仕事を3カ月で辞めたゆとり世代の私が、職場で期待される理由。
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記事:南のくまさん(ライティング・ゼミ)
「まぁ、ロースハムでもやるから食べ。ほら」
ダイエット中なのでと、支給されたのり弁には手を付けずにコンビニのサラダを隅っこでボソボソと食べていると、先輩が手持ちのロースハムを差し出してきた。あのスーパーとかに売ってある、4枚入りが3パックで連なって売っているハムだ。
「あ、ありがとうございます」と小さな声で私はぎこちなくお礼を言う。
聞こえたのか聞こえていないのか、先輩は「あー台湾行きたいよぉ」とスマホ片手に嘆いた。ナチュラル志向の今どきめずらしい、濃い目のアイラインにバッサバサの睫毛。完全に「ギャル」だが、彼女はれっきとしたこの道十数年の白衣の天使、看護師だ。
私もスマホを取り出し、ロック解除をする。そこで「あっ」と気づいた。
―今日は入職日だ。今日、私はこの病院に勤めてやっと3年目に突入する。
看護学校3年間を経て、「はたらくぞー」と意気込んで入職した病院をたった3カ月で私は退職した。あれだけ苦労して、平均睡眠時間3時間を乗り越えて手にした国家資格だったが、自分の経歴に傷をつける事になるのも厭わず私は看護師を辞めた。
環境が悪かったのか、人間関係が悪かったのか。いや、違う。今、改めて思えば私は自分に飲み込まれたようなものだった。
患者さんに優しい。細やかな気配りが出来る。仕事熱心、勉強熱心。
きっと一般的な看護師のイメージはそんな感じだ。加えて、現場では冷静で迅速な判断力や、得られる情報からの分析力、またその情報を得るための観察力、分析するだけの知識・技術力が問われる。
入職当時、それらひとつとして私は身につけていなかった。
もともと看護師としてのセンスがあるかと聞かれれば、「ない」と即答できる。
私は不器用だし、気が利かないし、観察力もなく、おまけに頭もよくない。看護学校時代は、学力・技術力テスト共に、よく再テストを受けていたほどの落ちこぼれだった。
そして、そんな私の最大の弱点はコミュニケーション能力の低さときたもので、それに既存の「人見知り」が加わりコミュニケーション能力の低下に拍車をかけていたのだから、社会人として問題ありありだったと思う。私はそんな自分自身が嫌で仕方がなかった。
自分に欠点や嫌いな所があると、余計に周りより自分が落ちこぼれているように思えてくるのだから不思議だ。入職して、同期と肩を並べて働いていくうちに私は徐々に自分の作り上げたネガティブな波に飲み込まれていく。
私は他の同期のように、先輩にスムーズに話し掛けられないし、わからないところを聞くことが出来ない。
私は他の同期のように、先輩の言ったことをすぐに理解出来ない。
私は他の同期のように患者さんとうまく話せないし、患者さんが突如亡くなっても涙を流すことが出来ない。
私は冷めた人間でダメだなぁと思っていた。
そして私は、次第に患者さんを看ていない自分に気付いた。自分が一生懸命に見ていたのは、人工呼吸器やモニターや、透析器などの医療機械が打ち出している数値だけで、自分の足元すら見えなくなっていたのである。
仕事以外は勉強や研修に行く時間に充てたものの、不思議なことにそれは逆効果だった。わからない事が多すぎてそれに対してまた自己嫌悪に陥ってしまった。
自分の「闇」に飲まれてからは、のらりくらりとやる気のない日々を過ごし、私は早めの夏季休暇を一週間取った後、気付けば1番偉い人の目の前で、まっさらなA4用紙に「辞表」と書き込んでいた。
そうして忍耐の「に」の字もなく、私はあっけなく3カ月で看護師を辞めたのである。
