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知らない人の結婚披露宴に出て、すべての女は女優なのだと思った

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:石村 英美子(ライティング・ゼミ)

「本日はおめでとうございます」
「ありがとうございます」
「雨上がってよかったですね」
「本当ですね! よかったです」

披露宴受付の女性にはにこやかに応対してくれた。
袱紗から祝儀を取り出し、促されるまま氏名住所を記帳した。祝儀袋は、ちゃんと紅白の結び切りを用意した。下手なりに筆ペンで丁寧に名前を書いておいた。しかし、その中には1円も入れていない。

佐賀の高速インター近くの結婚式場に、我々は福岡から5人で乗り込んでいた。これからお仕事の始まりである。分類としてはおそらく「エキストラ」だろう。

聞いたことが有るかもしれない。披露宴で新郎新婦の招待客のバランスをとるために、人を雇うのだと。なんでそんな事になるのか私には分からないが、結婚は家同士の問題なので、エキストラを使ってでも体裁を保ちたいというのなら、それはどうぞご勝手に、である。

しかし、今回の依頼は少し事情が違っていた。
新婦側の「友人が皆無」なのだという。

この一週間ほど前。
当時手伝いに行っていた劇団主宰の女性から連絡があった。着飾ってフルコースを食べて帰ってくるだけで一万円のバイトがあるというのだ。何て楽そうなバイトだ。興味を示すと、事前打ち合わせに来いという。

国道沿いのファミレスに主宰の女性を含む五人が集まった。それぞれ知っている女たちだった。全員、地方小劇団の女優だった。クライアントを待つ間、バイトの概要を聞いた。結婚式のエキストラであると。なるほど、多少の演技力が必要なので、劇団あてに依頼があったというわけだ。

程なく、二十代後半の女性が現れた。
ラフな服装をしているが、綺麗だった。失礼ながら特に美形な訳ではなかったが、ふんわり美しかった。幸せオーラなんていう言い回しは陳腐だけど、きっとそのようなものなのだろう。

「みなさん、ご足労いただいてすいません。ヒトミと言います。よろしくお願いします」

拍子抜けするくらい普通の女の人だった。皆で目玉焼きハンバーグやミックスグリルを食べながら、当日の段取りに関して打ち合わせをした。

彼女の地元の友人という設定にすること。
祝儀袋には記名のみで空で良いこと。
ボロが出るので二次会はうまく断ること。

その他、あまり派手にしないことや、それぞれ卒業後はほとんど会ってない設定にすること、一人が友人代表スピーチをする事も決めた。何か一つ決まる度に、ヒトミさんは「あっ! いいですね! それでいきましょう!」と明るく笑った。

「招待客どうしようかって思ってたんですけど、そうだ! お芝居やっている人に頼んでみようって思いついたんです。で、ネットで探したら結構あるんですね!」
「でも、それでなぜうちへ?」
「だって佐賀の人だと、誰かと知り合いかもしれないじゃないですか。だから福岡で探したんですね。そしたら〇〇劇団さんの所在地:東区って! わたし九州高校なんです。実家は香椎駅東です」
「あぁ、元は福岡なんですね」
「はい! だからここだ! って思って。香椎周辺とかわかります?」
「えーと、はい。みゆき通りとか」
「みゆき通り! 懐かしー!!」

女ばかりお約束の、話が横道にそれたり戻したりで和やかな打ち合わせだった。食事が終わり、それぞれがドリンクバーで飲み物のお代わりを運び終えた頃、皆が引っかかっていた事をヒトミさんは語り出した。

「あの、変だと思いますよね。地元の友達がいないとか」

さすがに「そうですね」とは言えない。ヒトミさんは続けた。

「子供の頃、母が離婚して、その後再婚したんです。そして今度は母は出て行っちゃったんですよ。だから義理の父に育ててもらったんです。父は一生懸命だったんでしょうけど、わたし十代の頃けっこう荒れたんですね。高校も中退して夜中にうろついて。父に叱られても、他人のくせにうるさい! とか言って、ますます悪いことするようになって」

悪いこと、の内容までは言わなかったが、本当にけっこう荒れていたようだ。当時つるんでいた子たちは、召集に従わなかったら家に押しかけたり脅したりするような、なんというか「本格的」な子達だったそうだ。

