メディアグランプリ

恐怖を感じる能力は人間にとってすごく大事だから、むやみにオフにしない方がいいけれど


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田光(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 
ドキドキしながら最初の一歩を踏み出してみた。
歩道のアスファルトを力強く歩く。うん、怖くない。
私のすぐ横を後ろから来た大型ダンプが、音を立てて走り去った。ゴーっという音とともに、琵琶湖にかかる大きな橋がゆらゆら揺れる。でもやっぱり怖くない。
「体を意図的に恐怖を感じない状態にすれば、危険な状況に置かれても心は恐怖を感じない」を、ここで改めて体感した。
高所恐怖症で高いところが死ぬほど嫌いな私が、秋風と自動車からの横風に煽られながら、揺れる橋を平気で歩いているのだから間違いない。
実は数か月前にもこの橋を同じように歩いて渡ったことがあって、そのときには膝がガクガク震え、心臓はバクバク大暴走して破裂しそうだった。
しまった、こんなことやろうなんて思わなきゃよかったと激しく後悔しつつ、
「ここは平地、ここは平地」
と頭の中で念仏のように唱えて歩き続けたのは、3年前からお世話になっているオンライン英会話の先生に前日、「明日は琵琶湖という日本一大きな湖にかかる橋の真ん中から、琵琶湖を望む風景を見せてあげるね」と約束していたからだ。そうでなかったら、とっととUターンしていたはずだ。
琵琶湖大橋には幅の広い歩道兼自転車道がついていて、いつ見てもウォーキングやサイクリングを楽しんでいる人の姿がある。あんなにがっしりした大きな橋だもの、自分だって普通に渡れるんじゃないかとたかを括っていた私は、己の高所恐怖症レベルを完全に舐めていた。ものすごく怖かった。
 
だからその後、古武術を通じて体の使い方を教えてくれる稽古会に通うようになって、「このようにすれば体は恐怖を感じなくなりますよ」と、ある手の組み方を教えてもらったとき、自分の高所恐怖症が克服できるかどうかを、どうしても試してみたくなったのだ。
その稽古会に通うようになったきっかけは、今年で8年を迎える在宅ワークだ。あまりに体を動かさないので、日常生活の中で体が衰えないような対策を講じなければ、10年後には寝たきり真っ逆さまだと危機感を感じるようになったのだ。コロナ禍で在宅ワークの人も増えたので、同じように感じている人も多いだろう。
スポーツができる人なら何かのスポーツサークルに入ればいいかもしれないが、子供の頃から筋金入りの運動音痴の私には、その選択肢はない。
これにも頭を縦に振る人は、案外多いんじゃないかと思う。
 
学生時代に最初はみんな、「大丈夫だよ〜ドンマーイ!」などとフォローしてくれていたのに、だんだんと声がけが少なくなり、最後には冷やかな空気がコートに流れるなか、大差をつけられて試合が終わっていた……なんて経験はないだろうか。
短距離走やマラソンなど、個人で完結するような陸上競技ならまだいいが、運動音痴にとってチームプレーは最悪だ。「ホント、ごめん!」と何度もチームメートに謝りつつ、頭の中では早く授業が終わらないかと時計を何度もチラ見する。
 
だが、そんな人にも朗報だ。稽古会に通うようになって分かったのだが、「体を使いこなすこと」と「スポーツができること」はまったく別の話なのだ。明治や大正に撮影された庶民の写真を見ると、小柄な女性が大きな荷物を涼しい顔で背負っていたりするが、これは力のあるなしももちろんあるだろうが、それだけのものを担いで移動できるような体の使い方を当時の人がしていた、言い換えれば人間の体にもともと備わっているスペックを最大限に活用していたからこそできることであり、もちろん運動神経はまったく関係ない。
そんな話を聞いて、だったら私にもできるかもしれないと勇気が湧いた。
 
こうして、コンプレックスを刺激されることなく、重いものを持つ、立ち上がる、座る、歩く、寝たきりの人を起き上らせる、楽な姿勢で立つ、といった誰にでもできそうなことから自分の体の使い方を変えるのは、やってみて分かったがとても興味深いものだった。え? たったこんなことで? といったほんの小さなことで、たとえばそれまでは重さのレベルが10だと思っていたものが2くらいに激減してしまうからだ。
  
こうなると、体を使うことがどんどん楽しくなってくる。パソコンデスクの前に座っていてすら、両方の足の裏で缶コーヒーの空き缶をコロコロ前後に転がしている。こうすることで足のだるさが軽減される。
重たいレジ袋の持ち手を手に食い込ませながらぶら下げていた日々にもさようならだ。自分の体なのに知らないことだらけだったことにも驚きながら、体を使うのがどんどん快感になっていった。
 
そんなある日、稽古会で教わったのが「恐怖を感じなくなる体の状態」だった。
人の心が怖さを感じているとき、体の中では横隔膜が上に上がっているのだそうだ。ということは、横隔膜が下がっている状態を人為的に作ってやると、どんなに怖い状況に置かれても、「怖い」という気持ちが起きなくなるというのだ。
そして先生は、ある手の組み方をするように私に言うと、私の頭めがけて木刀を振り下ろした。もちろん寸止めだ。だが全然怖くない。普通、こうした場合は思わず目を閉じたり、体がビクッとなったりするはずだが、そうした反応が一切起こらなくなるのだ。まさに平常心。
だが同時に、本来「危険を恐ろしいと感じ取る能力は、危険を避けるために生来備わっている能力。それをオフにした場合、危険を感じなければ死に至るような場面で、危険を回避できない可能性がある。やっぱり怖さを感じるべきところでは感じるべきだと思う」とも教わった。
だったら、たとえば人前でスピーチするのがものすごく緊張するといった場合は、こっそりこの手の組み方をしていたら平常心で話せますかね? と伺ったところ、それは大丈夫だと思う、とのことだった。恐怖心が失われても命に関わる事態を招かないのは琵琶湖大橋を歩いて渡るのも同じだから、私の高所恐怖症に対しても有効かどうか試してみよう、と思ったのだった。
  
結果はすでに記したとおり、大成功だった。
これならこれからもときどき、琵琶湖湖上ウォーキングを楽しめそうだ。
そして私は自分の体が持つ、自分がまだ知らない可能性があることを知って、体への興味が深まる一方でもある。運動不足の人や体を気持ちよく使いたい人のほか、アハ体験に飢えている人にとっても、古武術は格好のツールだと思う。嘘だと思うなら、騙されたと思って一度体験してみてほしい。「私の体、こんなことができたのか!」と驚くこと間違いなしだ。
 
 
 
 
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2022-11-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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