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ホグワーツに入学できなかった私でも使えるようになった、たった一つの魔法


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:佐藤穂奈美(ライティング・ゼミ)

「あのう、す、すみません……」

「はい」

彼がこちらを振り向く。

こ、こわい……!
眉間にしわを寄せた不機嫌そうな顔がこちらを見ている。

「なんでしょう」

「この確認を依頼された書類なんですけど、ここ、すこし間違っていませんか……?」

「……わかりました」

彼はそれだけ言い、私の手から書類を奪って、くるりと背を向けた。

あれ、怒らせちゃった……?

またやっちゃったよ……。

どうしてもだめなのだ。
「彼がニガテ!!!」ということが先行しすぎて緊張でぶっきらぼうな物言いになってしまう……。

初めて出社した日、職場の人が自己紹介をしてくれたのだが、その時の彼の第一印象は「鬼瓦みたい……」だった。
なんとも失礼極まりない第一印象だが、彼は身長が190くらいはありそうな大男で、まるで柔道家のようなガタイの良さで、「カトウです」とあいさつする間にはニコリともせず、眼光だけでちょっとした奴は倒せそうで……とにかく私は「めっちゃこえええ!」と思った。
その第一印象は働き始めて3ヶ月経っても全く覆る気配を見せず、私はずっと彼を苦手なままだった。

私はそもそもオジサンが苦手だ。もっと言うと男の人が苦手なのかもしれない。自分のペースで一方的に話しまくりガハガハ笑う自称豪放磊落系のオジサンも苦手だったし、何かと下ネタや女性トークをしてくるオジサンも苦手だった。それはたぶん、オジサンそのものがどうこう、というより、自分に自信がなかったからのように思う。
元来、適当な会話というものが苦手であった私は、男の人が女の子に「きゃー」と困ってほしくてするちょっとしたイタズラや冗談みたいなものにうまく反応できなかった。そもそも大好きな友達に誕生日サプライズをしてもらっても「お、おお……ありがとう~」みたいなことしか言えない。内心、いろいろ思っていてもうまく反応ができないのだ。
だから、ちょっと場を盛り上げようとしてはしゃぐ男性にうまく反応できず、場を白けさせてしまうのがこわくて、だんだん男の人がいる場所そのものに近づかなくなっていった。男性がその場その場で「女性に求めるなにか」があるような気がして、それがあるのかないのか確かめてもいないのに、私はその「なにか」にいつも圧迫されていた。
カトウさんは寡黙で不機嫌そうで、何を考えているのか分からないひとだった。だから、そもそもオジサンが苦手な私にはハードルが高すぎた。

そんなある日、私がいつも通り会社に行くと、会議室の前で課長がひょいひょい、と手招きをしてきた。

会議室に呼び出すなんてなんだろ、なんかミスでもしたかな……とすこし不安になりながら会議室のドアを開けた。

ガチャ。

そこには不機嫌そうな顔をしたカトウさんがいた。

私の動揺なんて全く気づきもせずに、課長はあっけらかんと話し出す。
「はい、そこ座って~。佐藤さんも3ヶ月経ってすこしは慣れてきたと思うし、今月からは担当持ってもらうねっ。うちの会社は基本的にお客さんを回るときは二人一組で行動するんだけど、佐藤さんが今日から一緒に回るのはカトウさんね。カトウさん、大ベテランだから、わかんないこととかなんでも聞くといいよ! じゃ、僕ちょっと外出しなきゃならないからカトウさん、あとはよろしくねえ~」

課長は「ハア~、一仕事おわったぜ!」みたいな謎の爽快感を漂わせながら会議室を出ていく。

そして会議室に取り残される、まだ何も仕事のできないちんちくりんと鬼瓦。

「佐藤さんの担当はこの方たちです」

鬼瓦―じゃなくてカトウさんは、私にお客さんの名前がズラリと並んだ書類を渡してきた。

「じゃ、必要なときは呼ぶんで」

それだけ言い残し、彼は会議室を出る。

会議室に入ってから私が発した言葉はゼロ。

やばくない!?
これ、どう考えてもやばくない!?
会話ゼロだよ?
明日からどうやって仕事すればいいんだよ……。

勝手にてんやわんやしていても仕事はやってくる。

次の日からカトウさんは私に「これ、チェックしといてください」と書類を渡してくるようになった。
基本的に私の職場では、書類はまず担当の2人組でチェックし合う。だから、必然的に彼が作った書類を最初にチェックするのは私ということになる。

