メディアグランプリ

死にかけてようやく周りを見るようになった話

thumbnail


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ペンネームは検討中 (ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
「仕事に集中してるのは分かるけど、もう少し周りを見た方が良いと思うよ」
入社して数年。信頼している同僚に時々言われていることだ。
 
悪い癖だと分かっているけど自分の仕事が忙しくなると周りが見えなくなってしまう。
そんな風に思っていたある日、知らない人に「大丈夫ですか? すごく顔色悪いですよ?」と声をかけられる。
 
 
 
 
私はその日温泉にいた。
 
年明け久しぶりに出勤し、こんなに目まぐるしい日々を送っていたのか……と絶望しながら数日働いてようやく迎えた3連休のど真ん中だ。昨日も休み、今日も休み、明日も休み。最高だ。そうだ、久しぶりに温泉にでも行こうと思い立ち、夕方の18時半に車を走らせた。久しぶりの仕事で肩がえらく凝った気がする。こんな時はいつものあの温泉に行こう。私には疲れた時にきまって行く温泉がある。そこは街の中心部から車で30分。温泉宿ではなく、やっているのは日帰り温泉だけなのだが、内湯の数が多く大きな露天風呂がある。男湯と女湯は日替わり交代で、片方は大きな檜風呂の露天風呂が、もう片方には大きな岩風呂の露天風呂がある。檜風呂の方は木の香りが豊かで、岩風呂の方は周りが竹林になっていて自然を感じながら入るのが疲れを癒すには最高で、今日はどっちだろうとワクワクしながら向かった。もうかれこれ10回以上は通っている。自分でも驚くほどはまってしまい、あまりに通い詰めるものだから去年回数券を購入した。
 
車を駐車場に停め、なかなか急な石畳の坂を上った先にその温泉はある。自動扉が開き、玄関で手指消毒をした後、靴を脱ぐ。靴を下駄箱に入れ、鍵を閉めてフロントに向かう。
新年が明けて初めての温泉だったので、受付のいつものお姉さんに「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」と挨拶をすると「わあ、うれしい。ごゆっくり。」とにっこり笑ってくれた。そうそう、こんな風に受付のお姉さんがやわらかな対応をしてくれる所も魅力の一つなのだ。
階段を下りていくと、岩風呂の方に女湯の暖簾が掛かっていた。今日は岩風呂か……久しぶりなのでどちらでも嬉しいが、岩風呂は運が良ければ月が見れるな……などと考えながらさっさと着替えを済ませ大浴場へ向かう。洗髪などを済ませた後、ようやくまずは内湯に浸かる。あぁこの温度がちょうど良い。このあたりの温泉は大体ぬる湯なのだ。熱湯に浸かるとのぼせてしまう私とぬる湯は最高の相性だ。しばらく堪能した後、ぬる湯から次は少しだけ温度が高い内湯へ移動する。基本的にはぬる湯を好むが、冬は熱い湯も良い。内湯を移動しつつ堪能した後は待ちに待った露天風呂へ向かう。この岩風呂に浸かる時は大きく深呼吸をして竹林の空気をこれでもかと体内に入れる。あぁ温泉に浸かっている……この世に存在する、私を追ってくる全ての仕事や人間生活から解き放たれ、この時だけは誰にも何にも邪魔されない。これだから温泉はやめられない。ああ……一生温泉に浸かっていたい……。もうここで一生を終えれば本望だ……。私の最期はここにしよう。ここで一生を終えればもう仕事に追われることもなくなるだろう。もう来世は人間じゃなくて良いからお湯になりたい。湯の中でそんな妄想を繰り広げながら現実逃避に浸っていた。しかし無情なことに閉館時間は刻々と迫ってくる。仕方なく脱衣所へ向かった。
 
服を着て、さあ髪を乾かすぞ、と思ったその時、あれ……視界がぐるぐるしてきた。おかしい。ちょっとお湯に浸かりすぎたかな……。少し休めば大丈夫だろう、そう思って動きを止めるも、めまいに加え動悸が出てきた。なんだか苦しい、喉も乾いた。ちょっと吐き気も出てきて全然収まらない。脱衣所に置いてあった椅子に腰かけ大きく深呼吸をしてみるけど息苦しさが止まらない。変な冷や汗も出てきて急に寒気がしてきた。誰か近くにいる人に助けを求めたいけど声が出せない。誰か気づいて……心の中で助けを求めるけど誰にも気づかれない。救急車で運ばれて実家の両親を呼び出されるところまで想像したその時だった。
 
 
 
「大丈夫ですか? すごく顔色悪いですよ? 飲み物買ってきましょうか」
まだ3,4歳くらいの女の子を連れたお母さんが声をかけてきてくれた。
「……お願いします」必死の思いで声を出すと、自販機の方へ急いでくれた。
うずくまって動けない私を女の子が不思議そうに見てくる。
お母さんが飲み物を買ってきて渡してくれた。
私が小銭を渡そうとすると「良いから、早く飲んで」
飲み物を何口か口にすると少しずつ体調が落ち着いてきた。
 
女の子がお母さんに向かって尋ねる。
「あの人、知ってる人?」 「知らない人だよ」
「あの人、具合悪いって言ったの?」 「言ってなかったけど顔色が悪かったの」
「何で飲み物買って来たの?」 「ママももし温泉で具合悪くなったら知らない人に助けてもらうかもしれないでしょう?」
女の子は少し不思議そうにしていた。
 
すっかり体調が落ち着いたので髪を乾かし、脱衣所を出る時に改めてお礼を伝えると「気をつけてくださいね!」と言われた。
どうも長湯のしすぎで脱水症状になっていたようだった。
 
私は普段、人の顔色を見ることはほとんどなかった。
温泉の脱衣所でもそうだった。他にも人が数人いたが、私も大きく倒れたり過呼吸になったわけではないので、よくよく周りを見ていなければ私の異変に気付いてもらえなかったと思う。あの助けてくれたお母さんはちょっとした異変を察知し、よく見たら顔が真っ青でこれは……と思い勇気を出して声をかけてくれたのだと思う。あの一言がなければ大事になっていた可能性も高い。人に助けられて初めて、助けられる側の気持ちが本当にわかる。私ももう少し人の異変に気づけるようになりたいと思った。
 
 
 
それから数日後、仕事中に急ぎの案件の対応が重なって大変そうな人がいた。
 
「大丈夫ですか? 何かお手伝いできることありますか?」
 
 
 
私もいつかあのお母さんのようになれたら良いな。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2023-01-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事