マイ・ドクターGの背中を追って
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記事: 村井 武さま (ライティング・ゼミ)
NHKに「総合診療医ドクターG」というテレビ番組がある。ドクターGとは、ドクター・ジェネラル、総合診療医の意味。様々な診療科にまたがる症状を横断的に診て総合的な判断を下すことを専門とする医師のこと。
番組では、微妙に、劇的に、あるいは絶望的に診療のつかない難しい症状を呈した患者を前にして、ドクターGが若い研修医たちを督励し、あれこれ口頭試問しながら総合的に診療をつけていく。SNSとも相性のよい人気番組のひとつで、ツイッター上の有名人である某ドクターは、この番組を解説するユーストリームを独自に流すこともあるほどだ。このユーストは図らずも副音声解説になってまた興味深い。
ドクターGが専門分化が進んだ現代医療では非常に貴重な存在であることは素人にもわかる。
自慢ではないが、子どもの頃から身体が丈夫ではなかった。今でもあちらこちら、ちょくちょく不調が起きるたびにあちこちの病院をはしごするなどと、情けないことも少なくない。
現代の医療はどんどん専門分化しているから、その症状を専門とするドクターにピタリとあたれば、本当に効く薬や治療をして頂ける。さんざん苦しんだ症状が一夜にして消えたりすることも度々だ。
しかし、問題は、その専門医に辿りつくまでのこと。この症状ならこの先生の専門だろうと「あたり」をつけて通い、先生も「任せておきなさい」といわんばかりの顔をして、投薬、注射してくれるものの、いくらたっても症状の改善がない。詳しい説明もない。どうしたのかな、厄介な症状なのかな、と思っていると何度目かの通院時に突如として
「あのね、ここから先は○○科が専門だと思うから、そっちに行って下さい」
と宣告され、ズッコケることも少なくない。冗談ごとでなく、結構多いのだ。そんな先生に限って紹介状は書いてくれない。こちらもわかっているのでお願いしない。
「専門が違うなら、早く言って下さいよ」ともちろん声には出さないが、心で叫ぶ。
この先生にも病院にもうお世話になることはないな、と思って、またネットでドクターショッピングを繰り返す。あぁ、こういう無駄が医療費を膨らますのだな、と思うと申し訳ない気持ちになる。
そんな無駄なやりとりの後でやっと巡り合えた「専門医」に行って、お薬手帳と共にそれまでの診療経緯を伝えると
「え、この状態で、この薬をこんなに長く出してたの!どこの先生?……ふーん。調剤薬局は何か言いませんでしたか?」
などと患者である私が元関係者一同を代表してお叱り頂くことも度々。
こんな経験を繰り返すと、調子が悪い時にはまず信頼できるドクターGに診てもらって、そこから必要に応じて専門医に振り分けて頂くのがいいよな、と思わざるを得ない。
気になるのは番組に出てくるドクターGはだいたいが大学病院を典型とする大病院勤務の先生であること。こういう入り口での判断をしてくれる医師が、いわゆる町医者、家庭医としても、たくさんいてくれたらなぁ、と思う。
と、文句のひとつも書いてみたが、実は私も長いことドクターGと呼べる名医のお世話になっている。内科を中心に診ておられるのだが、「どこがどうということもないのだけれど、どうも調子が悪くて」という不定愁訴を含めて、この先生のところにいくと、大概、的確な診断をつけてくれる。私はこの先生に30年近くお世話になっていて、カルテが電子化される前には紙のカルテをばっさばっさめくって「この前発熱したのは……」とやっておられた。
ドクターGとしてのK医師の診立てが鮮明に印象に残るのは、頭痛と発熱で先生を訪ねた時のこと。時あたかも新型ウィルスエンザが日本にも侵入しかけていて、
「海外から帰国して発熱したら、まず保健所に連絡を」
と呼びかけられていた年だ。