「それで、どんどん悪くなってどうしようもなくなって、これじゃいけないって、ある機会にあの人たちと縁を切るんだ! って決めたんです」

ある機会にの「機会」はおそらく法的な何かだと思われた。重い空気の中、ヒトミさんはこうも言った。

「あの人たちに絶対会いたくないし、今どこにいるのか絶対知られたくないんです。途中で抜けたから何されるかわからないし。だって旦那さんは私の過去知らないんです。結婚決まって父ともやっと和解できて、だから絶対失敗したくないんです」

おそらく10年くらい前のことだろうから、今更仕返しもないのでは? とも思ったが、確かにあの手の人たちの執着はすごい。ヒトミさんが恐れる気持ちはわからなくはない。シーンとした中、参加者の一人が言った。

「それくらい、そんなに心配しちゃう位、旦那さんの事が好きなんですね」

ヒトミさんの目がキラリと輝いた。涙が光ったわけではない。そして「はい」と言った。普段だったら、なんじゃそりゃ! とでも言いたい所だが、この時は素直に良かったね、と思った。

披露宴は盛大だった。
新郎側の出席者は職場の同僚が大半を占め、彼らの大掛かりで凝った余興が新郎の愛され加減を物語っていた。我々5人は正直、皆少し緊張していた。やりすぎは禁物である。しかし、沈んでもよくない。さじ加減を探り探り式は進行していった。

一気に緊張が走ったのは、友人代表のスピーチである。
劇団主宰の女性が「私が引き受けた仕事だから」とスピーチする事になったのだが、いかん! ガチガチに緊張している! 完全に声が上ずって、何度もつっかえている。

しまった、そうか! よく考えたら劇団主宰は女優じゃなかった! ただの作家で演出家だった! なんで自分がやるって言ったのだろう。我々にもその緊張が伝染って脇から盛大に汗をかいた。ノースリーブなんか着てくるんじゃなかった。

戻ってきた劇団主宰に一人が声をかけた。「緊張してたね」するとこう返ってきた。「いや、わざとだよ。素人ぽっさを出そうと思って」……絶対嘘だが放っておいた。次の関門が迫って来ていたから。

新郎側の友人、男女二人が近づいてきて、二次会に誘われた。「家が遠いので」と言うと「途中まででもいいから」「会費はこっちの男どもが割り勘して出すから」「二次会から来る人にも会ってくれるとヒトミちゃんも喜ぶから」と、なかなかに押してきた。ここは、「子供を義母に預けて来たので」で乗り切った。もちろん子など居ないが。

「舞台より緊張するね」なんて小声で言いながら、息つく間もなく最後の難関「新郎にご挨拶」に取り掛かる。タイミングを逃して未だ行けてなかったのだ。

ビール瓶を持って、我ら5人はぎこちなく高砂に近づいて行った。
するとそこには、本日の主演女優が座っていた。

ヒトミさんは私たちの顔を認めると、驚きと懐かしさと照れくささを複雑に絶妙にミックスした笑顔で立ち上がった。そして「ありがとねー。わー、もう、ありがとねー」と言った後、一瞬涙で声を詰まらせ、旦那さんに「地元の友達!」と大輪の花のような笑顔で言った。

す、すごい。主演女優すごい。余計なことを一切言わず、すべてを表現してしまった。

旦那さんにお酌して「ヒトミをよろしくお願いします」などと言って席に戻ったが、皆の考えは同じだった。

我々は、一応女優として仕事を引き受けてここに来たが、一人の大女優に全く太刀打ち出来なかった。上っ面はつくろえていたかもしれないが、全く心が入っていなかった。大反省である。

きっと演技とは「やる!」という強い意志さえあれば、誰にでもできるのかもしれない。そして今回はヒトミさんの意志がとてつもなく強かったのだろう。

本来、女は嘘がうまいと言われるが、その演技力はただのジェンダーの特性ではなく、気合の問題なのかもしれない。その気合の大きさや種類によって、演じているものは変わる。

ここで、男性に「だから女には気をつけろ」なんて言うつもりはない。
ヒトミさんの旦那さんのように、愛されて大切に思われているのであれば、嘘があったって演技だったって、別にいいじゃない。

だからもし、その演技が少し拙かったりしても、相手を慮るものであるならば、寛大な男性諸氏、見逃してあげてほしいと切に願う。
ま、見抜けたら、の話だけれど。

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この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-11-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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