ずっと読んでいなかった樹木図鑑が教えてくれたこと
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記事:松下 幸子(ライティング・ゼミ2月コース)
その図鑑を買ったのは7年ほど前だった。
まだ幼かった子どもと公園に行った時などに、目の前にある木が何という名前なのか教えてあげたくなって購入したものだった。
図鑑を手に入れた私は、張り切って公園へ行ってみた。ところが、走り回る子どもを追いかけたり砂遊びに付きあうだけで、ゆっくりと図鑑を開いて木について話す余裕など全く無かった。
その図鑑は特に葉の特徴を観察して、それが何の木であるのか分かるような作りだったので、葉が拾えなければ木の名前を特定することは出来ない。公園に多い10〜30mの高木の葉などは目線からは見えないし、季節によっては落ち葉を拾うこともできない。
身近な公園で子どもと行うのは意外と難しい活動だったようだ。
公園が無理ならと年に何度かキャンプや山に行く際には図鑑を持参し、使用できる機会を狙ってみたが、ほとんど使用機会のないまま本棚で背表紙を見せて現在に至っていた。
活用しているわけでもないのに、持ち歩いただけであたかも読み込んでいるかのように使用感たっぷりな本となっている。
図鑑には、うちわのような丸い葉が1枚、それらしきページに挟み込まれていた。7年間でこの図鑑で分かったのがその葉とメタセコイアの木だけだったことに我ながら驚いた。
そして初めて、300ページで計600本の木が紹介された図鑑を最初から最後まで見てみようという気になった。
600本のうちの1割も葉のみで見分けられるものは無かった。実や花がついている時だけ分かるものを入れてもだ。
名前は知っているが見分けられないものが半分、あとは全く知らない木だった。
葉をチェックするポイントが何種類か載っていたが、次の2点で図鑑からは大方絞り込めそうだった。
葉がモミジのように分裂しているか、していないのか
葉の縁がのこぎりのようにギザギザなのか、つるんとしているのか
その後、改めて「ハナズオウ」のページに挟まれた1枚の葉を観察してみた。
掲載された葉の写真では縁が滑らかであるのに対し、その葉の縁は波型にギザギザしている。葉の見分け方を確認したおかげで、その葉はハナズオウではなくカツラの葉だったことが分かった。
やっと真実に辿りつくことができたことに満足し、その葉を正しいページに挟みこんだ。
なぜ、樹木図鑑だったのだろうかという疑問が改めて湧いてきた。
子どもに木の名前を教えてあげたいと思ったことがきっかけだったが、それだけではない気がした。
通っていた大学に、造園学科の友人がいた。実習では木を観察しに大学の近所から遠くまで行っていたようだった。木の樹皮(幹や枝の表面の部分・木肌)も良く見るとそれぞれに異なっているので、樹皮を見れば木の種類が分かるのだと教えてくれた。もちろんたくさんの種類の木を知っていた。なぜ木が好きなのかと聞くと、その友人は登山好きで、小さい頃から家族で山へ登っていたので身近にあった木に興味を持つようになったそうだ。
そんなことを思い出して改めて思った。人の興味のアンテナは、同じ場所で同じ体験をしても一人一人違うのだ。山で友人のように木に興味を持つ人もいれば、地層に興味を持つ人もいる。
図鑑を通して私が知りたかったことは、自分のアンテナがどこを向いているのか。そして子どものアンテナはどこを向いているのかということだったのだとふっと心に落ちてきた。
図鑑はそれぞれの興味のアンテナ、言ってみれば世界の見方を教えてくれるリトマス紙だ。
だから、自分がいかに何も知らないかということが分かっても、全ての木を覚える必要も
ないし子どもに覚えて欲しいとも今は思っていない。
長男は木の枝で地面に絵を描いたり、植え込みの隙間を探検して楽しんだ。
一方娘は今でもどんぐりや、きれいな葉っぱを拾い集めることが好きだ。
私は、興味のアンテナに引っかかった無知を少しずつ知っていることに替えることを今は楽しんでいる。そう言えば、どんぐりがブナ科植物の実の総称であって、10種類以上のどんぐりがあることを知ったのも子どもとどんぐり拾いをしてからだった。無知すぎたか……?
また、普段見慣れない木の実や花を旅先で見つけると注目してしまうので、珍しもの好きなのかも知れない。
樹木図鑑でなく骨格の図鑑でも、国旗図鑑でもリトマス紙となる効果はきっと同じだろう。そこから自分の過去のアンテナや今のアンテナ、周りの人のアンテナが見えてくるはずだ。樹木図鑑からそのことを教えてもらった。
そんな自分自身のアンテナに、子どもたちにもたくさん気づいて探求して欲しいなと願う。
***
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