選択に迷ったらお墓参りに行く
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記事:峰岸亜衣(ライティング・ゼミ10月コース)
選択に迷ったとき、誰かに背中を押してほしいとき、私は祖父と祖母が眠っているお墓に相談をしにいく。神頼みならぬ、”先祖頼み”だ。
もちろん神社のように「神様、この願いを叶えるために見守ってください」とお願いするわけではない。
心の中で短いお経を唱えたあと、ちょっとだけ問いかける。その答えが返ってくることはもちろんないが、祖父と祖母が大好きだった私はその場所に行くだけで、背中を押してもらったような気持ちになるのだ。
2004年8月13日、私の10歳の誕生日の日に祖父が亡くなった。
お盆は毎年母方の実家に行くのだが、ついでに祖父母と従姉弟の家族に私の誕生日をお祝いしてもらうのが定番の過ごし方だった。
9歳までは、親戚みんなでお肉を食べに行っていたが、その年は祖父が入院ししていたため、お見舞いに行ったことを覚えている。
祖父以外で食事に行った後、いつもの通り夜に自宅に到着。祖父母の家から当時の実家までは車で1時間弱。一息ついたところで一本の電話が入った。先ほど解散した伯父からだった。
「じいちゃんが危ないかもしれない」
人工呼吸器を繋がれていたので決して元気だったとは言えないが、昼間はうっすら目を開けていたと思う。それなのに。
伯父の言葉に現実味を帯びないまま、そのまま泊まりになるだろうと、支度を整えて私たち家族は病院に向かった。その時のことはほとんど覚えていないが、父親の危篤で私の母はどんな気持ちだっただろう。考えただけで涙が出そうになる。
病院に到着すると、先生と看護師が慌てる様子もなく立っていた。伯父は泣いていた。
「みんなが到着する少し前に、息を引き取ったよ」
直前まで熱が出ていたそうで、身体はまだ温かかった。人の死を理解できる年齢ではあったが、目の当たりにしたのは始めてで、やはり現実味がなかった。
ただ「じいちゃんと話すことはもうできない」ことだけはすぐに分かった。
夜遅くだったが、日はまたいでいなかった。8月13日が祖父の命日となった。
私は10歳ながらに「どうして私の誕生日なの? わがまま言って、おてんばしてよく怒られていたし、じいちゃんは私のことが嫌いだったのかな」と思った。
数日は葬儀などでバタバタしていたが、すべてが終わってちょっと落ち着いたお盆最終日。親戚一同で食事をしていたときに、伯母がぽつりと言った。
「じいちゃんは、あいちゃんに一番忘れてほしくなかったんだろうね」
「私のことが嫌いだからじゃなくて?」
「違うと思うよ。きっとあいちゃんのことが大切だから、忘れないようにって13日を選んだじゃないかな」
……もしそうだとしたら。私の誕生日だったことに意味があるとしたら。
この事実を受け入れて、歳を重ねる度に、毎年祖父のことを思い出すんだろうと思った。
祖母は祖父が亡くなってしばらくは当然落ち込んでいるようだったが、だんだんと元気を取り戻していった。しかし認知症が進行していたこともあり、祖父と住んでいた家を売り払って従姉弟家族と一緒に暮らすことになった。
認知症は年々悪化していき、夜中に前の家があった場所まで歩いて行ってしまったこともあったらしい。祖父、子どもである母と伯父と過ごした大切な思い出だけが頭の中にあるのだろうと、なんとも言えない気持ちになった。
そして祖父の死から9年が経った頃、祖母も入院することになった。
入院をしたときには、お見舞いに行っても私のことはおろか、娘である母のことも覚えていない状態だった。
大学1年生のとある3連休の最終日。家族は祖母のお見舞い行くと言って家を出ていった。大学は祝日も稼働しており私は講義を受けていた。そんなときに母から連絡がきた。
「授業終わったらすぐに病院に来てくれる?」
ああもしかしたら、と思った。昨日と一昨日もお見舞いに行き、すっかり小さくなった祖母の姿を見ていたからだ。
前日の帰り際、祖母が久しぶりに私の名前を呼んだ。
あれが最期の呼びかけだったんだろうと、なんとなく察した。
認知症が進み、もう何年も呼ばれていなかったのに、最期は思い出してくれた。人間は本当に不思議だ。
病院に到着すると、すでに大人たちと、中学生と高校生の従姉弟、私以外全員揃っていた。
人の死を目の当たりにしたのは、祖父以来だった。
祖母までいなくなってしまったのはとても悲しかったが、一人で寂しかったであろう祖母が、ようやく祖父のいるところに行けたのだと、ちょっと安心した気持ちになった。
祖母が亡くなってから、約10年、祖父は19年が経つ。
お盆、彼岸、年末年始など、節目のタイミングの以外でもお墓に足を運んで、「就活が上手くいかない」とか「彼氏と別れた」とか、それは自分でどうにかしろと怒られそうな報告をもたくさんしてきた。
墓標の前に立てば、祖父と祖母が「何してるの、頑張りなさい」と言ってくれているような気がするから。
ちょっと心がつらいとき、なにかに迷ったとき、大切な人のことを思い出したらいいと思う。
大切な人はきっと背中を押してくれるだろうから、自分も頑張らなきゃ、という気持ちが、活力に変わるのは私だけではないはずだ。
***
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