メディアグランプリ

風邪ひいたときは甘えたらいいんです。


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記事:櫻井 るみ(ライティング・ゼミ)

風邪をひいた。

何年ぶりかの風邪。

しかも、ちょっとばかし喉がイガイガするな~……とか、なんか鼻水が出るな~……とか、そんな生やさしいものではない。

久々に、38度の熱をぶっぱなした風邪だ。

そうなるともういけない。

これはもうルルA錠とかベンザブロックとか改源とか飲んでもダメだ。
病院に行こう。
病院に行かないと。

週明けまでに治さなかったら、本当に怒られるかもしれない……。
いや、怒られるならまだいい。
呆れられるのは嫌だ。

うう……、そんな目で私を見ないでくれ。
そんな呆れた目で見ないで……。

多分、実際の彼はそんな風には思わない。
それは分かっている。
分かっているけれど、熱で浮かされた私は、彼に白い目で見られるという悪夢を見ていた……。

異変に気付いたのは木曜日の朝だった。

目が覚めてすぐに気付いた。

「あ……、喉が痛い……」

私は普段から声がかすれやすい。
風邪をひいたわけでものないのに、あまりにもかすれていたときには同僚が心配してのどアメをくれたほどだ。
何時間も話していると最後の方は声がカスカスになっていたりする。
多分、それほどのどが強くないのだろう。

そんな私の風邪のひき始めは、やはりのどからだ。
大体、のどが痛くなる。
のどが痛くなり、鼻水が出て、熱が上がる。
子供の頃は大体そんなパターンだった。
ただ、大人になってからは、元々体力があるのか、生命力が強いのか、はたまた両方か……。
熱が出ることなく治ってしまうことの方が多かった。

「のどアメ舐めてれば治るよ~」と豪語することもあった。

だから今回も龍角散ののどアメやヴィックスののどアメでも舐めていれば治るだろうと思っていた。

でも、職場について隣の彼に言うことは忘れなかった。
それは彼にうつらないように気を付いてもらいたかったのもあるし、少しだけでも心配してくれたらなぁ……という乙女心からでもあった。

「大変です。どうやら風邪をひいたようです。朝起きたらのどが痛かったんですよー」

もちろん、この時点ではこれ以上悪化するなんて思ってない。
だから、本当に風邪をひいてるのか?と疑問に思うほど、のほほんとした言い方だったはずだ。

「大丈夫なんですか?」
と、彼が言う。

「はい。私、のどアメ舐めてれば治るんで」
実際私はのどアメで治そうと思っていたし、それだけで大丈夫だと思っていた。

が、病気の時のいうのは、実は本人よりも周りの人間の方が気付きやすかったりする。

いつものごとく残業になったその日。
多分、彼は私の異変に気付いていたのだろう。

「後は俺がやりますから、帰っていいですよ」

その言葉に甘えておけば良かったのだ。
自ら「風邪ひいてる」と宣言したのだから。

だけれども、なぜかやたらとテンションが高かった私は(多分、その時点で熱が上がっていたのだと思う)、
「あと少しだからやっちゃいますよー」
と彼の言うことを聞かなかった。

「風邪ひいてるんでしょ?」との彼の言葉にも「大丈夫大丈夫」と取り合わなかった。

その後は何も言われなかったので、知らんぷりして最後までやらせてくれているんだと思っていた。

テンション高めの私はなぜか楽しくなってきてしまい(多分、熱のせい)、終わった時も
「終わった~!!」
と、とても楽しそうに高らかに叫んでいた。
多分、顔は笑っていたと思う。

でも。

いつもなら「お疲れ様です」と言ってくれる彼が、何も言ってくれない。
ムスッとして黙り込んでいた。
別の案件の途中だからかな……と思ってその場はやり過ごしたけれど、実は違っていた。

彼はずっと怒っていたのだ。

それに気付かなかった私は、やっぱり体調が悪くて周りが見れてなかったのだと思う。
私が気付いたのは帰るときだった。
気付いたというより、彼から直接言われた。

「がっかりしました」

一瞬、何を言われたのか良くわからなかった。
でも、続けてこう言われた。

「ここで無理してどうするんですか??」

ここまで言われてやっと私は気付いた。

彼がずっと怒っていたことに。

「機嫌が悪い」というレベルではない。
ガチだ。
本気で怒っていた。

「無理したわけじゃなかったんだけどな……」というつぶやきは言い訳にもならない。
最初に「もういいから帰れ」と言われたときに、素直に言うことを聞いておくべきだった……。

そうか……。そこでちゃんと甘えれば良かったんだなぁ……。

後悔しても後の祭り。

こんな風に怒っている彼を見るのは初めてで、私はどうしたらいいか分からなかった。
さっきまで高かったテンションはダダ下がりだ。

そんな私のあからさまなテンションの下がり具合が分かったのか、彼は「明日休んだら殴りますからね」と、やっと笑って言ってくれた。

私もやっと笑って「はい」と言えた。

帰り道、熱に浮かされた頭で考えた。

一番最初に浮かんだことは、やっぱり怖かったということだ。
相手が誰であれ、怒らせるということはやはり怖い。
まして、自分が良かれと思ってしたことが怒りを買う原因になってしまうなんて……。

重ねて言うが、私はその時決して無理をしたわけじゃない。

でも、相手が優しくしてくれようとしている時は、素直にその優しさに乗っかるべきだということを学んだ。

あー、ホント、怖かった……。

あれ?
でも、あんなに怒るって……。

裏を返せば、あんなに感情をむき出しにして怒るほど、私のことを心配してくれたわけで……。

それに気付いた私はニヤニヤが止まらなかった。

ポジティブな変換かもしれない。
単に、明日の仕事に支障があるから心配したのかもしれない。

でも、私のために怒ってくれたのは本当のことで……。
それが、私にはすごく嬉しかった。

ああ、本当に明日までに風邪治さなきゃ……。

その日の私はきっと、帰っている間中ずっとニヤニヤしていたと思う。

結局、私の風邪は一晩で治ることはなく、むしろ翌日には悪化していた。
さすがに私も自覚して、マスク姿で出勤することになった。
彼からは「あーあ。ついにマスク姿になっちゃって……。だから昨日帰っておけば良かったのに」と言われた。
でも、それもきっと私の身体を心配してのこと……と、その時はポジティブに変換していた。

が、時間が経つにつれて、そんな余裕もなくなっていった。
熱が上がっていくのが自分でも分かる。
さすがに辛くなってきた。

「さすがにしんどいので、今日は帰ります」

そう言って、定時に上がった。

週明けにはちゃんと治った姿を見せないと……。
彼を心配させないためにも。
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-09-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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