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芸人になりたいんじゃない、ツッコミになりたいんだ


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記事:石村 英美子(ライティング・ゼミ)

キングオブコント2016を観た。興味のない方も、結果くらいはネットニュースなどでご存知だろう。優勝者はライス、一番ネタが好きだったタイムマシーン3号は4位、大好物のかもめんたるは5位だった。

疲れた。面白かったけど疲れた。

私は、愉しむはずのコントを、課題研究のように見ていた。4分間の笑いの中に詰まったものを「何か盗めるものはないか」と凝視していた。そして観終わって、オツムから少々煙が出てしまっていた。

芸人さんに心から憧れる私は、こうやって無駄とも言える努力を怠らない。でも結局、私ごときには特に何も盗めはしなかった。そりゃそうだ。何事も、盗む側にもそれなりのスキルが要る。

世の中には、うまいこと切り返したり、絶妙な喩えで人を笑わせたり、そういうことを元々上手くやる人がいる。きっとテレビに出ている人たちは、そう言った元のスペックが高い人々の中で、そこに努力して勝ち上がってきた来た猛者たちだ。

気が遠くなる。
気軽に「憧れる」とか「羨ましい」なんて言うのも不遜だ。

でも、やっぱり思ってしまう。
おもしろくなりたい、と。
少なくとも、つまらなくなくなりたい、と。
せめて一言ツッコんで、一矢報いたい! と。

一億総ツッコミ時代みたいなのに対する批判があるけれど、それとはまたちょっと違う。これは、個人の個人による個人のためのコミニュケーションスキル向上の問題なのだ。

ちなみに私はツッコミ担当だ。相方は居ない。
でもツッコミ担当なのだ、昔から。

昔、師匠から言われた事を思い出す。

「どんな偉い人でもな、ボケはったらツッコまな失礼になるんやで?」

当時、私にはツッコミの師匠がいた。
もちろん私は一般人なので、芸人さんとしての師匠ではない。しかし師匠は、「元・芸人」だった。

「なんや! 石ちゃんしかおれへんの? ま、ええわお茶ちょうだい!」

カーテン屋のN川さんはコテコテの関西人で、元・○○新喜劇の役者さんだった。私がバイトしていたギャラリーのオーナーの友人で、店舗を構えていないN川さんは、しょっちゅう遊びに来た。N川さんはダブルのスーツを着て、そこはかとなく胡散臭かった。

N川さんはよく喋った。ぶっちゃけ、うるさかった。もう一人のお友達、葬祭業のM社長と仲良くなって、二人でギャラリーに居座って喋り倒すので、正直面倒くさいな、と思っていた。

N川さんは、車とカタログだけで商売ができる、というそれだけの理由で、オーダーカーテン屋を始めたそうだ。確かに注文が入るまで在庫を持つ必要はない。
三人の子を養うため芸人を辞めて、奥さんの実家で商売を始めたというが、それは建前で、きっと芸人として見切りをつけたのだろう。

それでもさすが元芸人さんだけあって、トークのスキルが高かった。展示会等に参加した時には、プロのMCのお姉さんのお株を奪う司会ぶりで、イベントステジージを盛り上げた。

素直に「すごいな」とは思ったが、同時に「これくらい面白く喋れても、芸人さんとしてはダメなのか」と、心が寒くもなった。

「なぁ石ちゃん、営業行くねんけど、付いてけぇへん?」

ある日、N川さんからなぜか営業に誘われた。(あなた、私の上司じゃないですよね?)と思ったが、ギャラリーのオーナーには許可を取ったという。N川さんはカーテン、私のバイト先は絵画販売、確かに「新築一戸建」という営業ターゲットは同じだ。下っ端の私に断るという選択肢はなかった。

N川さんは私を助手席に乗せ、アポを取った営業先までかっ飛ばした。前にもN川さんの車に乗せてもらった事があるが、狭い道でもバカみたいにスピードを出す。怖い。このおっさんと死にたくない。カーテンの分厚いカタログを抱きしめながら、私は勇気を出して言った。

