メディアグランプリ

私を騙したあの詐欺野郎の漫画にいつか巡り合う日がくればいいのに


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田 光(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
まさか自分が詐欺にひっかかるなんて、夢にも思わなかった。
多分これ、カモになった人はみんな言うんだろう。
そりゃそうだよな。
詐欺に遭う心配をしながら生きている人なんて、どこにもいないだろうから。
私の場合、騙されたといっても取られたのはお金や財産ではなく、私の仕事の成果物だった。
言い換えれば、それに費やした時間と手間とそれまでに蓄積した数年分の経験だ。
 
いつのことだったかと調べてみたら、2018年の年末だった。
だんだん思い出してきたぞ。
あのとき、新たなチャンスとばかり暮れも押し詰まるなか精を出して仕上げたんだった。ぐぬぬ。
 
私は翻訳を生業としている。
当時の私は開業して数年が経ち、いくつかの会社から仕事ももらえるようになって、ようやく自分のことを「翻訳者です」とはっきり名乗れるようになっていた時期にあった。
それまではなんとなく気後れして、とてもそんな風には言い切れなかったのだ。
また自分のやった仕事が形になるのがうれしくて、寝ても覚めても翻訳のことばかり考えていたころでもあった。
 
そんなとき、某クラウドソーシングサイトで漫画の和訳翻訳者の募集が目に入った。
このサイトでは、これ搾取だろっ! とびっくりするようなブラック案件の仕事もちらほら目に付いてはいたが、私は幸い、最初にそこでご縁ができたのが安定の長期優良案件だったため、自分が痛い目に遭うなんて発想がなかった。
募集要項を見る限り、まあまあの翻訳料が提示されていて条件はそう悪くない。
 
早速その会社に問い合わせたところ、「まずは弊社の基準をクリアしているかどうか確認したいのでトライアルを受けてほしい」と返事が来た。
これは翻訳界隈では当たり前のことだろう。
翻訳者の実力もチェックせずに仕事をくれる翻訳会社なんて聞いたことがない。
 
承諾するとさっそく原文ファイルが送られてきた。
わお! これ面白い! この先をぜひ読みたい!
読んだ瞬間にやる気スイッチが入った。
だが先方からは「訳文はフォトショップを使って原文に直接貼り付けてほしい」と指示がついていた。
フォトショップは有料の画像編集ソフトだ。
受注できるかどうかも分からないのに、これを購入しなきゃならないのだろうか。
 
その旨問い合わせると、その不安を払しょくするように「このソフトには7日間の無料期間のついた体験版があるので、まずはそれを使用してみて、受注が決まったら改めて正規版の購入を検討してもらえれば」と返事が来た。
 
なるほど、といったんは納得した。
しかしやはり何かがひっかかっていた。
そうだ。訳文のレイアウトは翻訳者の仕事ではないのでは……?
そもそも訳文の質を確認するためのトライアルに、そこまでする必要ある?
ああ、この時点でなんかおかしいと思っていたのに、仕事欲しさにそのイヤな予感に蓋をしてしまった。
これがいけなかった……ホント、自分の直感には素直に従った方がいいよ……。
 
今も残っているそのサイトのページを見ると募集開始が12月17日になっているから、多分私はそのあたりから一週間かけて訳出したのだろう。
そして年越し前にトライアルを納品し、年明けには結果が出るだろうとワクワクしながら待っていたのは覚えている。
訳文の貼り付けが思ったよりはるかに面倒で、ちょっと後悔しながらやり終えたことも。
 
ところが、松の内が明けても何の連絡もない。
問い合わせページから連絡してもなしのつぶてだ。
納品するまではこちらの質問にすぐに回答してくれていたのに。
 
ここでようやく、私、詐欺に遭ったんじゃ……と思い至った。
再び募集要項のページを開くと、「選定期間が終わっても受注者が選ばれず、案件の取り下げも行われなかったため自動キャンセルになった」と表示されていた。
ぎゃー! やられた!!! やっぱりかー!!!
 
募集要項にはこの案件に手を挙げた人の数が24人と表示されていた。
この中で私のように実際に訳文を納品した人が何人いたのか分からないが、私に割り当てられた話はまるまる1話だったから、仮に24人全員が納品したとしたら、それだけで24話分の訳文が出来上がることになる。
またこの時点で気づいたのだが、この漫画のタイトルも知らされていなかった。
これではタイトルからオリジナル版を探すこともできない。
 
泣けてくるわ……とんだ年明けだよ……。
金銭被害が出たわけでなし(いや、広義の意味ではそうなんだが)、これ以上大きなヤツに引っかからないよう勉強させてもらったんだと自分を納得させたものの、やはり悔しい。
 
とりあえずこの件は運営側に連絡せねばと思い、そのサイトにメールした。
返事はきたが「トラブル防止の観点より当サイトでは、依頼先として選定され、また仮払いのお手続きがあるまでは、トライアルであっても仕事の着手や納品をお控えいただいております」とある。
要するに規約を承知していなかった私が悪いってことで、実際に私も自分がアホだったと思ってはいるが、しかし現実的には、クラウドソーシングで翻訳者を募集するような会社又は個人が有償トライアルを設けるとは思えない。
ちゃんとした翻訳会社だって、トライアルに翻訳料をくれるところはとても少ないと聞いている。
また「このたびのように放置され自動キャンセルとなってしまっている以上、私どもでもクライアントの意向が分かりかねますこと、申し訳ございません」とも記されていた。
これも平たく言えばバックレ得ということだ。
だって「クライアントの意向」に詐欺以外思い当たる節がないじゃないか!
 
いろんな意味で痛い体験だったが、何かあっても会社が守ってくれるわけではないフリーランサーの私には勉強になる話ではあった。
どうか私のようにアホな目に遭う同業者が減りますように!
 
しかし実を言うと何が一番悔しかったって、訳文をだまし取られたことではなく、やりたくも楽しくもないフォトショップでの原文貼り付けをまんまとやらされたことだ。
仮にも人のこと騙そうってんなら、それくらい横着せずに自分でやれよと私は言いたい。
 
ああそれにしても、あの続きは本当に読みたかった。
ウェブ漫画を読むたび、私が訳した部分にどっかで巡り合わないだろうかと思ってもいる。
そうしたら猛烈に腹が立つだろう。
だけどやっぱり、まずは最初から最後まで読み通してしまうんだろうな。
返す返すも、ああ悔しい。
 
 
 
 
***

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2022-07-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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