看板も窓もないフレンチレストラン
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記事: 辰巳葉子(ライティング・ゼミ)
東京の外苑の外れに住んでいたころ、あまり人の来ない煉瓦の壁の窓のないお店を見つけた。
新宿通りからいくつか路地を曲がった人通りの少ないところに、突然あらわれるお店は夕方になると黄色いランプの灯りがともる。
そこだけ日本ではないような、どこか時代が違うような不思議な時間が流れている。
壁にとりつけられた木の看板には、アイビーがからまっていて、お店の名前が読めない。
朝、そのお店の前を自転車で通ると、お店の前にたくさんの鉢植えが出ていて、軒先にもアジアンタムや小さい白い花をつけた鉢植えがつり下げられている。
夕方になると鉢植えたちはお店の中に配置されて、外はからまったアイビーの看板とランプの黄色い灯りだけになる。
「あ、ここレストランだ」って分かったのは、その場所をみつけてから1か月くらいたってからだった。
バターの焦げるようなこうばしい香りと、時間をかけて煮込まれたシチューの香りがする。
カーネルサンダースばりの白い髪の毛と、お腹と、シェフの格好をしたおじいさんが、お店のドアをあけ放って料理をしている姿が見えた時だった。
お店の中からはランプの灯りの温かみのある光が外にこぼれていた。
1組のご夫婦がカウンターの長テーブルの席にいるのが見えた。
ちょうどにわか雨が降り出したので、わたしは自転車を降りてお店の前に立った。
雨やどりも兼ねてひとりでレストランに入ってみた。
レストランの中には小さな中庭があり、東京では珍しく井戸があった。そして雨に濡れた葉っぱや土の香りで、ふと懐かしい風景が思い出された。
お店の中に案内してくれたのは、白いエプロンをしたおばあさんだった。
口数の少ないおじいさんシェフと、にこやかでお喋り上手なおばあさんのご夫婦がやっているレストランだった。
お店の中から見ると、外からはアイビーがからまっていて気がつかなかったけど窓があった。
お店の中は年季の入った木のテーブルに清潔なテーブルクロスがかけられて、重厚感はあるけれど居心地の良い空間だ。
わたしは窓際のテーブルに案内された。
今日のおすすめの一皿はチキンのコンフィとマッシュルームのシチュー。
カウンターのご夫婦が食べているのがとても美味しそうだったので、わたしも同じものを注文した。
チキンのコンフィはゆっくりとオイルで煮込むから、20分くらいかかってもいいか聞かれた。
大丈夫だと答えて、待っている間にマッシュルームのシチューを頂いた。
シチューはマッシュルーム以外のカタチは残っていなかったけれど、ベーコンやバターのコクが濃厚なお味だった。
雨に濡れた中庭の香りで思い出したのは祖母の家だった。
台所が土間になっている古い木造の家で、祖母の庭にも井戸があった。昔はポンプで水をくみ上げてお風呂をわかしたり、夏になるとそこで水浴びをした。
そのときの香りと同じ香りがする。
香りで昔の楽しい記憶が次々によみがえってくる。
ランプの黄色い灯りも、祖母の家の灯りと同じだった。
チキンのコンフィが運ばれてきた。
ほっこりやわらかくジューシーなチキンはやさしい味だった。
おばあさんは、ここにお店をだしてもう46年経つことや、昔はたくさんメニューもあったけど、今は1日3つのメニューだけになったことを教えてくれた。
今より若い頃は、洋食も人気でとっても繁盛してたことなど、穏やかな口調でひとりできた私に話しかけてくれた。
丁寧につくられたお料理を頂きながら、この場所の積み重ねられた時間の流れを感じるのはとても気持ちが良かった。
お料理を食べていると、やさしい気持ちになっていく。
ふと壁を見ると、オープンしたときのお店の前で若き日のシェフと一緒に若くてきれいなウェイトレスさんが写っている写真が飾ってある。
写真はだいぶ色あせているけど、お店にもお料理にも愛情を感じる。
「おじいさんはちょっと偏屈だけど、また来てね」
お会計を済ませた私におばあさんは笑いかけた。
今度はわたしも一緒に時を重ねられる人と食べにいこうと思えるレストランだった。
あの場所から引っ越して10年が経った。
偶然にもその場所に行ってみると、その一角は高層マンションに建て替えられていてとても近代的なエリアに代わっていた。
やっぱり残っていないかぁ……と、思い出を頼りに歩き回っていると足が止まった。
「あ、井戸が残っている!!」
中庭にあった井戸のポンプが、そのまま形で残されて公園になっていた。
もうレストランはなくなっているけれど、あのとき聞いたレストランの名前も思い出せないけれど、わたしの思い出は小さな形で残っていた。
そして雨が降ったら、またあの香りがするんだろうな……。
雨の香りでわたしはやさしいお味を思い出す。
***
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