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心を病む事と物を買う事


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記事:小川大輔(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「なんでこの人、こんなに余裕があるんだろう」
これは僕が以前働いていた会社の友人への感想である。僕があたふたしてしまうような仕事でも落ち着いて平然とこなしていく。環境の変化にもびくともせず、それをすぐに受け入れて柔軟に対応できる。それでいて情緒も安定している。端から見ても、とても仕事のできる男だ。当然のことながら実力を認められ、順調に昇進していった。加えて面倒見もよく何度も助けてもらった。現在僕は別の会社で働いているが、職場が変わっても疎遠にならずにいてくれる数少ない友人の一人である。
 
「おれ、会社辞めることにしたわ」
彼からそんな連絡があったのは数か月前のことだった。
 
いつ頃だったろうか、彼と久しぶりに連絡を取っていた時のことである。「早く働きたくて焦る」そんな言葉が彼の口をついて出た。何かいつもと様子が違う。理由を聞くと、実力のある彼が転職活動中であるとか、自分で独立するといった前向きなものではなかった。彼とは無縁だと思っていた心の病。それが原因で休職中だという。
「会社に出勤しても今まで普通にできていたことが、どうやったらいいのか手順がわからない。なぜかやり方がわからない。あぶら汗も出てきて仕事ができない」
びっくりした。あの優秀な彼がそんなことになるなんて……。
「それなら焦らない方が絶対いいですよ。焦って無理に復帰したら余計悪化しちゃいますよ。今はゆっくりしましょうよ」
そう言う僕に彼は言った。
「いや、実はもう半年くらい休んでる。職場も理解してくれてるけど、産業医と会社の許可が出たら復帰する」
半年……! そんなに長期間休まなければならないほどの状態なのか。
「無理だけはしないでくださいね」そう言うのがやっとだった。
 
一度食事に行ったが、その後しばらく彼からの連絡はなかった。でも気持ちの片隅にあの人は大丈夫だろうか、どうしているだろうかという思いがずっとあった。心配だった。
前述の「会社を辞めることにした」という連絡がきたのはそんな矢先だ。
仕事に復帰はしたものの今度は次第に自殺願望が強くなりはじめ、決断に至ったらしい。あの優秀で、しなやかな柔軟性も持ち合わせた人がそんな風になるなんて、僕をはじめ周りの誰が想像できただろう?
 
僕は感じるのだ。彼がこんな風になってしまった原因はきっと1つではない。
 
そして思う。この心の病に至る過程は、欲しいけど買おうかどうか迷っている物を買うまでの過程にそっくりだなと。
 
僕はタブレット端末を持っている。でも最初はタブレットになんて全然関心がなかった。正直言って「タブレットなんてスマホが大きくなっただけじゃん。テレビ電話みたいなこともできるみたいだけど、だったらスマホの方が持ち運びやすいし、普通の電話もできるし、何の意味があるの?」と思っていた。興味ゼロである。
ところがそのタブレットをめちゃくちゃ見かける。
広告もどデカいものがいたるところにあるし、スポーツの試合なんかでデータを見るために使っている光景が画面に映し出される。「あれ? なんかカッコイイ……」
興味が出始める。
外出したついでに本物を見てみる。「ほー! これが話題のタブレット様ですか。なかなかいいんじゃないかい? でも結構値段が高いな」
また少し興味がわく。
ホームページを見てみる。「お! こんなこともできるのか。やるな」
だんだん欲しくなってくる。でも値段がなあ……。
動画を見てみる。「うーん、便利そう。いいよ! すごくいい!!」
かなり欲しい。ここまで来るともう時間が欲しいという気持ちを熟成させていく。
センヨウノペンデ、モジガカケマス。スケッチモデキマス。
「うおおお! 絶対買う!」
 
こんな具合で僕はタブレットを購入した。専用のペンも……。
 
はじめは空っぽだった僕の中にある容器に「欲しい」という液体が少しずつ少しずつたまっていって、許容量を超えた瞬間、購入という行動になる。
 
心も、同じだ。
僕は心の病になってしまったこの友人をよく知っている。彼には私生活の面で複雑な環境があった。会社のストレスに加えて私生活でのストレス、他にも僕にはわからない、いろんなものが積み重なって彼の心の許容量を超えてしまったのだ。
繰り返しになるが原因はきっと1つではない。彼の心の容器は大きかった。でもその大きな容器に彼自身でもわからない間に少しずつ、いろんな液体がたまって溢れ出し、心の病になってしまった。
 
最近、その友人から「食事に行こう」と連絡がきた。ずっと気になっていたから調子を尋ねてみる。
「いきなり悲しくなったり、ずっと寝れなかったり、寝れてもすぐに目が覚める。今は短い時間で目が覚めてしまうから、1日に3回寝てる感じ」
言葉が見つからない。いや、この状態でどんな言葉をかけても効果などあるはずがない。彼が今どんなに辛いか、どんな苦しみの中で必死にもがいているか痛いほどよくわかる。
 
心の病の原因が1つじゃないとか、心の容器にたまったものが許容量を超えたら心の病になるとか、会社のストレスや私生活のストレスやいろんなものが容器にたまる液体だとか、彼の気持ちがわかるとか、なんでそんなことが僕に言えるのか。
 
それは僕が彼と同じ病だったから。
症状は違えど状況があまりにも似ているから。
 
10年以上前、まだ彼と同じ会社で働いていた頃の事。僕は実家の母から父の余命宣告を聞くことになる。あまりに突然のことで気持ちが追いつかない。
「あんなに元気にしてたじゃないか」
休日が来るたび、神社やお寺に出向いては父の回復を祈る。そして道のお地蔵様にも。
「どうか、お父さんを助けてください。お願いします。お願いします」
容体が悪くなったと聞けばすぐに実家へ帰り、父が入院している病院へ向かう。
そんな生活が続き、余命宣告を受けてからわずか数か月で父は帰らぬ人となった。
父の死を受け入れられないまま、ボロボロの心で働く。支えてほしかった当時付き合っていた女性には別れを告げられる。優しすぎる彼女はそんな僕の姿を見ていられなかったのだろう。
父がいなくなったために生じた、実家へ帰った方がいいんじゃないかという迷い。仕事のストレス、不規則な勤務体制による生活のリズムの乱れ。
自分でも気付かぬうちに僕の心の容器はいっぱいになっていく。そしてある時、ゾクッという感覚と共に僕の容器から液体が溢れた。何の前触れもなく。その感覚は今でもはっきりと覚えている。そして……僕の心は壊れ始めた。
あれ? これってこれで大丈夫なのか? 突き上げてくるような不安。まったく落ち着かない心と体と頭。今までどうやって生きてきたのかわからなくなった。そして、動けなくなった。
 
献身的な家族の支えと僕にかかわってくれた恩人たちのおかげで今こうしてまた働くことができている。しかし10年以上たった今も後遺症は残り、薬を飲みながら僕は自分の症状を克服しようと必死だ。
 
きっと自分の容器が空っぽの人などいない。誰でも心の病になる可能性は持っているのだろう。うまく容器の中身を減らすことが大事。
 
友人へ。ご飯、行きましょうね。心の容器にたまったものを少しでも減らせる役割ができるなら、僕は嬉しいです。お互い、絶対にこの無慈悲な病から回復してやりましょうよ。

 
 
 
 
***
 
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