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カバン、カバンはどうするんだ……


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:西部直樹(ライティング・ゼミ)

彼はぐっすり眠り込んでいた。
体は左に傾き、頭を深く垂れていた。
彼の左にはファスナーが開いた黒のビジネスカバンが置かれていた。
カバンの傍らには、ペットボトルの緑茶があった。

週末の地下鉄、他線からの乗り入れの電車で、車内は混んでいた。
それなのに、彼が二人分の席を占めていた。
正確には、彼が一人分
たぶん、おそらく、彼のものだと思えるカバンで一人分。

彼が乗った時、電車は空いていたのかもしれない。
席の中央に腰掛け、鞄を傍らに置いたのだろう。

そして、彼は眠り込んだ。

四〇代くらいの彼は、休日だというのにスーツ姿だ。
彼の眠りは深く、電車の揺れにも、車内のアナウンスにも反応しなかった。

傍らのカバンのファスナーは全開だった。
書類らしきものが覗き見える。

数字の羅列、ところどころに、赤字も見える。
緑茶のペットボトルは、キャップは開けられていない。

わたしは娘と一緒に、娘が受験する学校の説明会に行くところだった。
ただの説明会なのだが、行く前から緊張していた、わたしも娘も。
ちょっと座って一息つきたい。
空いているのかと思って来てみたら、
眠りこけている彼がいたのだ。

彼は、どうして、それほどまでに眠りこけているのだろう。
眠りこける彼を見ながら、考えた。

例えば、こういうことなのか。

――彼は、あるプロジェクトのマネージャーで、金曜日にプロジェクト会議があった。

「ふう」恒夫は、深い溜息をもらした。
我孫子駅で常磐線・千代田線の代々木上原行の各駅停車に乗った。
土曜日の朝、勤め人も学生もいない。
長い座席の真ん中に座り、書類を取り出す。
書類を眺めながら、彼は思った。

こんな悲惨なプロジェクトになるとは。
最初から懐疑的だった。
商社と小売り、これは資本関係があるからしかたないとして、それにスポーツ関係の会社だ。
それがひとつの健康食品を生み出そうというのだから。
それがひとつの健康食品を生み出そうというのだから。
こちらとしては、売れるものを作りたい。スポーツ関係の会社は、健康に拘りがある。
さらに、商社の社長がくせ者だ。
社長の鶴の一声で決まったこのプロジェクト、各社の思惑は別々の方向を向いている。
統括マネージャーがどうしようもなくヘタレで、どっちにもいい顔をするものだから、
各社バラバラのベクトルは、結局バラバラのまま、どっちつかずの状態だ。
マネージャーの事なかれ主義が、三社の言い分を足して、割る、中途半端なもを作り上げた。
シミュレーションの数字を見ても、商品を見ても、これでは売れるわけがない。
対立は解消されず、妥協の産物だ。三方一両損みたいな。そこそこにうまいというか、それほどうまくもなく、健康への拘りも適当なところで手を打った感じだ。
この商品が店頭に並ぶのは見たくない。
これまで、こんなにうんざりして、辛くて、我慢しながら仕事をしたことがあったろうか。

仕事って、辛いよな。
それにしても、ちょっと疲れた。
少し、ほんの少し、目をつむろう……。

苦悩の果ての居眠り、という感じはしない。
のびやかに眠っている。

と、すれば、あるいは、こういうことなのか?

――彼は、あるプロジェクトのマネージャーで、金曜日にプロジェクト会議があった。

「ふう」恒夫は、深い溜息をもらした。
我孫子駅で常磐線・千代田線の代々木上原行の各駅停車に乗った。
土曜日の朝、勤め人も学生もいない。
長い座席の真ん中に座り、書類を取り出す。
書類を眺めながら、彼は思った。

こんなに素晴らしいプロジェクトになるとは。
最初は懐疑的だった。
商社と小売り、これは資本関係があるからしかたないとして、それにスポーツ関係の会社だ。
それがひとつの健康食品を生み出そうというのだから。
こちらとしては、売れるものを作りたい。スポーツ関係の会社は、健康に拘りがある。
さらに、商社の社長がくせ者だ。
社長の鶴の一声で決まったこのプロジェクト、各社の思惑はそれぞれだったけれど
統括マネージャーがうまくそれぞれのいいところを引き出し、
各社バラバラのベクトルを絶妙に統合してくれた。
マネージャーの熱い思いが、三社を一つにした。
シミュレーションの数字を見ても、商品を見ても、これが売れないわけがない。
対立もあったけれど、いい方向に意見が集約できた。
この商品が店頭に並ぶのが楽しみだ。
これまで、こんなに興奮して、楽しみにして、わくわくしながら仕事をしたことがあったろうか。

仕事って、楽しいよな。
それにしても、ちょっと疲れた。
少し、ほんの少し、目をつむろう……。

ということなのかもしれない。

電車は北千住の駅に着いた。
彼はまだ眠りこけていた。

いや、目を覚ました。
夢の中で降車駅に着いた、かのように、ぼんやりと周りを見渡している。
そして、ふらりと立ち上がった。
駅名を確かめに行くのだろうか。
あ、カバン、
カバンはどうするのだ。
いや、彼のカバンなのか、多分そうだろうけど……。

彼はふらふらと出口に向かい、そのままホームに下りてしまった。
ひとつ伸びをして、ガッツポーズを取った。
なんか、気持ちよく目覚めた感じだけれど、
え、カバンは、カバンはどうするのだ。

わたしは声をかける機会を失っていた。
周りの乗客も、唖然と彼を見送る。

ファスナーの開いたビジネスカバンと、キャップの閉まったままのペットボトル。
どうする。
彼は駅の人混みの中に紛れて、わからなくなった。

電車は動きだし、取り残されたカバンとペットボトルが席を占めている。
わたしは何事もなかったように、カバンのファスナーを閉め、網棚にあげた。
ペットボトルもその隣に。

空いた席に娘を座らせ、わたしは読みかけの文庫本を取り出す。
眠りこけていた彼が抜けた空間は、別の人が埋めた。

少しの後ろめたさが、胸をざわつかせていた。
わたしは、地下鉄の暗い窓を見ながら、
彼のことを少しだけ考えた。

彼は、どこから眠り込んでいたのだろう。
目覚めた後のガッツポーズはなんだったのだろう、と。

まあ、ガッツポーズを取るほどに何かよかったなら、いいか。
網棚のカバンも、やがて持ち主の元に届くだろう、たぶん。

娘は、手提げバックから参考書を取り出し、読みはじめた。
彼のようにガッツポーズできるようになるといいな、
そっと、娘に向かって呟いた。
娘はわたしを見上げ、少し微笑み、参考書に戻っていった。

 

 

***
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2016-11-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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