で、あのやりとりだ。
わかりましたって……。一瞬で目をそらされた……。
自分がなにも仕事をできない分、彼のちょっとした打ち間違いを指摘するのも本当に気が引けた。
でも、仕事だし……と思い、勇気を出して言ってみたものの完全にやってしまった……。
もうこれ以上悪化のしようがないと思っていた、彼との関係はさらに悪化した。
彼はますます仏頂面に拍車がかかり、私はますます挙動不審になった。

そんなある日、訪問するはずのお客さんが遠方だったために、待ち合わせまで時間が余ってしまった。
雨だし、外で待っているには長いしということで、とりあえずカトウさんと私は目についたカフェに入ることにした。

このシチュエーション、気まずすぎるよね……。

そう思いつつ店に入ると、店員さんが「お先にお席の確保をおねがいしまーす」と言ってきたので、私はちょうど空いていた二人用の席に読みかけの本をおいて、注文の列に並んだ。

コーヒーを手に席に戻ると、カトウさんはトレイを持って突っ立ったまま本を凝視していた。あの不機嫌そうな顔で。

「あっ、すみません……邪魔ですよね、すぐどかします!」

私がまだ言い終わらないうちにカトウさんの熊みたいな手が、本をさっとつかんだ。

「佐藤さん!!!」

「はいっっ!!!」

「これは! 2001年宇宙の旅じゃないですか!!!」

「ほえっ!?」

「SF好きなんですか! 宇宙ものすきなんですか! 映画観ました!? 映画すごく良くないですか! あれ撮り方とかすごい工夫してるんですよ! キューブリックすごいんすよ!! あっ、スンマセン、どうぞ座ってください……あっこれ佐藤さん分のお水……」

どうした! どうした鬼瓦! 落ち着いて!! こんなウキウキ鬼瓦見たことない! こわい! でもうれしい! お水!? やさしい!! え、でもどうして!?

ふたりで大混乱していると、周りがチラチラこちらを見てくる。そりゃそうだ。親子ほどに年の離れた男女がふたりで大混乱しているのである。

私たちはその視線に気が付いてようやくすこし冷静になった。

2001年宇宙の旅はスタンリー・キューブリックが映画にした、映画のメインテーマはカップヌードルのCMにも使われたアーサー・C・クラークの小説だ。
わたしは本が好きで割となんでも読むのだが、たまに謎ブームにはいり「宇宙」とか「時代小説」とか「作家」など、テーマでひたすら本を読み、映画を見るときがある。
そして、その日は「宇宙ブーム」真っただ中だった。昨日はインターステラーを見たし、その前の週はゼロ・グラビティ、その前の週はザ・コア……。

鬼が―カトウさんは楽しそうに話し出す。

「わたし、本が大好きで昔は翻訳家になろうと思っていたんです」

まじ!? ぜんぜんその筋肉から想像できないんですけど!

「SFとか宇宙もだいすきで、アニメも見たりして……最近ではプラネテスがおすすめです!」

アニメ見るの!? ていうか私こないだその原作漫画読んだ! そうそう! たしかにそれ面白い!

「もし読んだことなければ、次は『星を継ぐもの』なんかも面白いかもしれません」

え、なになに? それ知らない!

彼はもそもそと太い指を動かしスマホの画面を見せてくる。

「そうそう、これです」

へえ! と眺めていたら、まちがって画面に触れてしまいホーム画面に戻ってしまった。

そこにはもふもふしたネコさんたちが写っていた。

「あっ、かわいい!」

「ふふ。わたし本とネコとウイスキーがだいすきなんです」

かわいい! それを言うアナタがかわいよ! しかもその組み合わせ! 最高か! 

