メディアグランプリ

私の愛したひとりの教祖


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記事:白井コダルマ(ライティングゼミ)

私は、生まれたときからクリスチャンである。
キリスト教の、カトリック信者。
ローマに本拠地のあるアレである。
といっても、家がカトリックだったから、知らないうちに幼児洗礼を受けていたというだけで、ことさらに信仰が篤いわけではない。
生まれながらに仏教徒であるという大半の日本人と同じく、正月には初詣に行き、お彼岸とお盆にはお墓参りをし、クリスマスにはケーキを食べてプレゼント交換をする。
結婚前は日曜の朝に教会に通っていたものの、それも人の来ない屋根裏に潜んでは、ぼんやりステンドグラスを眺めて妄想にふけりながら礼拝時間をやり過ごすのが常だった。
ただ、クリスマスは大好きだ。
気がおかしくなるくらい、クリスマスソングと讃美歌とクリスマスにまつわる空気の全てが好きなのだ。
だから、堂々とクリスマスを楽しめるのがメリットといえようか。
「私、クリスチャンだから」と言えば、どれほどクリスマス前に浮かれて準備をしていても『さすが、あの人は敬虔なクリスチャンなんだな』という目で見てもらえる。
クリスマスイブには家族そろっての夕食と、教会でのクリスマスミサは欠かせないが、クリスマスパーティなんて洒落たものを一緒に行う友達もいないので、家族としか過ごせないことにも何の問題もなかった。
楽しい、ゆるーい、クリスチャンライフ。
――最高だ!

しかしやがて、よく似た境遇に育ちながら、自分の意志でそこから抜け出た人に私は出会うことになった。
彼も、気付けばクリスチャンだった幼児洗礼組であった。
同じように、クリスマスには礼拝へ行き、折りに触れて讃美歌を歌う日々。
しかし、ある時、彼は疑問に思ったのだという。
――カミサマが1人しかいないっておかしくない?
八百万の神の国、日本に暮らしていて、まあまっとうな疑問かもしれない。

もちろん私も考えたことがある。
ただ、ごく自然にスルーしただけだ。
身の回りのものすべてに宿る神様は、確かに存在すると思う。
神社の古い木だったり、緑の深い山だったり、そういうものを目の前にした時に、自然と手を合わせたくなる気持ち。そこに宿るものがあると、自然に感じることがある。
それを敬うことは、一神教の神様を信じることとは矛盾するかもしれないけれど『でも私はクリスチャンである前に日本人なんだし』とつるつると考えて、なんとなく自分を納得させていたのだ。
――そもそもキリスト教って、布教先の文化をうまく取り入れながら広まっていったものなんだしね。
(うまく取り入れなかったパターン、非寛容のパターンを見ないふりしていたとも言えるけれど)

だけど彼のほうは我慢ができなかった。
学生時代に留学先で、さまざまな宗教観に触れたことも関係した。
とにかく、流されながらのなんとなくクリスチャンはもうやめようと決心した。

そして、彼は新しい宗教を作った。

「俺教」

「なに、それ?おれきょう?」
なんだなんだと尋ねる私に、彼は笑いながら答えた。
「そう、俺教・俺神・信者、俺」
――おれきょう、おれしん、しんじゃ、おれ。
キャッチコピーのような語呂の良さ。
「俺しか信者のいない宗教で、神様も俺。平和でしょ」
「まあ、そうだね。俺教なら新しい信者も募集しないんでしょ?」
「そう。八百万のはしっこに並べられれば満足です。別に神様たちに無視されたって大丈夫だけどね」

カミサマ的なものはいるとは思うけれど、1人だけと言われるとどうも違和感のあった彼にとっては名案だったのだろう。確かに日本だけで八百万もいるのなら、ふわっと増えても、どこからもうるさいことは言われなさそうだ。
神無月に出雲で行われるという神様サミットなんかも、ちゃっかり参加したりできそうだし。

「あ、そういうのはお断りしてますんで。面倒な儀式とかはノーサンキューでやってます」
「えー! 飲み会好きなんだから、そういうとこで親睦を深めてくればいいでしょ」
「うーん、まあそうだけど、新参者だし、とりあえず今生の間は様子見で」

もったいない。

とにかく、今は夫になった彼は、普段は宗教に無頓着なようで、わりと厳格に信仰活動を続けているようだ。クリスマスにはうきうきと教会へ出かける私たちを笑顔で見送って、家で1人、のんびり待っている。それでいて初詣や神社巡りは大好きで、どこかに潜んでいるかもしれない神様たちに話しかけて楽しそうだ。

ところで、はたしてそれは羨ましいか?

――うーん。

ザ・日本人的対応で流されクリスチャンを続ける私は私で、割と今に満足しているのだ。
神社やお寺も好き。
同時に、教会で讃美歌歌うのも好きだし、教会のステンドグラスを見るのも好き。

なにより、クリスマスが好きなのが大きいかもしれない。

年が明けたらすぐに、次のクリスマスを待っている私には、クリスチャンでいることのメリットが大きすぎるのだ。

さて、私が見ていると、彼の教祖ライフは布教の必要もないこともあり、極めてのんびりしている。厳格ではあるけれど、全ては1人でやることだ。神様も信者も1人きり。いまいち見ていてピンとこない。

「なにか、経典みたいなものないの?」
「え、俺教の教え? 『寛容であれ』ってことかな」

しかし見ていると、彼の生活に登場する『掟』は、それよりもこちらの方が多いように見える。
酒と、酒の席をこよなく愛する彼の言う、

――酒の一滴は血の一滴。

飲み屋で、叫ぶようにその信条を示しているシーンを、私は結構見ている気がする。

まあいいや。

クリスマスを愛する下戸の妻としては、ひとつ屋根の下に同居する、1人の教祖(兼信者兼神様)のゆくすえを見守るばかりなのである。 

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

 

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2016-07-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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