アメリカ西海岸への出張から帰国し成田から自宅に直帰した夜、私は自宅で発熱した。
アメリカにいる間、新型インフルエンザに話題が及び「日本からマスク持って来た」という私にあきれたアメリカ人の同僚は
「日本人は何でも怖がるからなー。新型っていってもインフルエンザだぜ?仕事なんかしないで、あったかくしてじーっと寝てるのが最良の治療だぜ?」
とからかわれて、こちらも
「このビビリ具合が日本人の強さだからさ」
などとかみ合わない漫才みたいな掛け合いをやった記憶もある。
帰りの成田空港では「発熱している方はこちらへお申し出ください」「帰国後発熱したら医療機関へ直接行かないで、保健所へ連絡を」という禍々しいポスターをさんざん見せつけられていたので、熱の上がった体温計を見て、真夜中近くではあったが、慌てて保健所の夜間対応窓口に電話をする。当時は夜間受け付けが開かれるくらいの厳戒態勢だった。
「今日、アメリカから帰国しました。さっきから熱が出まして」
「何度ありますか?」
「37.8度です。平熱は36.8度なんです」
「頭痛は?」
「します」
「咳は?」
「出ません」
「うーん、これは新型インフルエンザではないと思います。明日の朝になって急に熱が上がるようなことがなければ、かかりつけ医に行って頂いて大丈夫です」
その夜は、あまり寝付けなかった。朝になっても微妙な発熱は残っている。
臆病な私は、朝一番で、もう一度別の東京都の新型インフルエンザ対応窓口に電話をかけ、昨夜と同じやりとりをした挙句「かかりつけ医に行って下さい」という指示を受けた。
初夏の暑い日だった。汗をかきながら、辿りついたかかりつけ医。「今日はどうしました」という窓口定番の質問に、海外帰りで発熱したことを告げる。
窓口には少しの緊張が走り、
「このマスクをしてください。あちらでお待ち頂けますか」
と言われ、いつもより詳し目の問診票を渡される。
気がつくと順番も繰り上げてくれたようで、早めに診療室に呼びこまれる。
お馴染の先生が笑顔で迎えてくれた。
「あぁ。発熱ですね。海外出張ですか」
「はい。昨日帰国しました」
「検査してみましょうね」
鼻に細い管だか紙だかを入れられて、試料はすぐに検査に回された。
二十分ほど経過して、再び診療室に呼びいれられる。
「お待たせしました。ご心配でしたね。でも、これは新型インフルエンザではありません」
良かったー。まずは一安心。ところが先生は続ける
「ただ、問診票にお腹が少し痛むって書いてありますね。こっちが気になるな。ちょっとベッドに寝て、お腹みせてもらえますか」
問診票の腹痛にマルをつけていたことすら忘れていた私。「先生、それはなんともないですよ」と心中思いつつ、腹部の触診を受ける。
先生は、お腹をあちこち押しながら
「ここ、痛くないですか」
「そうですね……そう言われレは少しは」
「ここも少し張ってるな……うーん」
先生の顔が曇る。新型インフルエンザの話のときより「困ったな」具合が強い表情。
先生は続ける。
「今日、この足で○○大学病院に行く時間ありますか。これね、虫垂炎、いわゆる盲腸ですね、その疑いがあるんですよ。今日のうちに調べた方がいいから」
虫垂炎……。
お馴染ではあるが、思いもしなかった病名。下腹部に痛みが走るというくらいの知識はあったし、これまでもそのあたりが痛くなると「虫垂炎ではあるまいか」と自分で心配したことはあったものの、ここでそうくるか。偶々問診票にあった項目に、「そう言えばちょっとシクシクするかな」くらいの気持ちでつけたマルで、そこまで……。
半信半疑というか、まぁ、慎重を期してくれたのだろうな、きっと無罪放免に違いない、くらいの気持ちで、紹介状を持って大学病院へ。
腹部CTやら、採血やら複数の検査を受けて、出てきた数多くのデータを手にした大学病院の医師と向き合う。
