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メディアグランプリ

私はイギリスの世界遺産の登録対象になる旧ホテルに住んでいた。


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記事:弥恵(ライティング・ゼミ)

 

私は、お城に住んでいたことがある。

 

いや、妄想でも、私が姫だった訳でもない。残念ながら……。

当時の私は、食費を節約する貧乏学生だった。イギリスに留学することになり、私は一番安い寮に申し込んだのだ。学校には少し離れているが、駅のすぐ横だし、町の中心部にも一番近い寮だった。しかし、特にどんな部屋かも見ずに、とりあえず家賃の安さで申し込んだ寮だった。だから、期待など全くしてなかったのだ。

 

しかし、私はリバプールに到着してすぐに、度肝を抜かれることになる。

 

Lime Street 駅というリバプールの中心地にある駅を降りて、私は駅員に寮の場所を尋ねた。

 

「North Western Hallっていう寮なんですが……」

「あぁ、すぐ隣だよ! すぐ分かる! 日本人? 中国人?」

「日本人です」

「珍しいね! チャイナタウンはあるけど。ここに住んでる日本人はほんの少しだよ。グッドラック!」

 

気さくな駅員は、頼んでもいないのに、私の大きなスーツケースを駅の階段から降ろしてくれた。

 

「ほら、あれだ! あれが、君が住む寮だよ」

 

そう指差された建物を見て、私は驚いた。

「え……城やん……」

 

どう見ても、城だった。石造りの建物で、ハリー・ポッターに出てきそうな城だった。上の方なんか、まさにハリー・ポッターの世界で、とんがった屋根がツンツン飛び出ている。駅よりも大きいんじゃないかというぐらいの敷地面積。とにかく、日本では見る事のできない大迫力の城だった。

 

イギリスでは、昔の建物をそのまま現在も活用することが多い。私が住むことになった寮は、旧グレートノースウェスタンホテルと呼ばれ、世界遺産の登録対象にもなっていた建築物だった。ホテルが建てられたのは、なんと1879年……。1933年にホテルは閉鎖し、以来60年ぐらいは未使用のまま残されていたらしい。というか、110年以上もホテルとしてこの建物が稼働していた事が信じられない……。

 

キーをセンサーにかざしてお城に入ると、左側に管理人室がある。そこには、管理人のピートがいつも居る。いかにもイギリス人らしい坊主頭に赤ら顔、背は小さくて小太りの丸々したピート。管理人らしく、いつも怖い顔をしているが、実は優しいおじさんだ。

 

玄関ホールは長方形の吹き抜けになっていて、とても迫力がある。確か8階建てぐらいだったと思うのだが、玄関ホールから天井までその吹き抜けは続いていた。そして、その長方形を囲むように、螺旋階段がグルグルと上まで続いているのだ。1つ階を上る度に、その長方形をグルっと一周しなければならない。しかし、その造りがなんとも美しい。私はこの螺旋階段が大好きだった。

 

私は、こんなとんでもなく歴史のある、ハリー・ポッター調の建物に住む事になり、そしてこのお城でかけがえのない友達と出会い、螺旋階段を通して色んな風景をみる事になった。

 

私には、レバノン人と中国人のフラットメイトが居た。部屋は一人ずつ割り当てられているが、キッチン・バス・トイレは共同だ。

中国人のフラットメイトは、とてもシャイであまり部屋から出てこない。だから私は、レバノン人のローラと一緒に過ごすことが多かった。ローラは私と同じ大学のMBAに通っていて、レバノンでは英語の先生をしていた。びっくりするほどに英語がペラペラで、中学校の時の英語教師と思わず比較してしまった。彼女は既に結婚していて、デンマーク人の旦那さんがいる。ローラが留学している期間、2人は離れ離れなのだ。だから毎日スカイプで話をしていた。

 

私とローラは、お互い学校が終わるとキッチンでお茶をするのが習慣になった。それに、私がこのお城で一番仲良くなった、イギリス人のキャットという女の子も、よく私たちのキッチンに出入りした。彼女は黒人で、身長が180センチぐらいあって、横幅も大きい。オペラ歌手のような体型だ。

 

MBAに通うローラは頭がいい。私が課題をやっていると、教えてくれる。キャットは19歳だったが頭の回転が早く、ユーモアセンス溢れる。黒人独特のリズムで、よく私のキッチンでウォッカを片手に踊っていた。

キャットはいつも、「Hi, エンジェルズ!」と言いながら私たちのフラットに入ってくる。毎日3人でいるから、なんだかチャーリーズ・エンジェルの3人みたいだと、そう呼び始めたのだ。

