腰が引けるようなチャンスほど、自分の頭だけで考えない方が上手くいく
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:深谷百合子(ライティング・ゼミNEO)
「こんなことができたらいいな」と思っていても、それを実現できるチャンスは簡単にはやってこない。けれども、何の前触れもなく、ある日突然舞い込んできたりする。自分でつかみ取りにいったのなら覚悟もできているが、不意に目の前に現れると、なぜか怖じ気づいてしまう。
それは私がつかみに行っていいのだろうか?
本当に私にできるのだろうか?
期待に応えられるだろうか?
だけど、「やります」と踏み出さなければ、次はない。何かが変わる時の第一歩は、ワクワクというよりビクビクするような、そんな恐れから始まることが多いかもしれない。
汗ばむような初夏のある日、買い物に出かけた先でブラブラ歩いていたら、知人から1通のメッセージが送られてきた。
「県の事業で、企業に勤める若手女性を対象にしたワークショップがあります。そこで、何か話をしてくれませんか?」
願ってもない話である。声をかけてもらえただけでありがたい。
「もちろん、喜んで」
何の迷いもなく、私は返事をした。
大勢の人が集まる場所で話をしたい。それは私にとってやってみたいと思っていたことのひとつだった。自分の経験したことが誰かの役に立てるのなら……。そんな風に思っていた。
ところが、詳しい話を聞いて私は腰が引けた。
ワークショップのテーマは、女性のキャリア・ライフプランに関するものだったからだ。特にワークライフバランスについて話をしてほしいという。
女性のキャリア・ライフプラン、ワークライフバランスと聞いて、真っ先に思い浮かんだのが出産、育児のことだった。でも、私には育児の経験がない。気軽な独り身である。行きたい会社に転職するために引越しもしたし、出張、異動も誰に気兼ねすることなく、自分の気持ちひとつだけで自由にできた。
働きたければ帰宅時間を気にせず、夜遅くまで働いた。帰宅が遅くなり、夕食をコンビニのおにぎりですませても、誰にも文句は言われない。休日は全部自分の時間である。
そんな私が、女性のキャリアとか、ワークライフバランスについて語れることなどない。そもそも私は、子どもを産み、育てたことがないことに引け目を感じていたし、今の世の中が求める「働く女性のロールモデル」にはなり得ないと思っていた。
ワークショップを運営する関係者に、私はそんな自分の不安を打ち明けた。
「仕事と育児を両立した経験のない私に、話せることがあるでしょうか?」
「周りに育児をしながら働いていた女性とか、いませんでしたか?」
「それが、職場は男性ばかりで……。身近にそういう女性はいませんでした」
「ご友人とかお知り合いはどうですか? どなたかに聞いてみてはどうでしょう?」
「そうですね、当たってみます」と答えたものの、具体的な顔は思い浮かばなかった。私と同世代の友人は、たいてい結婚か出産を機に仕事を辞めている。当てのないまま、数日が過ぎた。
週末の夜、私はシャンソンのライブ会場に来ていた。ステージに立つ同級生の歌を聴きに来たのだ。艶やかなドレスを身にまとい、スポットライトを浴びながら、情感を込めて歌う彼女の姿を見て、「仕事以外にも打ち込めるものがあるっていいな」と思っていた。そのとき、ふとひらめいた。
「そうだ、彼女に聞いてみよう」
彼女は会社を辞めずに働き続け、もう長いこと管理職も務めている。結婚して子どももいる。25年以上前、今ほど制度の整っていなかった時期に育児と仕事を両立してきたのだ。そして今は、バリバリと仕事をする一方で、シャンソン歌手としても活躍している。そんな彼女の歩んできた道のりは、誰かの勇気になるかもしれない。
「今度、子育てをしていた頃のことや、仕事の話を聞かせてよ」
とお願いすると、「うん、いいよ」と彼女は快諾してくれた。
「私はね、自分がお母さんでいることがとても辛かったんだ」
彼女は育児に対する自分の本音を包み隠さず話してくれた。毎夏海外出張のため、子どものピアノ発表会に参加できなかったこと、仕事と育児以外に自分の成長を感じられるものがなければ息が詰まってしまいそうだと感じていたこと、昇進や今の役職について感じていることなど、率直な気持ちを話してくれた。私が頭で想像していたよりも、はるかに生々しく、リアルな心の叫びがあった。私ひとりの経験では語ることのできない話がいくつもあった。彼女の話を聞いて、「この話を伝えたいな」と思う人の顔が何人か浮かんだ。皆、仕事や育児のために何かを諦めたり、我慢している人だった。
