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メディアグランプリ

17歳年上の男を死ぬほど愛していた頃


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:松田Tommy(ライティング・ライブ東京会場)
 
 
車窓をぼんやり眺めていたら目に飛び込んできた。
「ありがとう汐留ウィンズ」
ウィンズ。場外馬券場。競馬の馬券を買うところ。その文字は汐留ウィンズの20周年を祝っているようだった。
そういえば、場外馬券場に通っていた時期があったっけ。
もう忘れかけていた、ある男との思い出が一気に蘇った。
 
19歳の頃、一人の男と知り合った。男は17歳年上の36歳。人生で社交辞令以上に交わることはないと思っていたこの年上の男と7年も付き合うことになるとは。この時は思ってもみなかった。
その時私には恋人がいた。大好きだけどすれ違いが続き、あまりうまくいっていなかった。とても苦しかった。
「俺と付き合わない? きっと合うし、楽しいよ」男に言われ、辛さから逃れたくてあっさり乗り換えた。
 
男との付き合いはフワフワと楽しかった。なんというか、「肌が合う」のだ。恋人は何人もいたけれど、こんなに身も心も合う人は初めてだった。
横浜の自宅から男の家のある東京の外れまで行く。最寄りの駅から徒歩15分。もどかしくていつも走っていた。週末は常に一緒だった。
 
ある時、男が「競馬をやってみたい」と言い出した。もちろん私もやったことはない。2人で場外馬券場へ行き、見よう見まねで馬券を買う。当たると天丼を食べて帰った。負けたら立ち食い蕎麦だ。そのうち男はどうやったら当たるかを研究し始めた。研究は思いのほか功を奏し、大きな金額が手に入るようになった。そして男は会社を辞めた。
 
いつも当たるとは限らない。お金も見る間に減っていく。見兼ねてもっと安いところに引っ越すようにお願いした。できれば私の自宅近くに。近くに来てくれるなら引っ越し代は出す、と伝えた。出すといったものの、社会人1年目の私にはお金がない。仕方なくカードローンで借り、50万渡した。男が選んだのは横浜の場外馬券場の近くの古アパートだった。
 
無職の中年男と社会人1年目の二人。街中、公園、私たちはどこに行っても目を引いた。でも、場外馬券場ではあまり目立たない。そこには色んな人達が来ていたのだ。
ベテランっぽいオジサン。水商売のママ風の女性。堅気っぽくないお兄さん、お姉さん。サラリーマン風の人。そして同じような年の差カップルもいた。
 
いつの間にか男は出かけなくなり、買い物は私の役目になった。頼まれた馬券を買い、食料を買い、男の古アパートへ行く。
一人で場外馬券場へ行くと「お姉ちゃん、いつもの彼氏はどうした?」と常連のオジサンに声を掛けられた。前は一緒に来て、とても楽しいデートだったのに。なんとなく女の影もチラつくような気がした。
寂しかった。
 
だんだんと駅からの道のりも走らなくなった。あんなにフワフワと楽しかったのがウソのように、一緒にいても孤独を感じることが多くなった。
しかし変わらず肌だけは合う。会っていないときは恋しくて苦しい。会っても苦しい。でも会わずにいられない。この場所に来ずにはいられないのだ。
これは魔物だ。もうここから逃れられない。逃れる手段がない。そう思っていた。
 
転機は意外なところから来た。男の父親が病気になり、実家に帰ることになったのだ。
一緒に来ない? と男は私に言った。
一緒に行く。それは結婚して地方の田舎に住むことだ。24歳の私には荷が重く、男が実家に帰る時期が来ても答えが出せなかった。
 
私たちは離れて付き合うことにした。ベストな選択ではないが、これしか今は選べない、いずれ時期がきたら答えが出る。いい方に。そうお互い思っていた。そして3か月ぶりに合う男とは新鮮な気持ちで向き合えた。久ぶりに一緒に場外馬券場に行って、近くで安い天丼を食べる。楽しかった。
そして私はこの時少しだけホッとしたのだ。大丈夫、まだ好きだ。そしてホッとした自分に驚いた。気のせいだ、男も変わらず愛してくれている。そう、気のせい。この男を愛さなくては。
 
遠距離恋愛になって3年、いつの間にか久しぶりに会う嬉しさより、自分の用事を優先したくなっていることに気が付いた。3年前に蓋をした感情が育っていることがとても悲しかった。
自分でかけた呪いが解けてしまったのだ。
 
男には、3日間会えるはずが私の都合で1日しか会えなくなったことをなじられた。男の胸の上に涙がポタポタと落ちていく。
「どうしたの? こんなに愛しているのに。泣かないで」
そう言われても、もう「私も」と言葉を返せなかった。「愛」と言う言葉が重かった。
 
気が付いた感情はもう、押し殺すことはできない。これは愛なのか、ただの情なのか。ただただ毎日が苦しかった。いっそのこと死んでくれたらいいのに。そうしたら諦めがつく。そんな恐ろしいことを思いながら一人で泣いた。
 
ある日、新幹線のホームで見送りをしていた時についに言葉がこぼれた。
「ゴメン、もう会えない。愛しているけど、辛い。今までありがとう」
もう、魔法は解けたのだ。
男の顔は見ていない。そしてあれから男には一度も会っていない。
 
ひどい別れ方だったと思う。とてもとても不器用で自分勝手で幼い恋愛だった。
でも確かに愛していたし、愛されていた。場外馬券場にも街にもデートした公園にも、私たちの愛は存在していた。男の全てが愛おしかった。
 
場外馬券場にはあれから一度も行っていない。
 
 
 
 
***
 
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2022-10-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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