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【子どもが生まれてからの男女考】素直に言えないキモチ


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記事:クロキエイコ(ライティング・ゼミ)

「もういいっ」
勢いよくドアを閉めて、私は1歳半の息子をベビーカーに乗せて家を出た。何かが静かにぷつっと切れた音がした。
「家出しよう……」
心の中でこっそりつぶやく。「母は強し」なんて言うけど、あんなのウソだ。私は母になったって、脆くて弱い。重い重いベビーカーをグイグイ押して、アテもなくフラフラと電車に乗った。

大好きで結婚したのに。かわいい子どもも生まれて、幸せいっぱい。そう思っていたのに。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。

当時、私は1年間の育児休暇を終え、会社員として働いていた。目が覚めると慌ただしく始まる毎日。洗濯に朝ごはんの支度に保育園の準備。のんびり起きて、ぼ〜っと朝ごはんを食べている夫と息子を横目に、時計をチラチラ。あぁもう時間だ……。「ほらっもう出るよっ!」息子を食卓から引き剥がし、肩にかつぐようにして保育園まで送り届ける。駆け込み乗車で10:00の出社にギリギリセーフ……ふぅ。

会社のトイレで自分を落ち着かせる。ふっと鏡を見上げると、ノーメイクの自分。あー、今日も忘れた。髪の毛はボサボサ。クローゼットからつかみ取りしてきた服も、イケてない。自分のことはすっかり後回しだ。

仕事を始めても、とにかく眠いし頭は働かない。そういえば、夜は授乳やら夜泣きやらで何度も目が覚めたっけ。今思うと、本当に使えないどうしようもない社員だったと思う。そのくせ、17:00近くになり始めるとソワソワし出して、まだまだこれから働くぞという雰囲気の社員達の目を気にしながら会社を飛び出し、電車に飛び乗る。

時計の針はもう少しで19:00。ダッシュで保育園から息子を引き上げて帰宅。夜ご飯を作って食べてお風呂に入る。お布団に入って、絵本を読み始めると同時にうとうと……。遠くで「おきて〜よんでよ〜」と言う息子の声が聞こえる……あぁごめん、かーさんは目が開かないよ……。

一息つく暇もないような毎日で、心がからっからのすっかすかだった。細かいことは覚えていないが、ちょっとしたことで夫との言い合いも増えていた。もちろん2人だけで夫婦生活を送っている時だって、喧嘩くらいはしていた。でもあの頃は、ぎゅっと抱きしめてもらえたら、コチコチになった心も体もほぐれて、全ては解決していたのだ。

でも……慣れない子育てに仕事にと慌ただしく過ぎる日々には、ぎゅっと抱きしめてもらうどころか、ゆっくり話す時間も格段に減った。だから、コチコチになった心と体に限界が来て、ぷつっと切れてしまった。多分それだけのことだった。

気付くと私は、吉祥寺にいた。息子を連れて電車で行ける遠すぎない距離だけれど、行き慣れていて、不安感の少ない場所。どうしよう。本当にアテもなく家を出てきてしまった。

そうだ。
私はある人に電話をかけた。

「Yおばさん?」
電話の相手は、夫の叔母だった。夫のことを知っていて、でも近すぎない人に話を聞いてほしかったのだと思う。そして、吉祥寺からほど近い阿佐ヶ谷に住んでいるから、「うちにおいで」と言ってもらえることをどこかで期待していた。

「家に帰るのが嫌になっちゃって……」
そう言いかけて、涙がどっと押し寄せてきて、何も話せなかった。Yおばさんは、詳しいことは聞かなかった。
「えいこちゃんが泣いてたら、おばさんも悲しいわぁ」
じんわり心がほぐれる声が電話の向こうから聞こえてきて、ますます涙が止まらなかった。ベビーカーを引いた母親が、吉祥寺のど真ん中で、電話して泣いているなんて、異様な光景だっただろう。
「どこにいるの? 赤ちゃんは一緒なの?」
家で夫と何があったかを聞くこともなく、その場の状況だけを確認した後に、 Yおばさんは言った。

「大丈夫。旦那さん、えいこちゃんのこと大好きだから。おうちに帰りなさい。待ってるわよ」

……大丈夫。大好きだから。
どどっとさらに涙が押し寄せてきた。何の根拠もないじゃないか。だって、私とYおばさんは、たったの2回しか会ったことがない。おばさんと夫も、しょっちゅう会うわけではないし、私たちの何を知っているというわけでもない。

母としても仕事人としても女としても自信を失っていた私は、その言葉で不思議と元気が出た。そして、何の根拠もないが、夫の気持ちを代弁してくれているようなYおばさんの言葉の力強さに、何よりも救われたのだった。

結局、阿佐ヶ谷のYおばさんのおうちにかくまってもらえたら…という作戦はあえなく失敗し、吉祥寺を離れた。自分から勝手に家出しておいて、また戻る悔しさをぐっとおさえて、自宅のドアを開ける。

「抱きしめてもらえなくて寂しかった」と、正直に夫に伝えて、気持ちは一気に落ち着いた。家出の理由を話した末に、夫本人からも「大丈夫、大好きだから」を確認することができたのだと思う。いや、Yおばさんとのやり取りは、こんなに鮮明に覚えているのに、正気なところ、夫との細かいやり取りは、あまり覚えていない。そのくらい、Yおばさんの根拠のない「大丈夫。大好きだから」の言葉の威力は、強烈だった。

あの日、一緒に家出をさせられそうになった息子は7歳になり、4年後には娘も生まれた。家出はあれから一度も試みてはいない。

今は比較的自由な働き方をしているので、会社員だった時ほどの慌ただしさはないものの、やはり朝の時間はバタバタだ。洗濯に朝ごはんの支度、保育園の準備、小学校から配られたプリントのチェック……。子育てにもだいぶ慣れ、朝活の習慣も身につけた私は、一通りの家事を終えると、「メールチェックでも」くらいの余裕は持てるようになった。

しかし、だいたいは仕事の途中で「おかあしゃーん、だっこぉ〜」とふにゃふにゃ情けない声で娘が起きてくる。どんなに可愛い娘でも毎日のように寝起きに泣かれて仕事を中断されると、申し訳ないけれどうんざりしてしまう。つい「もう起きちゃったの〜?」と口に出している自分に、ある時ハッとした。

娘は、私があの時ずっと心の中に溜め込んで言えなかった「抱きしめてほしい」という言葉を、素直に口にしている。しかも、思った時にすぐに。こんなにストレートに気持ちをぶつけているのに、うんざりされたらどんなに悲しいことか……。

そう気付いてから、私は「だっこぉ〜」と娘が起きてきた時は、仕事の途中であっても、できるだけ手を止めて抱きしめるようになった。「大丈夫。大好きだから」の気持ちもぎゅっと込めて。

大好きな人に抱きしめてもらうことで、「大丈夫。大好きだから」の思いを確認したいと思う気持ちは、2歳の子どもだって、32歳の母だって、きっと同じなのだ。

いまだに脆くて弱い私でも、さすがに夫に「だっこ〜」なんてせがめない。でも、心がすっかすかになる前に、ぷつっと切れてしまうほどキモチが張り詰める前に、素直に伝えるようにしよう。抱きしめてほしいんだって。

「大丈夫。大好きだから」
Yおばさんの言葉を胸に、私は今日も慌ただしい毎日を生きる。

 

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-07-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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