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メディアグランプリ

嘘と秘密とアップルパイ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:福居ゆかり(ライティング・ゼミ)

 

「ばあちゃん、亡くなったんや。お葬式になるんやけど、ゆかり、帰ってこれる?」

ゼミ室でうとうとしながら論文を書いていた私は、母の電話で目が覚めた。

「は!? いつ? なんで?」

畳み掛けるように私は質問をしたが、電話の向こうは慌ただしく、話している時間はなさそうだった。

「とにかく、帰ってきて。それから話すわ」

その言葉を残して、一方的に通話を切られたのだった。

 

着替えと化粧品など、最低限の荷物をとりあえずまとめ、新潟行きの新幹線に飛び乗る。急いだ私は電車の時間も調べずに乗ったため、 何時頃実家に着くのか全くわからなかった。

当時、北陸方面へ向かうには越後湯沢で特急へ乗り換えての移動だった。特急に乗ると、新幹線とのスピードの違いが目につき、思わず舌打ちが出た。

早く早く、気持ちは焦るけれど電車は定刻通り運転し、実家にたどり着いたのは電話を受けてから何時間も後のことだった。

 

自宅に入ると、そこには疲れ切った母とお茶を淹れる妹、そして何人かのおばちゃんたちがいた。

「ああ、ゆかりちゃん。遠いところお疲れ様やの。

ほら、おばあちゃんにお線香あげてやって」

座る間も無く、そう言って数珠を手渡される。私は居間の隅にそのまま荷物を置き、祖母に向かい合った。

白い顔。生前、元気だった頃とは違ってしまった姿が、そこにはあった。

手を合わせ、顔を上げてふと気づく。

「あれ、じいちゃんは?」

いるはずの祖父の姿が見当たらない。

生涯の伴侶が亡くなったのだから、この場にいるべきではないのか。そう思って辺りを見回すと、そっと目配せし合う妹と母の姿が目に入った。

何かあったのだろう。そう思い、追求はしないことにした。

「じゃあゆかりちゃんも来たし、私らは一旦帰るわ」

「また後で夕飯持って来るからね」

口々にそう言うと、またの、とおばちゃんたちは席を立った。

母は台所に消え、リビングには私と妹が残った。そこで妹が口を開いた内容に、私は人生で何番目かの衝撃を受けたのだった。

 

「あんた、ばあちゃんが再婚やったって知ってた?」

驚きすぎて、「はぁ?」という間の抜けた声が出た。

人間、本当にびっくりした時にはいいリアクションなんて取れないんじゃないかと思う。わたしは二の句が告げないまま、呆然と妹を見た。

私だってさっき、初めて知ったよ。

彼女は涙ぐみながら言った。

 

祖母の遺体が自宅に運び込まれた後、妹は仕事を早退して帰宅した。

急いで家に入り、目にしたのは、親戚に囲まれて遺体を前においおい泣く祖父の姿だったという。

「若い時から、苦労したんになあ……早よう亡くなってもうて」

「本当に頭がいい人やったなあ」

口々に親戚は祖母のことを悼み、祖父を慰めた。

うん、うんと頷いた後、祖父は目尻を拭いながら、祖母との出会いを話し始めた。

「初めて会ったんは、そこの河原やった……」

 

祖母は前の夫とは死別したらしかった。ちょうど戦争の時期だったのだが、それが関係していたのかどうかはわからない。

生涯を共にする、と決めた相手にたったの数年で先立たれてしまうのは、どれほどの悲しみだろうか。

まだ若かった祖母は行く当てもなく、ふらふらと川沿いを彷徨っていた。嫁ぎ先には居場所がなくなり、実家にも帰る事が出来ない。このまま後を追って死んでしまおうか、そう思って欄干から川面をじっと見つめていた。

その時、肩に手をかけられた。はっと振り向くと、知らない男が怒りの形相で立っていた。

「馬鹿なこと考えたらあかん」

男は必死で祖母を説得した。

 

祖母はその男と縁あって結婚した。

それが今の私の祖父である。

 

そして、前夫の関係で、祖母とは血の繋がらない子どもを引き取ることになったそうだが、それが母だった。

 

