メディアグランプリ

寡黙で怒りの沸点が低く亭主関白な九州男児が、泣いていたらしい。


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記事:弥恵(ライティング・ゼミ)

 

福山雅治が、お昼のトーク番組に出ていた。

祝日も仕事だった私は、お昼休みに休憩室のテレビをつけたら、たまたま出演していた福山雅治に萌えた。

 

うーん、やはりかっこいい。

エロい。大人のエロさがある。顔に出てきたうっすらとした皺さえかっこいい。

私は、普段は情報番組を見るのに、この日だけは「徹子の部屋」からチャンネルを変えなかった。

 

父との思い出を語る、福山雅治。

小さい頃、父親にタバコのお遣いを頼まれた彼は、近くの店まで行ったが父のタバコがなかったらしい。そこで彼は遠くの店まで買いに行った。

家に帰ると、母親が怒った顔をしている。

 

「あんた、どこまで行っとったとね! 心配するやないね!」

そう母親が怒る。しかし、父親はこう言って福山雅治を庇った。

 

「なんば言いようとや、こいつは俺のタバコを諦めずに買いに行ってくれたったい。こいつは、根性だけはあるったい!」

 

後にも先にも、父親から褒められた記憶はこれしかないらしい。私は、福山雅治が語る父親の話を聞きながら、私が父に褒められた時の事を思い出していた。長崎弁で喋る福山雅治の父親の姿が、なんとなく私の父親の姿と重なったのかもしれない。

 

 

私の両親は、私に不自由をさせることなく育ててくれた。裕福なわけではないが、ごくごく一般的な家庭だったと思う。贅沢をする訳でもなく、父は真面目に働いていた。特に趣味があるような人でもなかった。パチンコもしないし、タバコとお酒を飲むぐらい。休みの日に何をしているかと言えば、祖母と母がやっていた下宿屋の手伝いや、庭の手入れをしていた。

 

私は、父がどんな仕事をしているのか、実は未だによく知らない。

いつも作業服を着て仕事に行くから、ガテン系と呼ばれるような仕事なんだと思うのだが……。

しかし、図面も書くし、体力だけを使う訳でもないようだ。それに車の免許だけじゃなくて色々な免許を持っているみたいで、重機も扱える。家を建てた時も、基礎工事? とかは父がやっていたし、駐車場の屋根も父が休日の度にカンカンギコギコ音を立てて作っていたし、家の周りのフェンスも、なんかいつの間にか出来てた。大工さんではないらしいのだが……。でも、なんか、なんでもできる。だから、彼の休日は日曜大工というにはレベルの高すぎる、作業で終わっていた。

 

ベラベラ喋るわけでもない。それでいて九州男児なものだから、怒ると収拾がつかなくなる。しかも、彼の怒りの沸点は低すぎる。何がそんなに腹が立つのか理解出来ない。怒鳴り散らしていく内に、何に怒っていたのか分からなくなるような人だった。だから、あんまり子供を褒めるという事もなかったし、どちらかと言うと怒鳴り散らす父親に、私と弟はビクビクしていた記憶の方が多い。そんな父親に対して、私はあまり話をしてこなかった。

 

それでも、嫌いなわけではないし、社会人になれば父の日と誕生日には、それなりにプレゼントを渡してきた。お酒や、洋服や、お酒やお酒。要するに、父が何を好きか分からなくて、とりあえず、毎日飲んでいるお酒をプレゼントしてきた。

 

4年前だったか、ポール・マッカートニーのコンサートが福岡でも開催されることになった。連日テレビでも紹介されるし、新聞にもチケット発売の広告が出る。父は、その新聞を見ては、「おぉ、ポールのコンサート。いいねぇ」という事を言っていた。父がコンサートに行く姿なんか見たことがない。しかし、家の押入れには、ビートルズのレコードが所狭しと置いてある。どうやら、父の青春時代はビートルズ一色だったようだ。そういえば、私が中学生の頃、ゆずが流行って、私もギターを弾いていみたいと言い出し、父が持っていたアコースティックギターを借りて、コードを教えてもらった。父のギターへの情熱はその頃は冷めていたようだったが、私がギターを弾きだすと、彼は思い出したように自分もギターを弾きだした。歌は下手だが、ビートルズの全ての曲を耳コピしていたらしい父は、弾きながら歌っていた。

 

あぁ、そうか、ビートルズは父親にとって、彼の青春時代そのものだったのか。ポールの来日で、私は改めて父が好きなものを思い出した。

私が見てきた父は趣味など持たず、倹約しながら生活する父だったが、彼にも私のように恋をし、友達とケンカをし、バイクや車を買うためにバイトをし、そしてまた恋をし、ビートルズの歌に熱狂する時代があったのだ。