それから2年間、完全に「医療」とかけ離れた生活を送った。普通のOL生活は楽しかったし、看護一色だった世界では出来ないことをたくさん経験出来た。後にも先にもあれほど銀行に通い詰めることはないだろうし、あれほどコーヒーを淹れることもないだろう。名刺を持つこともきっとないだろう。だが、看護を嫌いになったわけでもなかった。なんだかんだ医療ドラマは熱中して見ていたし、看護学生時代の友人とも交流はあったわけだ。
そして2年前、縁あって今の病院に私は入職する。また頑張ってみたいと決意して。今の病院は、小さな個人経営の病院で最初に入った病院の半分ほどの規模だ。
看護師としてほぼ経験がない私を、1番偉い人は「制服、Mサイズでいいよね?」と面接の段階で受け入れてくれた(本当に人手不足で困っていたのだろう)。
久しぶりに白衣に身を通し、病院へ足を踏みいれると消毒液の臭いがして冷汗をかいた。うまく乗り切れなかった2年前の記憶の中の自分が嫌でも頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えるのを繰り返した。
しかし、迎え入れてくれた先輩はあっけらかんとしていた。
「ま、とりあえず毎日仕事に来ることからだね」
私の経歴をざっと聞くなりそう言ったのである。
え、それだけ?と、拍子抜けしてすうっと肩の力が抜けるのがわかった。
入職してから2カ月は「まずは病院に慣れなさい」と、看護師としてではなく介護士に混ざって仕事をし、ひたすら環境に馴染むことから始まった。オムツ替えやトイレの介助、食事のお手伝い、医療廃棄物の処理、シーツ類の管理……。慣れるまでが本当に大変だった。「もう辞めないから」と意地張って家族に言ったもののやっぱり辛い。仕事に行く前は、必ずロッカーでOLを辞める時に先輩から送られてきた頑張れメッセージに何度も目を通した。
もともと看護師としての経験値がほぼゼロの私である。思い出す作業よりも、新たに知識を仕入れる作業のほうが圧倒的に多かった。わかっていない事を自分でわかっておらず先輩に指摘され「あっ」と気づく。そんな日々の繰り返しで落ち込まない日はなかった。
出来ない技術はひたすら先輩のやり方を目で見て盗んだ。この道云十年の先輩の腕は確かだ。わからないことは聞いた。時にチンプンカンプンなことをしでかして、ぎょっとされた事もあったが先輩は根気強く教えてくれた。
安全で正確な医療の提供は当たり前のことだが、それを当たり前に提供できるのは、結構難しい事でそして重い責任を伴う。だからこそ、私は必死に先輩の後を追っかけていた。
ネガティブで心配性な私であるからこそ、自分に自信がない私であるからこそ、徹底して食いついていった。出来ない自分、欠点のある自分を受け入れるようになってからは、自分の目の前のことに集中出来た気がする。
そうして気づけば私は今日この日を迎えていたのだ。
先日、「新人看護師へのアドバイス」というテーマで作文を書かせられたことがあった。あ、私もう新人じゃないんだな、などと呑気な事を考えつつ、私はこのエピソードを作文にしたためた。
すると、返却されたその作文に添えられた先輩からのコメントにはこう書いてあった。
―日々努力する姿にこちらもいい刺激を貰っています。これからのあなたに期待しています。
ふと最近、おもむろにフェイスブックのメッセンジャーを開いてみた。これを見るのはいつぶりだろうか。あの頃何度もロッカーで読み返したメッセージである。
これを見ずとも、白衣を着れるようになったのはきっとあの頃より少しでも成長できたからだと信じたい。
「昨日より今日の自分、今日の自分より明日の自分が、ほんの少しだけ成長出来るように前進し続けて下さい。やらなくて良い理由・出来ない理由を探す前に、どうやったら出来るのか考える大人になって下さい。誰の人生でも無く、自分の人生ですから」
まだまだ修行の身だ。3年目の私は今日も白衣を着る。
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