その後、まだまだ「女性は家庭を守る」風潮が強かった日本で、祖母はがむしゃらに働いた。頭が良かった祖母は、いくつもの仕事をし、自宅での商いを軌道に乗せていた。

「ずっと仕事仕事やったんや、死ぬ前にうなされてた時もそんな話して」

と祖父が言うと、親戚たちが口々に祖父を慰めていたようだった。

妹は、祖母のことについてもう少し詳しく聞きたかったが、祖父はそのまま泣き疲れて体調を崩し、寝入ってしまったとの事だった。

 

「再婚かぁ、へえ……。お母さんが養女やってことは、私らも昔聞いて知ってたけどな」

まだ頭の回りきらない私は、相変わらず間の抜けた返答をしていた。昔から変わらない妹の泣き顔を見ながら、幼い頃を思い出す。

すると、パズルのピースの最後の一辺が嵌るように、今まで不思議に思っていたことがするすると解けていくのがわかった。

なぜ、祖母も祖父も旧姓があるのか。自由研究で我が家のルーツを調べたいと言った時に反対されたのか。仏壇にある位牌は誰のものなのか。

答えは全て、そこにあった。

一気に謎が氷解して、ああ、そうかと一人納得したのだった。

 

おばあちゃんっ子だった私は、よく祖母と過ごしていた。一緒に店番をし、お風呂に入り、隣で寝ていた。

祖母はアップルパイが好きだった。食欲がなくてもこのりんごの味は食べられる、と言ってよく買ってきたものを2人で分け合って食べていた。幼い私はもう、1人で1切れ全部食べられたけれど、半分にして食べる事が何より嬉しかった。

一緒に眠りに就く前、祖母はよく昔話をしてくれた。兄弟のこと、戦争のこと、学校のこと。

祖母は学級で1番を争うほど頭が良かったそうだが、家庭の事情で進学が出来なかった。

「だから、ゆかりには行きたい学校に行って欲しいんや。お金は心配しなくていいから」

私の頭を撫でながらよく、そう話していた。

小学校の頃成績が良かった私は、通知表を見せるといつも祖母に褒められた。

「ゆかりは頭がいいんやなあ。ばあちゃんに似たんかな」

そう言いながら、抱きしめてくれた祖母。

幼い私の「そうやね、私はばあちゃんに似たんやね」という返事に目を細めていた。

今になって思う。

その言葉を血の繋がらない私に、どんな思いで話していたのだろう。そして私のその返事は、祖母を喜ばせていたのだろうか、それとも、少し苦い思いをさせていたのだろうか。

その答えは永久に届かない、闇の中だった。

 

支度をし、棺に入れられると祖母は、生前元気だった時と変わらないように見えた。

寝ずの番を母から交代し、ロウソクを灯している傍に寄り添う。揺れるあかりで、尚のこと眠っているかのように見えた。

よく漫画などで命の残りをロウソクに例える話があるが、まさに、人の命はロウソクのようだと思う。美しく揺らめき、あたりを照らし続け、やがて消える。けれど消えた後もその輝きは目の奥に残像となって焼きつく。

祖母は亡くなってしまったが、その思い出はいつまでも、共に過ごした私たちの中で輝き、私たちを照らし続けてくれるのだ。

「もしばあちゃんが死んだら、お化けになって出てきてもいいよ。ばあちゃんなら怖くないから」

ふと、幼い自分の声が聞こえた気がして、辺りを見回した。祖母はその約束を、覚えていただろうか。

ロウソクを新しいものに替え、私は祖母の顔を見つめながら、これまでのたくさんの「ありがとう」を、そっと伝えたのだった。

 

 

アップルパイを一口かじる。その味で、今日も私は思い出す。

「ゆかりは頭がいいんやなあ。ばあちゃんに似たんかな」

祖母のついた、優しい嘘を。

それは秘密を知ってしまった今、アップルパイを口に入れた時のように優しく甘く響き、そして同時に少しだけりんごの酸味が残るように、私の心にわずかに影を落とす。

ばあちゃん、ばあちゃんと話したい事がたくさんあるよ。幼くて、何も知らなくて、甘えてばかりいてごめんなさい。

本当はもっと長生きして欲しかった。見たがっていた私と妹の花嫁姿も見せたかったし、ひ孫の顔も見せたかった。

 

顔を上げると、窓の外からゆっくりと陽が差し込んできた。

祖母によって照らされた、私の人生。血の繋がりよりも濃い繋がりが、その日々にはあった。

……いつか、ずっと先になるけれど。また会うその時に、胸を張って会えますように。

半分残ったアップルパイが、光を浴びて煌いた。

 

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-11-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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