メディアグランプリ

カメラを手にした私は「上を向いて歩こう」を口ずさむ


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記事:SoL(ライティング・ゼミ)

 

「聞いて下さい! 私、一眼レフを買ったんです!」

 

意気揚々と報告する私に知人はたっぷりの間をあけて答えました。

 

「……なんで?」

 

彼女の質問は至極まっとうなものでした。

その数日前、いや、1週間前、いや、半年を遡っても、私がカメラを買うそぶりは全くなかったのです。

 

「前々から欲しかったんです!」

 

なので、私がこう言っても信じて貰えるはずはなく、

 

「いや、写真はないって言ってたじゃないか」

 

彼女は過去の私のセリフをそっくりそのまま今の私に言いました。

彼女の言う通り、私はカメラで撮影するもの、特に静止画に対しては消極的な意見しか持っていませんでした。

 

下手のもの好きではありますが、私は昔から創作活動というものが好きな人間でした。

幼いころから人見知りで口下手な私は、実際の口の代わりに自分を表現してくれる別の口が欲しかったのです。

 

そして、それが創作でした。

 

小学生では水彩画、中高生では油絵と小説、大学生ではそこに映像、ラジオドラマまで加わりました。そんな私が頑ななまでに手を出さなかったのが、そう、「写真」です。

写真を選ばなかった理由は明快です。

 

自分を表現する要素がないから。

 

ただそれだけです。

実際がどうかはさておき、つい最近まで私はそう思っていたのです。

絵は色や形を変えられる、小説や演劇は物語を入れられる、それによって自分を、自分の思いを表現する事が出来る。映像だって、物語を入れられるし、構成、構図、音、その他にも様々な要素で成り立っていて、自分の個性を組み込むには十分な空間があります。

 

けれど、写真は違う。

見たものを見たままに切り抜くだけ。

そこに私という人間が入り込む余地はない。

 

入り込む余地がない程に、そこには現実しかありません。

 

私は、私を表現してくれる、私の思いを表してくれる、そんな方法が欲しかったのです。

その役割を写真が満たしてくれるとは到底思えませんでした。

 

けれど、今の私には、私を表現してくれる口は、無用なものでした。

青春時代とは違い、主張することも主張したいこともありません。むしろ、空っぽな自分を見つめ続ける虚しさとそれを他者に見せることの恥ずかしさで、私は、私を表現してくれる口を捨てたいとさえ思っていたのです。

そんな私が、自分を表現するものの代わりに求めたのは、自分の外側にある世界を表現するものでした。

自分は空っぽだけれど、世界には価値あるものが溢れている。

それを伝えたい、それを届けたい。

そんな私には世界をありのままに切り取ってくれる写真はむしろ欲するものになっていたのです。

 

しばらくは高額ゆえに手を出せずにいた私ですが、時間をかけて悩みぬいてから買うぐらいなら、その間に撮影の練習をした方が良い! と思い、駅前の電気屋に飛び込んだのです。

結果、私は初心者の入門機ではあるものの、立派な一眼レフを首からさげるにいたります。

 

知識を修得する必要がありますが、それよりもまずは練習だと思い、休日の早朝6時、私は一眼レフをさげて散歩がてら近くの公園へ歩き出しました。

その道すがら、とりあえず気になったものにカメラを向けていきます。

コンクリート塀にへばりついた苔、排水溝に溜まった落ち葉、水たまり、端っこがさびた白いガードレール、こじんまりしたお稲荷さんのお社、その傍を細く伸びる暗い裏道等々。

公園に着けば着いたで、無人のベンチに落ちた木の葉やフェンスの向こうのグラウンド、幾何学模様の溝に松の葉が積もったアスファルトの地面、それらを次々と写真に収めていきます。

 

粗方気になるところを撮った私は、自分の撮った写真を見返してみます。

これぶれてるなだとか、ピントが合ってないだとか、構図が微妙といった事が最初は気になるのですが、段々と別の事が気になるようになりました。

 

なんだか、地面ばかり撮っている……?

 

正確には、自分の視線より少し下にあるものばかりを撮っているのです。

あれ? と思いながら、被っている帽子のつばに無意識に触れます。

その日は曇り空で、日差しは眩しいどころか、朝方という時間帯もあり、少し暗いようにも思います。そんな中で帽子を被って来たのは、紫外線を気にしてという女子力が高い思考でもなく、ファッションという思考でもなく、単純に――

 

他人の視線から逃れるためでした。

 

そう思って、はっとします。

そう言えば、最近やたらと目をそらすなと注意を受けます。

自分ではそんなつもりはないのですが、目が合った瞬間、私が目をそらすというのです。

そう言われて、確かに私は昔から誰かの目を見るのが苦手だったことに気がつきました。だから、私は誰とも視線が合わないように、そうです、考えてみると――

 

少し下を見る癖がありました。

 

 

自分を表現するものの代わりに求めたのは、自分の外側にある世界を表現するもののはずでした。

それまで私が写真に興味を持たなかったのは、見たものを見たままに切り抜くだけで、そこに私という人間が入り込む余地がなかったからでした。

 

私が見たもの

私が視線を向けるもの

 

それこそが私自身を表すものだと、カメラのシャッターを切るまで気づかなかったのです。

 

私は再度ファインダーを覗いて、それを少しだけ上に傾けました。

 

パシャリ

 

そこは曇り空でしたが、少しだけキラキラした世界がありました。

 

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-09-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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