 

 

私は、ポールのコンサートチケット先行発売日に、時間きっかりにネットにアクセスし、一番高い席のチケットを2枚とった。コンビニで支払いを済ませ、チケットを受け取り、父に渡した。

 

「お母さんと行っておいでよ」

「チケットとれたとや?」

「うん、意外とサクサクとれたよ」

「お金は? 一番いい席やないや」

「いいよ、そんなの」

 

父はその時、驚いて喜んではいたが、照れているのか左程喜びを顔に出していた訳でもなかった。会話は2往復で終わってしまう。

 

 

 

コンサート当日。

平日開催だったコンサートに行くため、父は会社に、素直にコンサートに行く事を伝え、早めに仕事を切り上げてきたらしい。そして母と一緒にドームに向かったようだった。

 

私は、普段通り仕事をし、夜9時ごろ会社を出た。天神の街には珍しく、若者よりも父親世代が多かった。コンサートが終わったようで、おじさんたちが沢山うろついていた。みんな、とてもご機嫌だった。

 

家に帰っても電気は点いていない。珍しく、両親よりも私の帰りが早かった。

テレビを見ながら居間で夕飯を食べていると、駐車場に車が止まる音が聞こえた。ハイブリット車独特の、ウィーンという静かな音がする。父の車ではなく、母の車で行ったようだ。玄関がガラガラと開く音がし、ノシノシと足音が近づいてくる。父は、カラカラと居間の扉を引き、酔っ払って赤くなった顔だけ、ひょこっと出した。

 

なんだ、それ。可愛くなっちゃって。

 

「おかえり。どうだった? ちゃんとポール見えた?」

父は居間に入り、「社長! 今日はありがとうございました! しかし、夜はこれから! もう一軒行きますか!」ぐらいの乗りで、私にお辞儀をしながら、こう行ってきた。

 

「はい、大変良いコンサートでした! 一番の親孝行でした!」

 

なんだ、それ。

そんな事言う人だったのか……。

 

真っ赤な顔で上機嫌に、話をしている。ちょうど九州場所の期間と重なり、コンサートの前に相撲を見ていたポールが四股を踏んだとか、彼が喋る英語をリアルタイムで訳し字幕が出てくるとか、一番いい席の最前列だったから、人の頭が邪魔になることもなかったとか。

 

「お父さん、3曲目で泣き出したとよ!」

母が笑いながら、言う。

 

「えぇ?! 泣いたと?!」

「お前、俺が青春時代に聞きよった声が、目の前でそのまま、耳に入るとぜ! もう、どげんするや、これ!」

 

そう言いながら、ペラペラと父は喋り続けていた。喋り終わってからも、YouTubeでポールの大阪公演の映像を見ている。そしてまた、あの上手くもない歌を歌っていた。

 

あんなに上機嫌で帰って来た父を、私は初めてみた。

それに、頭を下げながら感謝されたのも初めてだった。「親孝行」と言われたのも初めてだった。九州男児ってこんな人たちみたいだ。寡黙で怒りっぽくて、褒める事もめったにない。愛情表現が下手。

 

しかし、この時の父が、本当の父の姿だったのかもしれない。

恐らく子供が出来てからの数十年、彼は自分の事は後回しにしてきたんじゃないか。自分の趣味や好きな事を後回しにして、家庭のことに時間を費やしてきたんじゃないか。子供がみんな独立した今、やっと彼は自分の人生をまた歩めるようになったのかもしれない。

私はそんな事には気付かず、なんて頑固で怒りっぽくて、自分の思う通りにならないと癇癪を起こす父親なんだろうと思っていた。毎日不機嫌で、食卓が暗かった幼少時代。父は父なりに、中間管理職というヤツでストレスが溜まりながらも、家庭にお金を入れ続け、そして私たちを育て上げてくれたんだろう。父と遊んだ記憶は正直ない。しかし、孫と遊んでいる父を見ると、あぁ、私もこうして遊んでもらっていたのかもしれないと、記憶を手繰り寄せてみようとする。でも、やはり私の記憶の中にはない。そんなものなのかもしれない、父娘なんて。

 

父へ。

あとは、好きな事やって暮らしてください。

 

 

いやー、しかし、長女の私が30を超えても嫁に行けてないのは、彼にとって最後の悩みの種なのかもしれない……。

 

すまん、父。

 

***
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2016-09-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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