邪魔だ! まっくろくろすけ!
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「要は見えないってことですね」
「いや、だから違うんです!」
僕は視力検査が嫌いです。
いちいち説明をしなければならないからです。
僕の視力はそこまで悪くない。
でも検査での結果はダントツ悪い。
理由は簡単、あのパックマンみたいな『C』の口がどっちを向いているかわからないのです! その訳を説明するのが面倒くさい。
説明しても『要は見えないってことですね』と言われる。違う! 見えてはいるのです! ただ、パックマンの向きが分からないのだ!
僕の右目から光が消えたのは15年前。
高校生の僕はハンドボールというスポーツにのめり込んでいました。
中学校までは甲子園球児の父から野球を叩き込まれ、それに打ち込んできましたが、高校では別のスポーツを選びました。ある種の反抗期だったのかもしれないですね。サッカーとバスケットを足して2で割ったようなスポーツと言うと関係者に怒られそうですが、そんなスポーツ。たまたま体も大きい僕はキーパーに名乗りを上げた。3年生が引退した夏の終わり、一つ上の学年にキーパーがいなかったおかげで、僕はすぐにレギュラーになりました。そして迎えた秋の大会。悪夢はここから始まりました。
順調に初戦を勝ち上がり、迎えるライバル校との一戦。
お互いヒートアップした戦いの中、ラフプレーが目立つようになる。ハンドボールのキーパーはサッカーと違い、シュートを『止める』より『外させる』ことの方が多い。ディフェンスの努力で角度のない場所からシュートを打たせ外させるのだ。しかし、シュートコースが無いと判断したプレーヤーは、稀に『外すくらいだったら、キーパーに当てよう』と考える者もいるのです。その日の彼もその一人だった。シュートコースの無い場所から無理やり飛び込んできた彼は、全力で右腕を振り切った。
その瞬間……僕の意識はブラックアウトした。
気付いたら、僕はベンチに横たわっていた。コートを見ると同級生のチームメイトが慣れないキーパーを必死でこなしていた。
ただ、目の前がよく見えないのです。
違和感の正体は、すぐにわかった。左目を瞑ると、白い世界が広がっているのだ。『黒』じゃない『白』の世界なのだ。僕は応急処置をしてくれていたコーチに聞きました。「僕の右目……開いていますか?」
瞬時に意味を理解したコーチは「見えていないのか?」と僕の質問に質問で返してきた。
そう、相手チームのプレーヤーのシュートは僕の右目に当たったのだ。正キーパーを失ったチームの戦いは無惨にも終わってしまった。
しかし、僕の戦いはここからだった。
翌日、右目が真っ白な世界から回復しない僕は両親とともに眼科へ行き宣告される。「これは眼底出血だね」
網膜が裂傷し、目の中心にある水晶体に血が流れ込んだようだ。その血が外から入り込む光を屈折させ、網膜に正確に届かず、真っ白な世界を作っているらしい。目の前の眼科医は淡々と説明を続けるが、僕は呆然と聞くしかなかった。いつの間にか治療方法の説明に移っている。治療方法は簡単、血流が悪くなる薬を飲み、水晶体の中の血のカーテンをどかすのだ。
なんじゃそら!? 血流を悪くする薬を飲む!? そんなの飲んで大丈夫なのか!? クエッションが脳内を駆け巡る僕を尻目に先生はさらっと言う……
「見えるようにはなってくるけど、全部は見えないからね」
え?
「裂傷が視界の中心まできてるから、かなり見え辛いだろうね」
え? え?
「今の医療技術だと治すのは難しいけど、まぁプロボクサーやパイロットを目指さなけりゃ問題無いよ(笑)」
え? ちょっと待って先生! その(笑)なに?
母親、横で泣いてんすけど!
眼科医では良くあることなの?
俺……目が見えなくなったの?
その日からです。僕と、この「見えない右目」との日々が始まったのは。
治療の甲斐あって冬が明ける頃には僕の右目にも光が差し始めました。視界の端から見える様になってきたのです。しかし、肝心の中心は見えないまま。治療がひと段落し、「一年に一度、経過観察をしようね」と言われた頃には真っ白な世界は無くなり、代わりに「大きな黒い影」が目の前に現れた。
診断は『視野狭窄』
映画のスクリーンが破れて光が当たらないから映像が映らない感じ。
ほとんど見た目は『まっくろくろすけ』
思いっきり視界の中心部分にかかっている。見え辛いったらない。
幸い日常生活にはなんの問題もなかった。プロボクサーとパイロットさえ目指さなけりゃいいんだ。もともと成れやしないし。
なんとかこの目に慣れてきた僕は大学生の時には車の運転免許も取れた。
ただ……視力検査が死ぬ程面倒になったのです!
ケガをしてから視力は多少落ちましたが、そこまでではないのです。
しかし……あの『C』の向きが分からないのだ! 影がかかっているから上手く見えない。影は中心から右側に多く固まっているから、右の方を見て、視界の左の方で『C』を感じ取り、元に戻す。残像で向きを半別するのだ。これが死ぬ程疲れる! 『パックマン』と『まっくろくろすけ』の戦いです!
そして、「ふぅ、あと一息……」と思っている僕に、
「見えないなら、もう良いですよ」と検査員は言ってくる。
「いやいやいや見えてるんです! 今、残像で見てるんです! 昔ケガして、それで影がかかっちゃって、それが真ん中まで……」と言い終える前に、
「要は見えないってことですね」と……
もう、ムキー!!! です。
このやりとり今まで何十回してきたことか……
本っっっ当に視力検査は大っ嫌いなのです!!
でも、この『まっくろくろすけ』
意外なところでけっこう使えるんです。
それが、ホラー映画。
ビビリな僕は怖い映画が好きなくせに、急に「お前だー!」みたいなシーンが苦手なのです。そんな不穏な空気が画面に流れたら左目を瞑り、右目の影で画面の中心部を覆うのです。そうすると、怖い空気を味わいながらオバケの顔を見ないで済むんです! これは世紀の発見です! この目にこんな使い方があったとは! これに気付いてからでしょうか、あまり『まっくろくろすけ』が気にならなくなりました。
むしろ、ビビリだけどホラー&オカルト好きの僕にはピッタリの目!
なんか特殊能力を手に入れた気分!!
物事、考えようによっては前向きになれるんだなぁ。
自分の神経の図太さに、もはや笑けてきます。
高校時代の絶望をよそに、今の僕はこの右目を楽しんでいます。
最近の医療技術なら完治も望めるらしいが、そんな気これっぽっちも無い。
もはや可愛いペット(笑)
15年経ち、この目の影は「絶望の象徴」から「鬱陶しい相棒」になりました。
そんな僕にも、今年も健康診断の季節がやってくるのです。
「いや、だから違うんですって! 見えてはいるんです! 影がかかってるだけなんですって!」
「……要は見えないってことですね」
ふぅ……やっぱり邪魔だ! まっくろくろすけ!
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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