最初は当てがないと思っていたけれど、その気になって探してみれば、話を聞けそうな人は周りに沢山いた。年代も様々だ。私はその人たちにお願いして、仕事や職場の話、今後のライフプランなどについて、話を聞かせてもらった。
「もうすぐ定年なんだけど、再雇用制度を利用してそのまま会社に残るか、それとも自分で何かを始めようか、どうしようか迷っているのよね。でも、具体的に何をやりたいのか分からないのよ」と、次の道を模索している人。
子どもを持つ前に昇格しておこうと頑張っている人もいれば、出産を機に会社を辞め、育児をしながらキャリアチェンジを目指している人もいた。会社に育児を支援する制度はあるけれど、実際の職場は旧態依然とした雰囲気で、辞めざるを得なかったという人もいた。
管理職になったけれども、同期や年上の部下にどう接していいか悩んでいる若い女性がいる一方で、管理職になれないまま50代を迎え、仕事の内容と役職の不一致に悔しさを感じている人もいた。
「夫の転勤で仕事を辞めたんだけど、あの時辞めずに続けていたら……と思うことがあるのよね」という人と話をした時には、昔、私が会社に対して抱いた違和感を思い出した。昔、私が勤めていた職場に転勤してきた男性は、単身赴任をするかしないか随分悩んだという。結局、奥さんが仕事を辞めて、小さな子どもと一緒に引っ越してきた。その話を聞いて、「うちの会社は、自分のところの女性社員のキャリアについては、色んな制度を設けて考えるようになったけれど、社員の家族のキャリアのことまでは考えてないよね」と話したことがある。そんな記憶が甦ってきた。
50代半ばから働き始め、76歳になった今から、さらに新しいキャリアを切り開こうとしている人もいれば、「今だから分かるんだけど」と内に秘めた後悔を、涙ぐみながら話してくれる人もいた。
そうした様々な人の話を聞くうちに、「女性のキャリア・ライフプランといっても、育児の話ばかりではないんだな」ということに気づいた。定年後の人生まで含めてどう生きるのか。今直面している育児との両立という壁をどう乗り越えるのか。私はその答えを自分の経験に照らして示さなければと思っていたから腰が引けていたのだ。そうではなく、私が聞いた沢山の「生の声」を伝え、ワークショップの参加者ひとりひとりに「自分ならどうするか」を考えてもらえばいいのではないか。
そう思うと、「私なんかに話せることはない」と怖じ気づいていた自分は、もうどこかに消えていた。
自分の持っている情報や経験なんて、限られている。それに、ワークショップに参加する人たちが聞きたいのは私の経験ではない。私は「材料」なのである。ワークショップの参加者が、これからの自分の未来を考えるときのひとつの材料にすぎない。材料ならば、できるだけ多い方が選択肢が広がる。私個人の、偏った材料だけでなく、より多くの人たちの話を伝えること。それが私のやるべきことなのだ。何でも自分の頭だけで考えなくてもよかったんだ。こうして人の力を借りた方が、伝えられることが数倍にもなる。そう気づいて、肩の力がふっと抜けた。
「自分にできるだろうか?」と思うような物事がやってきた時は、腰が引けるものだ。でも、間違いなくチャンスである。できるからやってくるのだから。でも、腰が引けるような物事ほど、自分だけでどうにかしようと思わない方がいい。自分の中にあるストックでどうにかするより、調べたり、人に聞いたり、自分で体験してストックを増やしていけばいいのだ。そうすることで、自分自身も成長できる。
「引き受けた時には、何を話そうかと思ったけれど、沢山の人の話を聞けたことで、伝えられることができてきたかな」
そう思った時、電話が鳴った。10年以上前、会社員時代に地域の活動でお世話になった市役所の人からだった。
「お久しぶりですね。県の事業のチラシを見まして、お電話したんです。実は私、今年4月から男女共同参画の職務についているんです。今度、市役所の方でもイベントを計画しておりましてね。そこで話をしてもらえませんか?」
「それはもう、ぜひ。喜んで」
私は今度は腰が引けるどころか、前のめりになって返事をしていた。
***
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