おばあちゃんの、いちごジャム
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記事:横山裕子(ライティング・ゼミ4月コース)
「こんなところに、いちごジャム!」
台所の棚を整理していたら、奥の方から、ジャムの瓶がひとつ、出てきた。
濃い赤色で、つぶつぶの残ったいちごジャム、母が毎年作っていたものだ。
もう食べきってしまったと思っていた。
子供たちにとっての、おばあちゃんの味。嬉しさと懐かしさがこみ上げてきた。
「おばあちゃんの味」というと、何を思い出すだろう。
梅干し、漬物、お雑煮、おはぎ、里芋の煮っころがし……。
帰省したり、旅先でいただく素朴な料理。その土地で採れたものをシンプルに味付けして、素材を楽しむ。これがしみじみと、美味しい。
夫の実家のある信州では、なんといっても野沢菜だ。
スーパーでも、定番の野沢菜漬けや、醬油漬けなど、様々な種類が並ぶ。
それぞれの家で漬ける野沢菜も、微妙に違って味わい深い。
酸味の強さや、塩味の濃さの違い、生姜を刻んでのせたり、鰹節をかけたり、食べ方もおばあちゃんのさじ加減におまかせ。古くなって、酸味が強くなったら、炒めておかずに変身させる。
凍り豆腐も、定番の家庭の味だ。
寒さの厳しい冬の信州で、昔から作られていた凍り豆腐は、保存食として重宝されてきた。
薄く切った木綿豆腐をひもで縛り、軒下につるす。冷凍と乾燥をくりかえし、旨味と栄養をギュッと閉じ込める。まさに、天然のフリーズドライだ。
その凍り豆腐を、野菜やきのこといっしょに煮て、卵とじにする。栄養があって、何とも優しい味わいになる。
そんな並みいる強豪をおさえて、子供たちが思い出すおばあちゃんの味は、いちごジャムなのだ。
畑を耕し肥料をまき、土を作る。秋に植えた苗が冬を越し、露地栽培のいちごは5月頃に赤く甘くなる。
「そろそろ、いちごができるよ~」と、おばあちゃんから声がかかると、いざ! いちご狩りへ出発だ。小さな手で摘み取ってバケツに入れていた子供たちは、そのうち食べる専門になる。口の周りが真っ赤になった顔を見て、笑い声が響く。
バケツや桶に収穫されたいちごは、食べる分を残して、ジャムにする。
やさしく洗って、ひとつひとつヘタを取る。大きな鍋にいちごと砂糖を入れ、火にかける。沸騰したらクエン酸を入れ、焦げないように混ぜながら煮つめていく。トロっとしたら出来上がり!
ここからは、やけどに注意! 熱いうちに煮沸消毒した瓶につめ、蓋をしてもう一度煮沸、取り出したら瓶を逆さまにして冷ます。蓋の真ん中がへこんでいたら、真空パック完了だ。
台所はもちろん、家中、いちごジャムの甘~い香りに包まれる。
一日がかりの作業にへとへとだが、ジャムを味見し笑顔になる。
パンにのせて食べて良し、ヨーグルトに混ぜて良し、いちごがぎっしり詰まったつぶつぶのジャムは、我が家のおばあちゃんの味となった。
子どもたちが大きくなって、学校に通うようになると、いちごの収穫時期に帰省することが難しくなった。
それでも母は、いちごを育て、ジャムを作り続けてくれた。何瓶も何瓶も……。
畑にしゃがんで収穫し、腰をさすりさすり、鍋のいちごを混ぜていた後ろ姿を思い出す。
年を追うごとに作業が大変になり、母はイチゴの栽培を止めた。
それでも帰省すると、「たくさん作ってあるから」とジャムの瓶を持たせてくれた。
子供たちが成人し、家族そろっての帰省も難しくなった頃、母は認知症になった。
料理もできなくなり、「死にたい」と、泣く母の姿を初めて見た。
母と手をつないで歩くとき、その手に母の人生を重ねた。
しわだらけで曲がった指、家事に子育て、畑仕事、来る日も来る日も働いた手だった。
最後まで、家族のことを忘れないでいてくれた。子供たちが会いに行き、名前を言うと、とびきりの笑顔になった。
母の四十九日の朝、残っていたいちごジャムの瓶を開け、ヨーグルトに添えて、みんなでいただいた。
「おばあちゃんのジャムを食べたら、他のは食べれない」
子供たちは、いちごジャムを食べるたび、優しかったおばあちゃんを思い出すだろう。
私はまだ、「いちごジャム」を作れていない。
日々の生活に追われ、まだまだ目の前のことで手一杯だ。
でもそろそろ、私なりの「いちごジャム」を作ってみたいと思う。
それは、まだ何かわからないけれど、働き者のおばあちゃんを見習って、一日一日大切に暮らしていけば、見つけられるような気がする。
棚の奥から出てきた最後のひと瓶、しばらく開けずにとっておこう。
どんな小さなことでもいい。
次の世代に伝える何かを見つけられるまで、お守りにしたいと思う。
***
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