「それに、管理人のピートはチャーリーズ・エンジェルのボズリーみたいじゃない? チャーリーじゃなくてね」

そうキャットが言うもんだから、私もローラも、何か困った事があると、「ボズリーにお願いしてみる?」と言いながら笑った。

 

 

「ヤエ。あなたダイエットでもしてるの? そんなに毎日階段登り降りして」

ある日、キャットは私にこう聞いてきた。私が、エレベーターを使わずに、螺旋階段を上り下りするからだ。

 

「違うよー、なんか螺旋階段好きなの」

「なんで? ただ階段が続いてるだけじゃない」

キャットはウォッカを飲みながら、怪訝な顔をする。

 

「だって、日本じゃこんな事なかったもん! 私が6階から階段を降りて来てるとするでしょ? そしたら、キャットが3階から話しかけてくるじゃない。上からと下からと歩いてきて、途中で2人が鉢合わせるって、なんかロマンチックじゃない? それに、吹き抜けだから、大声で喋ってるとピートに全部聞こえてるじゃない? 俺はお茶に誘われてないぞーってピートが叫ぶと、キャットこんな事言うの」

私は、ローラの方を向きながら話し続ける。

 

「ヤエの部屋のシャワーが壊れてるから、ピート直しに来てよって! なんか、この誘い方もすごくセクシーじゃない?」

私は、こんな螺旋階段でのやり取りが大好きだったのだ。だから、私は螺旋階段で上と下を行ったり来たりした。

 

一番、私の記憶に残っているお城の風景は、火災警報器が喧しくなった時のことだ。一度や二度じゃない。1週間に1回は火災警報が鳴る。火災警報なんてあまり鳴ることがない日本では、皆「訓練? うん、どうせ誤報でしょ?」という顔をするんじゃないかと思う。そして、特に逃げようともしない。

しかし、イギリスでは違った。警報が鳴れば、館内放送などを待たずに、皆一斉に部屋を出て、そしてあの螺旋階段を皆んなでゾロゾロと降りて行くのだ。すごい光景だった。恐らく500人弱が住んで居たんじゃないかと思われる、お城の全ての部屋から続々と人が出てくる。皆んな焦ることもなく、冷静に螺旋階段に集まり、そしてゾロゾロと降りて行く。世界各国から集まった学生が一斉にそこに集まってくるのだ。なんだか、民族大移動ってこんな感じだったんじゃないかと思ったりする。しかも、日本人みたいに荷物を持っていたりしない。持っているのは携帯だけ。パジャマでもおかまいなしに、皆んなどんどんその螺旋階段を降りて行く。スリッパのままで。

 

「ヘイ、ヤエ! 大丈夫?」

「キャット! 大丈夫! すぐ降りるね!」

「外で待ってる!」

 

そうやって下のフロアから私に笑いかけてくれるキャットに、私は手を振った。

相変わらず、耳をつん裂く様に火災警報は鳴り続けている。

 

途中、管理人のピートが、丸々としたボールみたいな体で、消防士達と一緒にぴょんぴょん螺旋階段を上って行くのとすれ違った。

 

「ピート! 何階から火事?」

そう、次々に学生達から声をかけられながら、ピートは赤ら顔をもっと真っ赤にしながら、「5階だ、ゆっくり降りろ! 転ぶなよ!」と言いながら、駆け上がっていく。

 

「ヤエ! グッドグッド! ちゃんと外に出るんだぞ!」

「うん! ピート、気をつけてね!」

 

私は、やっとお城の外に出た。既に大勢が道路に出ていて、消防車が何台か停まっている。少し寒い。上着を持って来ればよかったと後悔していると、キャットが私を見つけてくれた。

 

「キャット!」

「ヤーエ! おぉ、寒いのね。カモンッ!」

そう言って、彼女は両手を広げ、大きな体で私を包み込む。

 

「ねぇ、キャット。ローラ見た? 私が部屋出るときには、もうフラットに居なかったの。」

「ローラ、向こうにいるよ。ねぇ、なんかあったの? ローラ目が真っ赤だったよ」

 

やっぱり……。

火災警報が鳴る前まで、ローラは部屋でスカイプをしていた。英語で喋っていたから、多分旦那さんと喋っていたんだと思う。大声で……。多分喧嘩をしていた。

 

「ちょっと、ローラの所に行ってくるね」

 

そう言って、私はキャットと離れてローラの元に向かった。ローラは、小柄な体型だけども、髪の毛は天然にクルクルとパーマがかかり、とてもミステリアスな雰囲気がある。目がとても印象的で、日本人がイメージする、クレオパトラの様な容貌なのだ。とても美人だ。大きめの口だけど、唇の形がいい。

 

「ローラ! 見つけた!」

「ヤエ……」

ローラは私に振り向いたが、やはり大きな目が真っ赤になっていた。

 

