生きてるだけでみんなかわいい
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:星有希(ライティング・ゼミ10月コース)
「かわいい」という感情は、私が日々抱くさまざまな感情の中で、おそらくもっとも出現頻度が高い。
そうなった最初のきっかけは、「ききちゃん」という犬との出会いだ。
ききちゃんは保護犬で、ボランティア団体さんから譲り受けた。これが、とんでもなくかわいい犬だった。甘えん坊で、人間が床に座っていると脚の間に入ってきて、丸まって寝てしまう。寝室のある2階の階段をチョンチョン登ってきて、布団の中に潜り込んでくっついてくる。ききちゃんと出会ったその日から、私は一日に何度も「かわいい」という感情を抱くようになった。
数年後、かわいい存在が一つ増えた。夫である。
性格に裏表がなく、穏やかで、いつも優しい。体型は全身ムクムクとしている。あまりふざけたりはしないのだが、ふいに鼻歌を歌ったりしている。彼は不本意なようだが、彼の容姿や言動すべてを、私はかわいいと感じた。すると彼の所持品や、彼が録画した番組も、すべてかわいいと感じるようになった。実家を離れてききちゃんとは一緒に暮らせなくなってしまったが、今度は夫に対して、私は毎日「かわいい」という感情を抱くようになった。
さらに数年後、かわいい存在がもう一つ増えた。子どもである。
生まれたばかりのころは、お世話に不慣れで緊張していたため「かわいい」という感情はあまり湧いてこなかった。しかし自分に余裕が出てきて、子どもも成長してさまざまな表情や行動を見せてくれるようになると、ものすごくかわいいと思うようになった。ちょっとしたことでさも嬉しそうに笑ったり、「まんま」「でんしゃ」などと憶えた言葉を一生懸命繰り返したり。「かわいい」という感情が、常に沸き上がって止まらなくなった。
そしてこの「子どもがかわいい」という発見は、私を思わぬ域へと引き上げた。
自分の子どもがこんなにかわいいのだから、他の子どもも同じように、とてもかわいいのだろう。そしてこんなにかわいい子どもはみんな、将来どんな大人になっても、一生かわいいだろう。ということは老若男女問わず今生きているすべての人間が、かわいいのではないか。
そんな思想に行き着いてしまったのである。
他人からしたら、ちょっと気持ち悪いと思う。しかし私はこの思想が我ながら気に入った。朝の通勤の人混みも「やだなあ」ではなく「みんなで頑張って出勤しようね」とプラスに捉えられるのである。
ちょうどそんなふうに考えるようになったころ、たまたま本で、マザー・テレサの名言を目にした。世界平和のためにできることは何かと聞かれて、「家に帰って家族を愛しなさい」と答えた、というものである。マザー・テレサはここで「家族」と表現しているが、要は「身近な人を大切にしなさい」ということだと私は理解した。そして「私の考え、マザー・テレサと似てるじゃん」なんて思って誇らしい気持ちになったりした。
しかしその後、この崇高な思想は、私という人間では実践が難しいことを思い知った。
つい先日のことである。友人と2人で居酒屋に生き、楽しくお酒を飲んで、そろそろ帰ろうかと店を出た。すると一人の男性が、道路脇の柵にしがみつき、膝をグラグラと揺らしている。明らかに様子がおかしい。思わず友人も私も立ちどまった。酔っ払っているだけかもしれないが、犯罪につながるような危険な人物の可能性もある。私は「早く行こう」と友人を急かした。しかし、友人は動かない。しばらくすると男性は柵から手を離してヨタヨタと歩き、どっしんと仰向けに倒れてしまった。幸いリュックを背負っていたために、頭を打たずに済んだ。やはり酔っているのである。
よく見ると、その男性はさっきまで同じ居酒屋にいた客だった。常連客のようで、店のお母さんと話しているところを見ていたので、覚えていたのだ。友人は「お店のお母さん呼んでくる!」と言って店に戻っていった。私はその場に残り「大丈夫ですか? 今お店のお母さん来てくれますからね」と声をかける。男性は「ありがとうございます」申し訳なさそうに答える。すぐにお母さんを連れて友人が戻ってきた。あとはお母さんにバトンタッチして、友人と私は帰路についた。
私は反省した。男性は一人だが、こちらは二人だった。友人も私も健康なので、いざとなったら全速力で逃げることだってできる。ならば「危険な人物かもしれないが、酔っ払って助けが必要なのだとしたら放っておいては危ないから、様子を見よう」という判断をすべきだった。マザー・テレサに近いのは、明らかに私ではなく友人だった。
今日も私は、子どもや夫、そして実家にいるききちゃんを「かわいい」と何度も思いながら生きている。そしてやっぱり、すべての人間がかわいいという思いも抱き続けている。
道のりはまだまだ遠そうではあるが、周囲の人々の行動に学びながら、反省しながら、崇高な思想を少しでも実践に結びつけていけたらと思う。
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