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あなたは私、私はあなた


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:Pauleかおり(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
もわっもわっと歪んだように見えるアスファルト、ジリジリ痛い日差し、蝉の声たちの合唱。
この時期になると、首と肘を中心にした腕(いずれも右側)に大きなケロイドがあった母のことを思い出す。
 
母は、56歳、肝臓癌で亡くなった。生きていれば、今88歳。
父も、70歳、やはり肝臓癌で亡くなった。生きていれば、今91歳。
2人は、広島の爆心地から2キロ以内の被爆者である。
 
私は東京生まれ、東京育ちだが、幼稚園の頃だけは広島で生活をしていた。
幼稚園の往復は園バス。
バスに揺られながら原爆ドームを見つけると、ただ怖くて、すぐ目を背けていたものだ。
あの場所で多くの人の命が消えていったことは、東京に移り住んだ小学生になってから初めて知った。
 
高学年になったとある夏の日。
戦争体験や原爆について宿題が出た。
 
「先生から、広島での戦争体験について、両親から話を聞いてこいって。言われたー」
「あ そう……。何が聞きたいの?」
正直、平和な日常を過ごしていた私には、遥か遠い昔の話のようで、他人事状態だったのだ。
なんでもいいと言ったのを覚えている。
 
夏になると決まって、皮膚がひきつれたケロイド周辺を掻いている母。
ケロイドと普通の皮膚との境目が赤くなっていて、痒くなるらしい。
そのケロイドの原因は被曝によるものという認識がしっかりついたのは、この時からだ。
母はあの日もケロイドを触りながら、多くは語らずだった。
 
爆心地から約1850mにある小学校の校庭で、朝礼が始まっていたそうだ。
母は当時11歳
先生たちと向かい合う状態で立っていた。
突然、後ろから光と熱風がきたらしい。
 
次に目を開けたときには、みんな倒れていて、髪は逆立ち、服はちぎれ、真っ黒で誰だかわからない人、ガラスの破片が刺さっている人、うめき声や名前を呼ぶ声ばかりが聞こえたそう。
 
こちらを向いて立って話していた若くて綺麗な先生の話になった。
「あのとき、先生がこっちを向いとらんかったら、よかったんじゃけど。かわいそうにねー。はー。人の顔じゃなくなっとったけー。見らりゃせんよー。」
この話は、その後、母が亡くなるまでの何十年もの間、何度も出てきた。
子供といえども、女子である。焼き付いて離れないショックな姿だったに違いない。
 
「助けてくれー」 「水をくれー」 とすがってくる人たちを怖がり泣く6歳の妹の手をひき、払い除けるようにして親を探し歩きまわった話。
 
みんな黒焦げで、体のあちこちの皮膚がむけて、それがボロ布のように身体からぶら下がっている光景。
川では焼け焦げた人たちで溢れかえり、まるで黒い大木が流れているように見えた話などで終わった。
 
自分がどのように乗り越えてきたとか、辛かったとか、苦しかったとか、そういう話は一切しなかった。
私もまた、それ以上聞こうともしなかった。
 
しかし、母の余命がわずかになってきた晩年になると、被曝の話を母からするようになった。
「首と腕の火傷はなかなかようならんで、ジクジク腐ってくるんよ。ウジがいっぱいわいて、自分でとるんよ。臭うて、人も逃げていくけー。」
それは火傷、黄疸による苦痛と偏見の話だった。
 
治療のために遠く離れた知り合いのところで養生していたそうだ。
当時の被爆者は、被爆地から離れていくほどに、気持ち悪がられる存在であったらしい。
いつまでも寝ていたりで、「役に立たない」 と言われたり、根も葉もない噂話で偏見を受けることがあったそうだ。
 
「お兄ちゃんやかおりが、こうして障害もなく、五体満足で産まれてきてくれたけー。もうそれだけでええんよ。産んだらいけん、言われとったけーねー」
被曝者であることだけで、いろんな疎外をうけていたのだった。
伝染病扱い、放射能による障害、次の世代に遺伝すること、など。
 
命を取り留め、傷の痛みに耐えただけでも頭が下がるのに。
偏見や疎外にめげず、悲しみや辛さを抱えながらも、前を向いてただただ生き抜こうとしていたんだ。
 
私は母の話を聞きながらある光景が重なってしまった。
 
私が、小学3年当時のことだ。チマ・チョゴリを着た子と公園で、仲良くなり、毎日遊ぶようになった。引っ越してきたばかりだそうで、「友達になろう」 と声をかけてくる親しみやすいとてもいい子だった。
おとなしかった私は、声をかけられただけで、とても嬉しかったのを覚えている。
ところが、彼女と一緒にいると、誰も口を聞いてくれなくなり、あっという間に仲間はずれにされるようになった。
ある日、「あんたは、キム(チマ・チョゴリの子)と友達だから、遊ぶなってお母さんに言われたの。もうそばに寄らないで!」 とよく遊んでいた友達に言われた。
そして、1人で遊ぶ公園での日々に耐えきれなくなり、ついに私も彼女を避けるようになってしまった。
それだけでもひどいことをしているのに、私はさらに彼女に追い打ちをかけた。
周りの友達の輪に入り、みんなと一緒になって、彼女に「くさーい」 のコールを浴びせてしまっていたのだ。
私の心理状態は、踏み絵状態。
 
彼女は肩を落としながらも、「ばいばい! もう絶対遊ばないから!」
悔しさを滲ませるように強い口調で、公園から出ていった。
フワッと翻ったチマ・チョゴリが、キューーと私の胸を締め付けた。
投げられた言葉の強さと同じくらいに痛かった。
自分が仲間はずれにされたくないから、私も疎外してしまった、あの日の光景。
 
母のように疎外された苦しみや悲しみ、私のように疎外してしまった自責、友を捨てた悲しみ。
私だって疎外されたくないし、疎外したいわけじゃなかった。
もしかしたら、誰でも同じように、疎外されても、疎外しても、苦しくて辛い感情を抱えているのかもしれない。
 
あなたは私。私はあなた。
「本当は他人事なんかじゃないんだよ」 母から教えられたようであった。
 
私が幸せであり続けたいように、あなたに起きたことが私なのだと思ったら、いてもたってもいられなくなる。
こんなこともわからずいた自分が本当に恥ずかしい。
 
これからは、他人の話を「自分ごと」 として聞けるようでありたい。
そして、
将来の「自分ごと」につながっているだろうという姿勢で、一つ一つの話を学びにしていきたい。
 
 
世界のみんなが、ずっと笑顔で過ごせることを願うばかり。
あなたは私。私はあなた。
 
 
 
 
***
 
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