「カトウさんがネコ好きなんて……」

「あっそう思います? 僕、よくこわいって言われるんですけどこの顔は仕様なんで気にしないでください! アメフトやってたから体も無駄に大きくなっちゃって……佐藤さんのこと、ずっと自分の娘のように応援してましたよ!」

その顔で言うな! その顔で!
娘のように、とか言うカトウさんの眼光は相変わらず鋭すぎるが、フウム、なるほど仕様……。

気が付けば、気まずかったはずの時間はあっという間に過ぎていた。

この日以来、あんなに苦手だったカトウさんは職場で唯一だいすきな本について語り合えるよき友だちとなり、毎週自分のおすすめの本を交換し合うようになった。

わたしたちは交換ノートをする中学生のように本を交換しては、すこし遠出をするたびに、互いの本の感想を語り合い、いつしか私はカトウさんとお客さんのところに出向く日を心待ちにするようになっていた。

わたしは小さいときから本がだいすきだった。きっかけはたぶん、小さな頃、毎晩寝る前に母が読み聞かせてくれる絵本だったと思う。
毎晩母に絵本を読んでもらうのがうれしくて、どの本を読んでもらおうかな……と本棚を探している時間が一番わくわくした。
本がすきなことはずっと変わらなかったが、決定的に本にのめりこんでいったのは小学校の頃だ。小学生になり引っ越した私は、引っ越した先の街にうまくなじめなかった。
私は元々ひとと話すことが苦手だったし、越していった街は前の街と違ってとても田舎だった。小さいときから、ずうっとそこに住んでいる人ばかりで、お父さんもおじいちゃんも先祖代々みんな知り合い、そんな街だった。
すでに輪が完成してしまっているようなその街で、わたしはなかなか友達ができず、学校から帰るとひたすら本を読んでいた。

ハリー・ポッターシリーズなんて格別だった。
どんなに学校がつらくても家に帰って、本を開けばあっという間に魔法の世界に入り込めた。
ハリーがホグワーツに入学した11才が近づくと、有り得ないとは分かっていても心のどこかで私にもふくろう便が届くのではないかと思わずにはいられなかった。ハリーみたいに、このつらい毎日を抜け出して、夢のような魔法学校で最高の友だちに会える日が来るんじゃないか……と想像しては、胸を高鳴らせた。

しかし、気が付けば私は普通に地元の中学校に進学し、あっという間にはたちを過ぎた。

その後、仲のよい友達ができたが、本は変わらず大好きだった。
その日がどんな日でも、わたしを受け入れてくれるすてきな世界として、本は常に傍らにあった。

ある日、カトウさんと最後のお客さんを回り、家に向かう電車でふと気が付いた。

私は一体、本にいくつのすてきな出会いを作ってもらっただろう。

わたしが辛かった10代、本を読むということはとても内向きなことだと思っていた。

しかし、地元から一歩飛び出した途端、共通の話題がないような年代も性別も職業も違う人たちがたくさん集まる世界があった。

それまでよそよそしかったお客さんの家を訪ねたある日、ダイニングテーブルに西加奈子さんの本が置いてあった。
わたしは思わず「あっ西加奈子!」と言ってしまい、それをきっかけに会うたび「じぶんのすきな本をおすすめし合う会」が生まれた。

バイト先のカフェの常連さんとも本がきっかけで仲良くなったことが何度もあった。
カフェは本を読みに来るひとがとても多いのだ。

仕事が忙しくて恋人とすれ違い、ぎくしゃくしてた時、二人を救ってくれたのも本だった。
ふたりで旅行に行く飛行機で私が突如号泣しだし、「どうしたの!?」と慌てた彼に涙でぐしゃぐしゃになりながら「すっごくやさしいきもちになる本なの」と、その本をわたした。あまり本を読む方ではない彼がその本をきっかけに読書をするようになった。それから私たちはラブレターを書くように、すこしの感想を寄せて本を贈りあうようになり、いそがしくても、会えなくてもきちんと心が通うようになった。

たしかに私はずっとハリーに憧れていたけれど、結局ホグワーツには入れずじまいだった。

だけど、あまりひとと仲良くなるのが苦手な私でも、本のおかげで「ひととつながる」すてきな魔法が使えるようなった。

本はまったく知らないひと同士を「ずっと昔からの親友」みたいにしてしまう不思議な力がある。じぶんではうまく伝えきれない気持ちをのせて、つたえてくれる力になる。

次にカトウさんに会う時にはなんの本の話をしよう。

ふふ、最近引っ越した街には、駅前に本屋さんがたくさんあるのだ。

そうだ、今度の週末は、まだ行ったことのない新しい街の本屋さんに行ってみよう。

次に買う本は、わたしにどんなすてきな出会いを連れてきてくれるだろうか。

次の魔法にわくわくしながら、わたしはまたテーブルの上の本を手に取った。

 

 ***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-12-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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