次は特定タイプの姑視点が分かるようになるかもの一冊の本
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:前田 光(ライティング・ライブ東京会場)
私には、四十数年の間に何度も読み返している本がある。
初めてその本を手に取ったのは小学四年生の時だ。
母の書棚に並んでいたうちの一冊がその本、つまり有吉佐和子著『華岡青洲の妻』だった。
ご存知の方のほうが圧倒的に多いだろうが、華岡青洲は江戸時代の外科医で、全身麻酔による手術を世界で初めて成功させた人物として知られている。
青洲とその妻加恵(かえ)、そして青洲の母の於継(おつぎ)が本書の主な登場人物で、話をものすごく端折って説明すると、青洲をめぐる妻と姑の冷たくも壮絶なバトルだ。
何がすごいって、二人が本当に命を懸けたってことだ。
最終的な勝者は妻の加恵。
だがその代償に加恵は視力を失った。
何年かおきに読むたび新たな発見があるが、それは私の年齢とともに登場人物を見る目が変わるからだろう。
それぞれの登場人物の年齢にさしかかって初めて、彼らの気持ちが分かるようになるからと言い換えてもいい。
事実、この話を初めて読んだ十歳のころ、私には於継も青洲も理解できなかった。
特に謎だったのは於継だ。
青洲不在の家に加恵が身一つで嫁いできてから、於継は加恵を実の娘のように可愛がっていた。
それなのに、青洲が帰郷した途端にまさかの手のひら返し。
まるで別人のような、底意地の悪いイヤ~な姑になってしまった。
「あなたのこと、昨日までは可愛かったけど、今日からは嫌いです」なんてこと、ありえるの?
あのやさしさは嘘だったの?
加恵を嫁にと望んだのだって、於継だったじゃないか。
そう。
当時の私には、息子に対する母親の、単純に愛とは言い切れない複雑かつ重苦しい感情と、若い嫁に対する愛憎が理解できなかったのだ。
そりゃそうだ。
十歳の子どもの中に、初老の母親が密かに抱えるドロドロしたなにかがあるわけがない。
そして読者としての私の目線は子ども時代の加恵に同化していたので(本書は加恵の子ども時代から始まる)、於継に対してだけでなく、やることはしっかりやるくせに日常生活では妻をあまり大事にしない青洲にも憤慨していた。
まあ、そういうシーンもあったのだ。十歳には早かったかもしれないけど。
そして私は、こんな男と結婚したら姑と喧嘩しても味方はしてくれなさそうだし、いろいろ大変だなと子供心に感じていた。
ところが二十歳を越えてもう一度読み返したところ、加恵の妻としての意地、姑に対する反発のようなものが手に取るように分かるようになっていた。
あのねえ。この人の妻はアタシなの? 分かる? やきもち焼いたってアンタは妻になれないの!
うんうん、そうだよなあ。妻としての矜持ってもんがあるよなあ。
そして、次に読んだときには、是非はともかく青洲の気持ちも想像できるようになっていた。
学者バカで頭の中は麻酔のことでいっぱい。
それなのに母親と妻は常に家庭内でピリピリした緊張感を漂わせている。
でもオレ、そっち方面にあんまり首突っ込みたくないんだよな。
今一番大事なのは仕事のことだし。
長年の研究が実るかもという大切なこの時期に、嫁姑問題で頭のリソース使いたくないんだよね、なんとか二人でうまくやってくんない? ってとこか。
人生を賭けるに値するものに巡り合ったとき、人は盲目的にも独善的にもなり得るだろう。
こうして加恵と於継の「どっちが青洲により愛されるかバトル」が日々繰り広げられるなか、大きな転機が訪れる。
麻酔薬の正確な用法をはっきりさせるため、青洲が人体実験を望むようになったのだ。
薬が少なければ手術中に患者が目を覚ますし、多すぎたら患者がそのまま命を落とす可能性がある。だが動物実験では人体に対する適正量を知ることができないからだ。
それを知った二人はそれぞれ、自分の身体で試してほしいと青洲に懇願した。
そのあとのそれぞれの葛藤や思惑、心の機微については、ここで説明するような野暮なことはしない。ぜひ実際にこの本を読んでほしい。
青洲は結局、最初に於継で試し、次に加恵で試した。
実は於継に対する実験は於継を納得させるためのパフォーマンスのようなもので、青洲は麻酔薬をわずかしか使わなかった。
つまり、青洲は真の人体実験には妻の加恵を選んだということだ。
そして加恵には人が耐えられるであろうギリギリの量の麻酔が使われ、加恵は命こそ落とさなかったものの、光を失ってしまった。
この結果からすると、青洲にとってより大切だったのは妻よりも母だったのではないかと思える。
死ぬかもしれない賭けに母親を使わなかったのだから。
だが違うんだな。
加恵は勝った! と密かに自らを誇り、於継は負けた……と落胆する。
ここも私にとっては意外な展開だったが、読めばなるほどの結末でもあるのだ。
この「想定外だったけども腑に落ちた感」を何度も味わいたくて、私はこの本を読み返しているのかもしれない。
ところで五十を超えた私には息子が一人いて、当面はなさそうだがそのうち彼も結婚するかもしれない。
そうなったとき、私が本当に於継の気持ちを自分のものとして理解する日が来るのだろうか。
それともやはり「子どもの人生は子どものもんでしょ。アンタはアンタで惚れた相手と勝手に粋にやっとくれ。アタシはアタシの道を行く」と今の自分を崩さないのだろうか。
それが分かる日が来るのが怖いような楽しみなような、そんな複雑な思いを今、抱いている。
***
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