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記事:小野勝秋(ライティング・ゼミ)

 

「おい、K君はまだ来ていないのか?」

「おかしいですね、30分前には駅に着いていたはずなんですけど」

「なんだよ、またそれか……」

 

またいつものパターンである。みなすっかり慣れてしまっている。

 

史上最強の方向音痴K君は、駅から徒歩3分のこの場所でも道に迷う。初めて訪れる場所で迷わずに到着することはまずない。

 

不思議なことだが、本人は自分が方向音痴であることを自覚している。だから準備には余念がなく、前日に地図を印刷し何度も場所の確認をする。赤ペンで駅の出口や道順を書き込み、完璧と言っていいほどのマイマップを作成しているのだ。

 

それなのに迷う。まっすぐ目的地に到着することは、宝クジの一等当選確率より低い。

 

遅れた理由を聞くと、その度に信じられないような応えがが返ってくる。

 

あるときは

「お年寄りに道を聞かれて案内しようとしたら、自分が迷ってしまいました」

またあるときは

「前の人が同じ目的の人だと思って付いていったら、全然関係ない人でした」

もっともスゴイ理由は

「電車の中で金縛りにあって、目的の駅で降りられませんでした」

 

ここまでくると毎回理由を聞くのが楽しみになってくる。

 

 

K君は以前勤めていた会社の後輩で、たしか僕よりも7つくらい年下だった。初めて会ったのは、今からもう20年以上も前で、当時は携帯電話などなく、K君と待ち合わせの時はただ待ち続けるか、あきらめて見捨てていくしかなかった。

 

K君は入社したときから、ひと目見ただけで、ただ者ではない何かを感じさせる人物であった。その第一印象通りに、入社以来彼の奇行エピソードは数知れず、僕が知っているのはほんの一部であるが、作り話でも思いつかないような信じられない話がいくつもある。

 

 

僕が勤めていた職場では、文書に印鑑を押すことが頻繁にあり、シャチハタなどの三文判を自分の机の引き出しに常備して、いつでも押せるようにしている。

 

しかしK君の場合は、常にカバンの中に印鑑を入れ持ち歩いているのだ。まあそれ自体はそんなに珍しいことではないのだが、K君のスゴイところは、三文判だけではなく実印や銀行印までも、自分で所持している全ての印鑑を、カバンの中に入れているのだ。しかもケースに入れずむき出しのまま、輪ゴムでまとめている。

 

普通のサラリーマンであるK君が実印や銀行印を使う機会などほとんどないはずで、そのことを人に指摘されても「いや、いつ必要になるかわかりませんから」と言って、頑なにその習慣を変えようとしない。

 

 

ある日、ランチタイムに話が盛り上がり、仕事が終わった後ナイター競馬に行こうということになった。

 

僕とK君を含めた5名で、大井競馬場に向かう途中の品川駅でのことだった。

 

K君の後ろを歩いていた僕の足に、何かが絡みつくような変な感触があった。何か紐のようなものかと思ったが、人混みの中ではっきりと確認することができなかった。

 

不思議なことにその異物の感触は、ずっと途切れることなく絡みついてくるので、さすがに気味が悪くなり確かめてみると、その紐らしきものは、どうやら前を歩くK君から出ているようだった。

 

状況がよく理解できなかった僕は、階段を上りきったスペースでK君を呼び止め、通行人の邪魔にならないように、隅の方に連れて行った。

 

そして、紐状のものの正体を確かめてみると、おどろいたのとおかしいのとで、その場にひっくり返りそうになった。そこには信じられないようなとんでもない光景があった。

 

なんと異物の正体は、K君の履いているズボンの左足脇の糸がほつれたもので、裾から腰まで完全にほつれてしまっていたのだ。

 

K君の左足は完全に露出されていて、まるでチャイニーズパブのコンパニオンが着ているチャイナドレスのスリットのように、とんでもなくセクシーな状態になっていたのだ。

 

これにはみんな唖然として、しばらくは言葉を発することができなかった。

 

とにかくこのままでは競馬場に行くどころか、その場を全く動けない。みんなで対策を練った結果、駅員室で事情を説明してホチキスを借りてくることにした。

 

K君にホチキスを渡しトイレで留めてくるように促すと、K君は完全に開いてしまっているズボンの脇をカバンで隠しながら、妙に艶っぽい体勢でトイレに向かった。

 

悪代官に襲われた町娘のような後ろ姿が、やけになまめかしかった。

 

 

 

そんなK君は、システム開発についてはおそらく能力はあったのだろうが、段取りとか調整とかそういった仕事に必要なノウハウは、まったくの苦手分野であった。いつも上司に注意されるのだが、毎回のように同じ失敗を繰り返していた。

 

ファッションに関してはまったく無頓着で、会社には年中同じスーツ同じ靴で通い続け、週末は同じジーンズを履いて過ごしていた。

 

女性に関してもまったく奥手で、交際どころかプライベートで話すことさえも、ほとんどできなかった。興味がないわけではないことは、本人から聞いていたのだが、そのために努力することもなかった。いろいろとアドバイスしてみても、「ええ、そうですね」というだけで実行することはなかった。

 

おそらく、自分が変わることを恐れていたのと、それよりも変わった自分を人に見られることが、どうしようもなく嫌だったのだろう。

 

 

 

時が流れ、周囲の同僚たちが昇進したり結婚したりする中で、取り残された形のK君は、だんだんと孤立していった。

 

もともと酒が強い方ではなかったが、懇親会に行って周囲の気をひこうとしてなのか、無理に飲んで酔っ払って、前後不覚になるようなこともしばしばあったようだ。

 

そんなある日僕は、K君から退職の相談を受けた。以前から耳鳴りがひどく、治療を試みているのだが、原因がわからずにまったく回復しないとのことだった。

 

人事部長だった僕は、退職しても再就職のあてがないのなら、休職して治療に専念することをすすめ、彼はそれを受け入れた。

 

 

その後、僕は会社を辞めてしまったので詳しくはわからないのだが、結局K君の症状は一向に回復せずに、休職期限を待って退職したそうだ。

 

いまになって気づいたのだが、K君が少しでも普通の行動ができるようにと、僕たちが彼にアドバイスしていたことは間違いだったのだ。本当はいちばん彼が言って欲しかったのは「別にそのままでいいんだよ」ということだったのではないのか。ただ一方的に押し付けてしまった僕たちの行動が、彼の心をじわじわと追い込んで、原因不明の病にさせてしまったのではないのか。

 

いま彼が何をしているかはわからないし、いまさらやり直すことはできないが、もしいま彼に出会うことがあったのならば、迷わずにこう言ってあげたい。「いまのK君がいちばんK君らしくいきいきしているよ」と。

 

 

 

そうそう、あのナイター競馬の日、結局K君はホチキスで留めたズボンのまま競馬場に行き、彼独特の理論で馬券を買って、それが大当たりして新しいズボンを買ったんだった。

 

もしかしたら彼は、僕たちには想像もできないような天才だったのかもしれない。

 

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-10-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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