メディアグランプリ

明治生まれの婆ちゃんは諜報機関のエージェントだった


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記事:Sono Mamada Den  (ライティング・ゼミ)

今年は母方の祖母が亡くなって33回忌だったらしい。こういった祝儀不祝儀には不義理を続けているので申し訳ないことだが、墓参もしなかった。

仙台の田舎で育ち、3人の子供を育て、長男の転勤で年をとってから秋田に引っ越し、そこで亡くなった祖母。孫には優しい田舎のばあさんという以外に印象がなかった。亡くなってから30年以上も経つと、思い出を語る機会も人も少なくなるものだ。祖母のことも滅多に思い出すことはなくなっていた。

晩年こそ病気がちだったが、それまではダルマか洋梨に短い手足の生えたような体型でちょこまか出歩き、意外な距離を徒歩で移動した。母は泳げないのだが、祖母は幅10メートルほどの堀を悠々と泳いで何往復もしたという。海とつながっている堀だったので波もあったはずだったが祖母は巧みに波間を泳ぎきったらしい。

水陸両用婆さんであったようだ。

年に数回、2、3週間家を空けることもあった。「湯治だ」ということだった。子供だった私は「トージ」が何をするものかわからなかった。それが「湯治」であり温泉での療養兼物見遊山だと知ったのはずいぶん後のこと。「どこの温泉に行ったのか」と聞いても家族も答えない。いったいどこで何をやっていたのだろう。私への土産に地球儀を買ってきたことがあった。温泉地で地球儀?

婆さんは、行く先も告げずに数週間家を空ける特権的立場にあったのか。婆さんたちのネットワークがあるらしい、ということはわかったが、そのメンバーや活動の様子は容易に知れなかった。今でも「湯治」という言葉を聞くと秘密の匂いがする。定期的に雲隠れする婆さんたちの隠密活動。

祖父とはしょっちゅうケンカをしていた。祖父は祖母のことを「ワンダフル・ババア」と罵倒した。「ワンダフル」の意味を知らない幼児の私は、祖父の表情から「ワンダフル」はよくよくのネガティブワードであったに違いないと確信を抱いた。

気は強かった。心も強かった。

迂闊にも我が家のぼっとん便所に財布を落とした祖母は、ためらうことなく汲み取り口から財布を拾い上げ、「こんなもの洗えば汚ぐねぇのや」と札を一枚一枚水洗いしていた。母はそれを見ながら「ちょっと、婆ちゃん、うちの風呂場でやめて!」と顰蹙していた。

どれもこれも明治生まれの田舎の女の散文的なエピソードに過ぎない。

ところが、昨年のこと、祖母の思い出を語っていたときに、母がとんでもないことを言いだした。

1945年8月15日、昼前。外出から帰った母に対して、祖母はこう告げたのだという。

「これから天皇陛下がラジオでお話すんだど。日本が戦争に負けだどみんなさ語るんだど(日本が戦争に負けたことをみんなにおっしゃるそうだよ)」

私は驚愕した。

父を始め、私の周辺で玉音放送を聞いた今の老人たちはまず例外なく、昭和天皇が一億総決起を促すものだと覚悟を決めてラジオの前に立ったと語っている。当時を生きた文学者もあの日を振り返り同様の記述をしている者が多い。

よくあるのは「玉音放送は学校に集められて聞いた。陛下のお声は聞き取り難く、何が語られているのかよくわからなかった。気が付くと周りの学友が膝をつき、肩を震わせて泣き始めた。それを見て、自分も日本が負けたのだと気付いた」というパタンだ。

父も同じことを言っていた。

多くの国民が、総決起を信じてラジオの前に立ったというのに、祖母は放送前に、敗戦、ポツダム宣言の受諾という大きな国家的機密を把握していて、あろうことか公表前に母にそれを漏らしたのだ。

この話を聞いた瞬間、私の中でエピソードがつながった。うちの婆ちゃんは、戦前、戦中諜報部員だったのではないか。あれこれつじつまが合うではないか。

洋梨・ダルマのような体型にも関わらず意外な体力を持ち、陸上でも水中でもちょこまかと動き回る機動力は、諜報活動のための鍛錬の賜物。

ネットもなく、電話すら少ない時代だったことを考えると、年に数回、行先を告げることなく家を空け、他のエージェントと情報交換の場を持つのは必須だっただろう。戦争が終わり組織が解散しても(あるいは組織は残っていたのか)、ネットワーキングは続いた。集会の土産として孫の私に地球儀を買ってきたのは「世界的視野を持て」というメッセージだったのだ。

大切なもののためならぼっとん便所も恐れない男気。

一介の鉄道員に過ぎなかった祖父は、どこかでそのミッションを打ち明けられ、国家戦略の一端を担う祖母を尊敬するあまり、ケンカのときにも敬称を付けて「ワンダフル・ババア」と呼ばざるを得なかった。ワンダフルは文字通りwonderfulであった。明治生まれの夫婦は実は英語にも通じていたのだった。

そして、国家のトップしか知りえない情報を把握できた情報網。最後の瞬間に国家機密を母に打ち明けたということは、そこで組織のミッションが終わり、あるいは解散の報を受けたことを強く推察させる。これからは自由だ。洋梨・ダルマ体型のワンダフル・ババアは、そう考えたのではないか。そして、自分の娘に新しい国家・社会の到来に備えよ、生きよ、と告げたということか。

婆ちゃん、いったいあなたはどんな組織に所属して、どんなミッションを課されていたのですか。そこまでは誰にも告げずに、あの世に渡ってしまったんだね。

メッセージを託された娘は、自分自身が80歳を超えてから思い出したように、その話を孫に伝えてくれたよ。娘に響かなかったメッセージは敗戦から70年の時を超えて、孫の僕に大きな疑問符となって響きまくっているよ。

お盆も終わったけれど、ゆっくり話を聞きたいよ。僕がそっちに行ったら、聞かせてね。楽しみにしています。

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-08-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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