メディアグランプリ

リーダーはいざというとき具体的問題解決ができないといけないと学んだ


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記事:徳田 潤(ライティング・ゼミ)

 

「いや~、ついつい大リーグ中継を見ちゃって、作業にとりかかるのが午後からになっちゃったよ!」

 

月曜日に会った寺田さんはにこやかに語った。

が、寺田さんはほとんど寝ていないはずである。東京から大阪までの新幹線車中くらいだろうか……

 

日曜日の夜、23時25分に受け取ったメールには、寺田さんがひとりで仕上げたパワーポイントのファイルとともに、

「では、これから明日の研究所紹介の資料を作ります。おやすみなさい」と書かれていた。

 

 

2001年当時、寺田さんは東京ネットワーク研究所の所長であった。私は大阪府門真市にある本社構内で、技術企画室の主査。

ふたりで10年後の新規事業に向けた技術企画プロジェクトを推進しており、火曜日に社長をはじめ重役の出席する会議で中間答申を行うことになっていた。

 

前週の水曜日は技術担当専務、技術企画室長、寺田さんと一緒に青物横丁にあったパナソニックの情報化モデル住宅を見学し、その後、幕張メッセでInteropというネットワーク機器関連の展示会を視察。日帰りの専務と技術企画室長と羽田空港で夕食共にしてお見送り。

私は東京で宿泊し、木曜日は東京ネットワーク研究所で寺田さんと中間答申の資料打ち合わせ。それぞれの分担を決め、金曜日と週末を使って資料を作成する段取りになった。

 

少し早めに打ち合わせを終え、羽田空港から伊丹空港に帰る。空港から宝塚の自宅は近いのだが、この日は伊丹空港から大阪市内に向かった。「ヴァイオリン 女神(ミューズ)川井郁子コンサートツアー2001」がリサイタルホールであり、友人のピアニスト塩入俊哉氏が演奏する。コンサートが終わって「ホームページを作りたい」と言っていた塩入さんの相談に乗るべく、デザイナーの友人と共に夕食。なかなか充実した日々であった。

 

 

翌日の金曜日。打ち合わせにもとづいて資料作成に着手して間もない午前11時前、珍しく私の携帯電話が鳴った。

 

「長男が通う学校にナイフを持った男が侵入したけど、長男は無事だから……」

 

家内から電話を受けたときには、そんな一大事だとは思っていなかった。

昼休みに会社でテレビを見るまでは……

 

2001年6月8日 金曜日、大阪教育大学附属池田小学校で児童殺傷事件があった日。

長男は附属池田小学校に通い始めたばかりの1年生。毎朝、私は長男を連れ、最寄りの阪急雲雀丘花屋敷まで一緒に歩いて梅田行きの電車に乗る。長男は、途中の池田で降り、私はそのまま梅田を通って京阪の西三荘から会社に通っていた。

 

昼休みにテレビを見て大変な事件になっていることを初めて知り、家内の携帯に電話をかけたが、何回かけても電話に出ない。後で聞くと、充電が切れていたらしい。

この日、附属池田小学校出身で、学校近くに住んでいた義妹が事件のことを知り、自転車で学校に駆けつけ長男の無事を一番に確認してくれたそうだ。ただ、あまりに急いだのか、長男の無事を確認した後、貧血で倒れて体育館で横になっていたらしい。親戚とはありがたいものだ。

 

午後は資料を作っていても気が気ではない。インターネットのニュースが気になる。

実家の母親から携帯に電話がかかってきて、同じマンションに住む友人のお嬢さんが犠牲となったことを知った……

 

土曜日は学校で保護者説明会、そして亡くなったお嬢さんのお通夜。

翌日の神戸新聞に、お通夜に参列した私の後姿の写真が掲載された。幼い次男を左手で抱え、長男と右手を繋いでいる後姿に悲しみが満ち溢れていたのだと思う。

日曜日は、お嬢さんのお葬式。

 

寺田さんとは連絡を取り合っていたが、日曜日の午後に自宅に戻っても中間答申の資料作成に全く手が付かなかった。

 

「週末は大変だったことと思います。お察し致します。」

日曜日の夜、23時25分に受け取ったメールは、こう始まっていた。

 

 

結局、分担して作成するはずの中間答申資料は、寺田さんが全部作ってくれた。

この資料を送った後、寺田さんはご自身が月曜日に開催される研究所方針発表会の資料作成に着手されたようだった。

 

寺田さんはNTTのご出身。寺田さんは、この技術企画プロジェクトのため、NTTの各分野の専門家の方々にお声をかけていただいた。プロジェクトの顧問をお願いした電気通信大学教授の三木先生は元研究所長。当時は担当部長で、現在、副社長の篠原さんも「若い頃には寺田さんにお世話になったので」と講演をご快諾いただき、門真まで足を運んでいただいた。東海大学教授の三上先生、後日、秋田大学の教授となられた行松さんにも講演いただいたが、すべて寺田さんのネットワークである。

 

普段、研究所長は実務作業をすることはなく、運営方針、テーマや予算の管理等、マネジメント業務を行うことがほとんどであるはずだ。しかし、私が全く機能しなかった(できなかった)2日間、寺田さんは自ら具体的なデータ収集とそれにもとづく資料を完璧な形で完成させた上で、ご自身の方針発表会資料も作られた。

 

その上で、何気ない顔をして接していただける優しさに触れた時、寺田さんにリーダーのあるべき姿を見たのである。

 

「リーダーは、いざというとき自ら具体的問題解決ができないといけない」

 

 

寺田さんは在職中に癌で闘病された後、58歳で亡くなられた。もっともっと一緒に仕事をしたかったと思う。

 

寺田さんの死は、篠原さんが研究所長となったアクセスサービスシステム研究所との共同研究打ち合わせのため汐留を訪れていた日、社内広報で知った。

 

 

私は、寺田さんが亡くなられたときの年齢に近づいてきた。

「部下」という言葉は「下」の字に上下関係を感じて好きではないが、自分もスタッフを抱える身になった。

 

寺田さんのようなリーダーに少しでも近づいているか、時々、胸に手をあてて考えている。

 

 

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、店主三浦のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

 

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2016-09-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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