「えーと、村井さん、つい昨日まで海外出張していたと……出張中、発熱とか腹痛、吐き気はありませんでしたか」
「あー、そういえば、ずっと胃が張っていて、軽い吐き気がありました。食欲はなくて。ただ、時差とハードスケジュールの疲れだと思ってました。とにかく身体はだるくてミーティングの間はぐったり座ってました。あちらは食事の量も多いから、食欲ないのも当然かと思ってまして……」
「あなた、アメリカにいる間に虫垂炎を発症してたはずです。今はもう炎症も収まりつつあるし、腫れも見えるか見えないかで、自然治癒の過程にありますから、開腹手術の必要はありませんけれども、一週間は服薬を続けて下さい。痛みが出たら夜間でも構わないので救急外来にいらしてください」
ピタリ、虫垂炎だった。
私は、虫垂炎診断にちょっとゾッとしつつ(アメリカで、あるいは往復の機内でひどくなっていたら……)、それよりもマイ・ドクターG、K医師の診立てに感動していた。
問診票のマルひとつと私の表情で、一週間前の虫垂炎を見抜いてくれていたのだ。
K医師はこんな具合に私の身体を救ってくれたことが何度もある。先に述べた「外れ」のお医者さまたちは内科とはかなり離れた部位の不調のケースなので、さすがに内科を主として診ているK医師に意見をもらうことが憚られたケースなのだ。
かくも私の身近にドクターGはおられる。
しかし、いつまでもK先生だけに頼る訳にもいかない。
地域では名医のひとりと言われ都内の四分の一ほどの地域一帯から患者が押し掛け、入院設備も持った中規模病院を経営していたK医師。近傍の都立病院や大学病院からも救急患者の受け入れを依頼されるほど信頼され、土日祝日も病院を開き、院長として一人勤務でもふつうに患者を診ていた。古い表現ではあるが、私にとって「医は仁術」を体現する医師だった。
それが、どうした事情か、まだお元気に見えるのに10年ほど前に病院を閉鎖。私の自宅からは少し遠いところで若手医師を院長とする小規模のクリニックの顧問医へ転じられた。
新しいクリニックは家からの距離も遠くなった。先生自身、還暦も過ぎておられるので、いつまでもこの先生がおられる安心感に浸ってもいられない。次のドクターGを探す時期かもしれないし、実際、より近いところに若くて信頼できる先生も開業している。
それでも私は現役でおられる間は、K医師をドクターGとして頼り続けようと思っている。それは単にこの先生の医師としての技量を信頼するからだけではない。
私には、いくつかの分野の先輩、仲間、恩師、私淑する師匠などで「この人がどう生を全うするのか。特に職業人生、社会的な人生をどう終えるのか見届けたい」と勝手に思っている人たちが何人かいる。それは老若男女、世間的な先輩後輩、上下を問わない。申し訳ないのだが、その方の生涯、少なくとも社会的生涯の終え方を見届けたいと思う一群のひとたちがいるのだ。(もちろん、私が先にこの世から失礼する可能性だっていくらもあるのだが。)
K医師もそのひとりだ。この先、先生がどう後継者を育てるのか、いろんな課題を抱えているこのエリアの地域医療にどんな解決策、ヒントを投じていくのか、診立ての力は変化するのかを含めて、時々ガタが来るこの身体を診て頂きながら、先生の生き方をも見せて頂きたいと思っている。
その時を想像すること自体、あるいは失礼なのかもしれないが、先生の人生の閉じ方は、虫垂炎を見抜いてくれたときのような感動をもたらすものになるのではないか、とまったく勝手至極に思っている。医師として、人間として、先生はきっと見通しのよい人生を送られると思うのだ。
【10月開講/東京・福岡・全国通信対応】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜《初回振替講座有》
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