なぜ男子は鼻にものを詰めたがるのか
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記事:上平恭代(ライティング・ゼミ12月コース)
「これは、証拠品として持ち帰らせていただきます」
救急隊員はそう言うと、小さな磁石を折りたたんだガーゼに大事そうに包み、落とさないように注意しながらポケットにしまった。
母は心底ほっとしたようで、顔に少し赤みが戻りつつあった。
当の弟本人は、母とは対照的に顔を真っ赤にし、大量の鼻水と涙を垂らしながら茫然自失の状態だった。
どうしてこんなことになったのか。
私は一刻も早く帰って寝たかった。
私が小学校に入った時に配られたものの中に、算数のお道具箱というのがあった。手動で針を動かす時計や、ピンクや黄色の数え棒、おもちゃのお金などがセットされていたのだが、その中にプラスチックでできた花の形のおはじきが入っていた。色は3色くらいあって、真ん中に磁石が付いていて、ホワイドボードにくっつけて、足し算や引き算の勉強に使っていたように思う。
そのおはじきの磁石は使っているうちに取れてしまうことがあって、私はこれが特にお気に入りだったから、あとで直すために壊れたものだけ別にしておいた。たまたま下の弟が、取れた磁石だけのかたまりを見つけて欲しがったので、おはじきの数が足らなくならない個数、2個分の磁石を渡したのだ、何に使うのかなんて想像もせずに。
その晩のこと。
私は完全に寝入っていたのだが、二段ベッドの下から、盛大なくしゃみが立て続けに聞こえてきて目が覚めた。
子供部屋には二段ベッドがひとつあって、上段には私が1人で、2人の弟が下の段に、交互になる形で寝ていて、唐突に起こされた私は不機嫌に「うるさい!」と怒鳴った。上の弟が「お前、どうしたん?」と言ったので、くしゃみの主が下の弟と判明する。
下の弟は「大丈夫、なんでもない」と言ったが、今まで聞いたこともないような鼻声だったし、くしゃみの頻度が尋常ではないと子供ながらに感じて部屋の電気をつけると、下の弟が真っ赤な顔をして、大量の鼻水を垂らしていた。話している間も、くしゃみが止まる気配は全くない。
「姉ちゃんからもらった磁石が鼻に入っちゃって……」と下の弟は、もごもご言った。
「はあ!?」
上の弟があきれた声を上げる。
「磁石は勝手に入らないでしょ!バカじゃないの?」と私もなじる。
でも私があげたものだから、連帯責任で私まで母に怒られかねない。
どうしたものかと私たちはしばらく思案したけど、なにぶん小学校の低学年。自分たちでどうこうできる知識も知恵も方法も持ち合わせていない。
自分が怒られる可能性はゼロだから、上の弟は「早くママに言った方がいいよ」と言う。
下の弟が言うには、鼻に詰まった磁石を取ろうとしてどんどん中に入ってしまい、もう指が届かないところにあるらしい。確かに、左側の鼻の付け根がこんもりしている。
私たち3人は仕方なく、母親のいる1階にぞろぞろと降りて行った。
夜ふけに子供3人がいっぺんに降りて来たものだから、母はすぐに異変を察知した。
話を聞いて、最初はピンセットで取ろうとしていたけど、そのせいで磁石がさらに奥に入ってしまったことに恐れおののいて、最終手段、「救急車を呼ぶ」を発動することになったのだ。夜の11時くらいだったと思う。
救急車を待つ間も、弟のくしゃみは全く止まらなかった。そのうち涙も止まらなくなってきた。
私は心底他人ごとに考えていたから、母と弟を送り出したら玄関のカギを掛けてベッドに戻るつもりだったのに、動揺した母親が、私も一緒に救急車で付き添うよう言う。
だいぶ不本意だったけど「連帯責任」の文字が頭をよぎり、仕方なく外出用の服に着替えた。
夜の住宅街に救急車のサイレンが鳴り響く。近所の人が、何ごとかと2階の雨戸を開けてこちらを見ているのと目が合った。
乗り込んだ車内で救急隊員に事情を話すと、母と同じようにピンセットで取ろうとするんだけど、その間にも弟がくしゃみで激しく動くので、「これ以上は鼻の粘膜を傷つけてしまうので、病院で吸引します」となり、救急車が動き出す。
そして、そろそろ病院に着こうかというタイミングでそれは起こった。
弟がひときわ大きなくしゃみをした時、磁石が鼻から飛び出し、救急車の鉄の床に当たってくっついたのだ。鼻水まみれの小さな磁石を、救急隊は丁寧に拾い上げ、弟の大事な磁石は、救急の処置をした証拠品として没収されてしまった。
我が家の笑い話はこれでおしまいなのだが後日談があって、この話を友だちにしたところ、「いとこの男の子が」とか「実はお兄ちゃんも」など、鼻にものを詰めた経験がある人間が思いのほか多かったことに驚いた。しかもそれは、私の知る限り100パーセントの確率で男の子だったのだ。
詰めものは様々で、ビー玉やガラスのおはじき、空気銃の弾など、要は鼻に入る大きさのものということなのだが、なぜに男子は鼻にものを詰めたがるのか。
大人になってから弟に聞いてみたことがあるのだが、「よく覚えていない」「なんとなく」というふんわりした回答しか得られなかった。
なので理由は今でも謎である。
***
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