テレビがないって言ってるじゃないですか!
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:果椰kaya (ライティング・ゼミ)
起きている間中、テレビをつけている。
年寄りの母にとって、テレビは「お友達」であるらしい。「テレビがそう言うのよ」と、娘の言葉よりお友達の言葉を信じている。
そんなにベッタリと一緒にいて飽きないの? と思うけど。
一週間に一度、実家に行って夕飯を一緒に食べることが母と娘の暗黙の了解になっている。玄関のドアを開けると、テレビの音がする。あぁ、今日も元気だな、と思う。ありがたいことに親の介護に縁がなく、昭和ヒトケタながら、まだまだピンピンしてる。リアルなお友達だってちゃんといて、80歳をこえても花見だ、月見だ、と「女子会」で盛り上がっている。
起きている間中、テレビをつけているうちの母とは違って、世の中はテレビ離れが進んでいるらしい。スマホ片手に画面を覗く人々で溢れている街の中を見ればそれも納得する。ミニマムな暮らし方が流行ってもいるから、そもそもテレビを持たない人も増えているんだろう。
わたしのうちにもテレビはない。10年以上前にとっくに手放した。
テレビに頼らずとも必要な情報はまわりから入ってくるし、欲しい情報は自分から拾いに行けばいい。
一週間に一度訪れる実家では、夕飯を食べながら、しかたなくずっとついているテレビを見る。チャンネルのどれかは必ずついている。どのチャンネルもお気に召さないときは必然的に「NHK総合」が選択される。テレビのお世話になっている母は、喜んで受信料を払っている。
民放はコマーシャルがうるさいのよ、と母は言う。流行りものをとっかえひっかえ「これどう?」と推してくるお友達より、落ち着いた口調で、じっくり話しかけてくるお友達のほうが好みらしい。
もともと目に障がいがある母は、大きな文字を虫眼鏡でじっと見つめてやっと読破できるレベルのため、新聞はとっていないし、本も読めない。情報源は主にテレビという名のお友達から、という生活。時々、無視してウトウトしている。お友達はお構いなしにしゃべっているけどね。
母が欠かさず見ている健康医学情報番組。
その日は、物忘れと認知症の見分け方がテーマで、認知症は、「過去のことは覚えているが、最近の話になると覚えておらず、覚えていないことを取り繕う」のがその症状だという。
「オリンピック見た?」「印象に残っている選手は誰?」という質問に、「忙しくてテレビを見ていないから」と取り繕った答えを言うのだ、と。
テレビを見ていないから……
えっと、わたしの場合、忙しくはなくてもテレビを見る機会がほとんどないんですよね、
オリンピック?
見てません。
取り繕っているわけじゃないですよ、
だって、うちにはテレビがないんだから。
母よりもわたしのほうがどうやら認知症だと疑われるのは間違いなさそうだよね、そういって笑った。母に認知症の心配などいらないことは、きれいな脳のMRI検査結果写真が証明している。
笑いながら、わたしは先日の出来事を思い出していた。
テレビ、見てないし。
見たくても、テレビの電波を受信しない限り、見ることはできないし……
「だから何度も言ってるじゃないですか!」
始めはおだやかに対応していたわたしも、だんだん腹が立ってきた。
「テレビ、見てません!」
「テレビ、ありません!」
「ないんです!」
ドア越しに叫ぶように、そう言っていた。
「テレビがなくても払わなければいけないものなんですか?」
向こうにいるのはNHK受信料取り立て屋だった。
あぁ、迷惑だ。
どうして奴らは、恐喝するような物言いをするんだろう?
負けてはいられない。
「まるで恐喝されているみたいなんですけど?」
そう言うと、「そういうふうに聞こえたならすみません!」と同じ口調で言ってきた。
怖くなって、ドアを開けようとしていた手を止めた。
開けてやるもんか。
今回で2度目。
1度目はわりと常識的な範囲の訪問時間で、まだ外は充分に明るかった。
昨年引っ越してきたこと、引っ越してきた当初からもともとテレビを持たないことをひととおり説明し、よかったら部屋の中を見ますか? と、ドアを大きく開けて対応した。
それでも、常識的なのは訪問時間帯くらいのもので、その態度というと、かなり攻撃的だったことをよく覚えている。
2度目は、1度目の人とは別の人だった。
わたしが夜帰宅するのを待って、部屋の明かりがついてしばらくしてからドアベルを鳴らしやがった。ストーカーですか? 今、何時だと思っているんですか? 怖いんですけど。
ドア越しに「どちらさまですか?」と尋ねると、
前回来た担当から提出された報告書の内容を確認しに来た、と言った。
こんな時間にひとり暮らしの女性が知らない人の訪問にドアを開けるはずないだろう、と思わないのかい? こんなとき、オートロックではないアパートが疎ましい。絶対開けてやるもんか。
テレビはありません。
テレビの電波を受信できるものがありません。
チューナーもカーナビも一切ありません。
ありませんので支払いません。
だんだん手が震えてきて、心臓がバクバクしてきた。
警察呼びますよ、と言うべきか?
やりとりを録音しておくべきだったか?
グルグルと頭にそんなことが浮かぶ。
どれくらいバトルが続いただろう?
では、報告書の内容が正しいということで、上にあげます、それでいいですね? という最後の締めのセリフすら、攻撃性は衰えなかった。
それでいいかどうか知らないし、上にあげるってどういうことだかわからないけど、
「だからそうだとずっと言ってます!」
……もう、投げやり。
このバトルが無事に終わってくれればそれでいい。
早く夜のおだやかな時間を取り戻したい。
となり近所の迷惑にもなりたくない。
ドアの向こう側が静かになった。
遠ざかっていく靴音を確かめる。
震える手はしばらく治まらなかった。
じっとりとした汗をかき、ぐったり疲れて脱力した。
だれでもテレビを持っている、みんなテレビを見ている、はず! という常識が覆されない限り、このバトルは繰り返されるのかしら?
落ち着こうと珈琲を入れ、それからさらに時間が経ち、ちょっと気持ちが落ち着いてきたら、なんだか可笑しくなってきた。
「どうしてあいつとつき合わないんだ!
あいつとお前がつき合えば、オレのフトコロが潤うんだよ!」ってことだな、つまり。
いえ、つき合いませんから。
お友達としてもムリです!
まさかの「認知症」だと疑われる対象になろうとも、だ。
母と母のお友達であるテレビと一緒に、週に一度、お茶会をするくらいで充分なのだ。
気が合わない友達と向かい合って飲むより、ひとりで飲む珈琲のほうが美味しいでしょ。
今週もまた、母と夕飯をともにする。
玄関を開けたらテレビの音がするだろう。
なにか新しい情報を拾っては「テレビが言ってたのよ」と得意な顔をするんだろう。
わたしは、といえば、
近い過去のことなどちっともわからず、オリンピックも野球の結果も印象に残っている選手も、さっぱり、だ。遠い過去の話ならまるで昨日のことのように話せる。……これじゃぁ、まるで認知症患者の症状そのもの。
テレビといえばぽってりと大きなブラウン管。「8時だヨ! 全員集合」を欠かさず見ていた子どもの頃。刑事ものといえば「太陽にほえろ!」、ちょっと新しくても「あぶない刑事」とかですよ、記憶に新しいのは。……もう、どうしましょう?
それでも情報は入ってくるし、ニュースも天気予報もテレビに頼らずとも知れるルートはさまざま。別段、なにも困らない。
困るのは、テレビとつき合え! つき合って契約しろ! と迫ってくるアイツだけだ。
***
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