「ちょっと、スピード出しすぎじゃないすか?」

しかし、N川さんの口から出た言葉はこうだ。

「石ちゃんも、そう思うかぁ。カミさんにもよう言われんねん」

違う違う、そういうことじゃない。そして、あまつさえもっとスピードを上げた。

「いやいやいやいや!なんで踏むんですか!!」
「そうかー? ほな戻すわ」

N川さんはニヤニヤしながらアクセルを戻してくれた。

「初めて石ちゃんに突っ込まれたわ」
「そうですかね。心の中ではいつも突っ込んでますけどね」
「思ってんのやったら、言うたらええねん」
「言えませんよ、そんな、目上の人とかに」
「ちゃうねん! そこがちゃうねん! 分かってへんわぁ!」

N川さんは一呼吸おいて、こう言った。

「あのな。どんな偉い人でもな、ボケはったらツッコまな失礼になるんやで?」

N川さんはもう笑っていなかった。

営業先での結果は振るわなかった。N川さんは廉価盤のカーテンを数セット、私は小さい版画を1点だけ売って帰路に着いた。でもN川さんが言った事が妙に耳に残っていた。

その日以降、私は、はしゃぐおっさん達に少しずつツッコむようになった。とっさに言葉が出ないため、ほとんど「おい」「こらっ」「待って」「えっ?」「いやいやいやいや」の五段活用だけで乗り切った。

タイミングよく言えた時には「その調子や」とN川さんはニヤニヤ笑った。うっかり口ごもると「言わんのかい!」と、逆にツッコまれた。なんだかいつの間にか、師弟関係のようになっていた。

センスが有る無しは別として、私はこの頃からツッコミ担当になった。

この緩い師弟関係は、N川さんが姿を見せなくなるまで続いた。M社長と何かで仲違いしてしまい、私のバイト先のオーナーとも疎遠になったようだった。

あれから。
長い年月をかけて、私はこういう結論に至った。N川さんは、こう言いたかったのだと思う。
「ツッコミとは否定ではなく肯定である」と。補足すると、内容の肯定ではなく、相手の「存在に対する肯定である」と。だから、相手が誰であろうと「ツッコまなかったら失礼」なのだ。

N川さんはあんなに易しい言葉で教えてくれたのに、当時の私はほとんど分かっていなかった。多分、今でもあまりうまく飲み込めてはいないのかも知れない。ただ、目の前の相手を黙殺するような、愛のない事だけはしたくないと思う。

そう、ツッコミは愛だ。そうだそうだ! 我ながらいい事言った!! だからピースの「男爵と化け物」はあんなに面白いのか!!!

師匠? あまり良い弟子ではありませんでしたが、私は今でも、というか今さら腕を磨こうとしています。そして今はあなたを師匠だと思っていますよ。当時は少し、イヤでしたけれど。

師匠N川さんが今、どうしているのかは知らない。もう顔も忘れてしまった。でもあの胡散臭い立ち姿と、舞台芸人然とした、歩幅の大きい歩き方を時々思い出す。

実は、師匠が芸人さんを辞めた理由を、後になって人から聞いた。芸人の先輩の奥さんだか彼女だかに手を出して、もめ倒して大阪に居られなくなったのだという。しかもあろうことか、師匠の奥さんは臨月だったのだという。芸人を辞め奥さんの実家に入ることを条件に、奥さんには許してもらったんだそうだ。

サイテーだ。人としてサイテーだ。
しかし私は嬉しかった。師匠は、面白くなかったから芸人さんを辞めた訳じゃないのだ。全然違う理由だったのだ。そう思ったら無性に嬉しかった。サイテーだけど。

もし今、私からツッコミの師匠に何か言えるとしたら、こう言ってやろうと思う。

「何してんですか! ツッコミどころ満載じゃないすか!!」

大きな声で高らかに。そして愛を持って。

 

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