブツ文句を言ってしまうが、美味しく食べれば帳消しになる。こんな風に思えるまでには時間がかかった。だって、父は平日の夕方にいきなり「魚あるけど、キッチン使える?」といきなりやってくるのだ。仕事から帰ってきて、猛ダッシュでご飯の準備をしている時にである。父はとても難しい人だ。自分の思い通りにいかないと「もう、ええ」と言って殻に閉じこもる。天岩戸に隠れた天照大神様のように何をやっても出てこない。だから父にはどんなことでも「YES」というしかない。
ちなみに母はずいぶん前にギブアップし、父には触れないようになった。それも仕方がない。母に落ち度はないのだから。妹は「お刺身だけもらう」とか「今日はいらない」と自分の都合を優先している。そういうわけで、まともに父とつながっているのは私だけになってしまった。
こんな父も”おじいちゃん”になって少し変わった。他人から見ればぎこちないかもしれないけど、父なりに孫たちをすごくかわいがっている。娘や息子の誕生日の前には、プレゼントは何がよいのか事前に相談がある。そんな話をしてくれること自体おどろきだけど、相談したものをお店まで買いに行ってくれるのだ。ふつうのおじいちゃんならごく普通のことかもしれないけれど、父は何度も天岩戸に隠れた天照大神様なのだ。
私たち家族はバラバラになってもおかしくない絶妙なバランスでつながっている。若い頃はもっと仲の良い家族だったらよかったのにと思っていたけれど、今はこれもありかなと思えるようになった。父が釣ってきたキスで作るフライはもともと母のレシピだ。母が3枚におろしたキスにパン粉をつけるのが小学生の私の役目だった。そして、今では私がキスをおろし、娘にパン粉のつけ方を教えている。娘がパン粉づけをマスターする日も遠くないはずだ。
私にとってキスフライは100円ショップで買ったはがせる両面テープのような存在だ。子どもたちの写真や絵を壁に貼ってもすぐ落ちてしまう。だけど、もう一度押し付ければ何とかくっつく。キスフライはそんな風に私たち家族をゆるくくっつけている象徴なのだ。だから、父が100匹のキスを釣ってきても、私はきっと3枚おろしを続ける。そうやって私なりに家族の絆を守っている。
私にとっては特別だけど毎年食べることができるキスフライ。キスは足が早く、一般のスーパーに流通することが少ないので、誰でも簡単に手に入れることが難しいかもしれない。海の近くに行った時に、もしキスフライを出しているお店があったらぜひ食べてみてほしい。私の思い入れとは関係なく、ただ単純に美味しいのでおすすめしたい。
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