「ローラ、大丈夫? 喧嘩したの?」

「もう、私たち離婚するかもしれない……」

 

彼女は突然そう私に話した。そうして、彼女の大きな目に涙が浮かんで来るのを私は止められなかった。遠くで私たちを見ていたキャットが、側に寄ってきてくれる。キャットは、私もローラもいっぺんに抱きしめた。そうしてキャットはローラが泣くのを、他の人に見られないようにしているんだろう。優しい子だ。その大きな体と同じぐらい、優しい心を持った子だった。

 

ピートが、中に入っていいと大声で叫び、私たちはお城の中に入った。誤報ではなく、本当に火事になりそうだったらしい。電気コンロをつけたままにしていたフラットがあったそうだ。

今度はあの螺旋階段を、また何百人がグルグル上がっていく。階が上る度に、人がどんどん少なくなっていく。

 

「おやすみ、また明日ね」

 

そう言って、皆んな自分のフラットに戻っていく。キャットのフラットは2階だが、私とローラと一緒にそのまま4階まで上がってくる。

 

「Hey Girls, 人生って螺旋階段みたいじゃない? こうやって同じ所を上ったり下りたり。毎日色んな人とすれ違って、皆んな自分の帰る場所に戻って」

「はは! ローラ、またキャットが詩人になってる。どうする、詩人キャットと一緒に朝までboys stuffについて語る? それとも、スカッとする映画でも見る?」

 

そう言いながら、私たち3人は私の部屋に入る。やっぱりチャーリーズ・エンジェルみたい。

 

 

それから、2日ぐらい経ってからだったと思う。学校が終わって、私とローラは、遊びに来ていたキャットと一緒に、キッチンでいつものようにお茶をしていた。ローラは旦那さんと連絡が取れないままで、その事を3人で話していた。キッチンには、電話がついていて、荷物とかが届くとピートがここに電話をしてくれる。その電話が鳴ったので、3人とも「ほら、ボズリーが呼んでる」と笑った。

 

「ヤエ。ローラは部屋に居るかい? ローラに飛びきり大きな荷物が届いてるから、階段においでと伝えて」

 

私は、そのままローラに伝えて、3人であの吹き抜けに出た。

 

「Hey, ピート!」

私たち3人は、吹き抜けから1階のピートに大声で話す。やっぱり、チャーリーズ・エンジェルみたいに私たちは声を揃える。管理人室の前に、1人男性がいて、玄関ホールのソファーには、いつも通り学生達が座って楽しそうに話していた。

 

管理人室の前に居た男性が、ふと私たちを見上げる。彼はそのまま、両手を広げて「ローラ!」と話しかけた。

ローラは、突然母国語で私たち2人に何事か伝えようとする。

「ローラ? もしかして?」

「My husband!」

「Oh my God! Go!」

私とキャットはそう言って、ローラのお尻を叩いた。

 

ローラの足音が吹き抜けに響く。私とキャットは4階の手すりに頬杖をついて、階段を駆け下りていくローラを眺めた。1階からは、旦那さんがローラの姿を確認しながら階段を駆け上がってくる。途中2人は、何度も目を合わせていた。

 

「ねぇ、キャット。そういえば、あそこのソファーに座ってる男の子。あの子私にキャットの事いっぱい聞いてくるよ。今度話してみたら?」

「Hmmm, 私より背低そうね」

「はは、そうかも」

 

そう話しながら、ローラと旦那さんが、2階と3階の間の階段でハグをしているのを眺めた。上からと下からと人が来て、階段の途中で鉢合わせる。やっぱりロマンチックな階段だ。

 

「キャット、やっぱり人生って螺旋階段みたいだね」

「だから、言ったでしょ」

 

そう2人で言って、拳と拳をコツンとぶつけた。

 

「おーい! このスーツケースどうするんだ?!」

下からピートが呆れたように、叫んでいる。旦那さんのスーツケースだ。

 

「ピート! ヤエのヒーターが壊れてるのよ! ついでに、スーツケースも持ってきてよ!」

そうキャットが白い歯を見せながら、ピートに話しかける。ピートは何事かブツブツ言いながら、工具箱とスーツケースを持ってエレベーターに向かって歩いた。

 

「それにしても、私の部屋はよく物が壊れるね」

「なんたって、古いから」

ウィンクをしながら、私のお尻を叩くキャット。4階まで上がってきたローラと旦那さんと一緒に、エレベーターの前でピートを迎えた。

 

「ピート!」

女3人に抱きつかれるピートは、やっぱりチャーリーズ・エンジェルに出てくる、ボズリーみたいだった。

 

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-09-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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